第19話 燃える町、その空

 黄空ひたきはボルケーノサラマンダーに向き合う。

 工事現場の上を見上げればそこは鉄骨が張り巡らされているが、まだ施工は終わっておらず、上空を突破するのはそう難しくないように思えた。

「……青山さんは退避した。私は遠慮せずこの怪獣に向かい合おう」

 怪獣はまたしてもその尻尾を資材の一つに伸ばしていた。

 青山が退避したことで狙いは一点、黄空に絞られた。

 それは黄空側にも好都合。

 自分ひとりが狙われているとなれば、避けるのはたやすい。

「回避!」

『スラスター全力駆動』

 ボルケーノサラマンダーが高々と放り投げた資材をアメツチデバイス〈空〉は避ける。

 黄空の横を通った資材は工事現場の壁にぶつかり大きな音を立てる。

「消火機能とかは……ないよなアメツチデバイス」

 広がる炎に黄空は呟く。

 そこは仕方ない。

 消防隊に任せるしかない。

「……切り替え切り替え」

 黄空は自分に言い聞かせた。

「接近!」

 次いでアメツチデバイスに指示を出す。

 資材を避けた姿勢のまま黄空は空中を滑る。

 パワードスーツからは駆動音がする。

 怪獣は緩慢な動きで黄空の姿を視線で追う。

「アンカー射出」

 黄空は心持ち腕を振った。

 パワードスーツはそこからアンカー付ケーブルを射出した。

 怪獣にケーブルが絡まる。

 怪獣は体をジタバタと暴れさせる。

 ケーブルに赤燐の皮膚が擦れ火花が散る。

「……接近!」

『熱検知。熱検知。接近非推奨。接近非推奨』

「接近!」

 アメツチデバイスからの警告を黄空は拒絶した。


 熱い。

 我慢しろ。

 近付け。

 捉えろ。

 捕まえろ。

「……よし」

 ボルケーノサラマンダーの暴れる体躯に黄空は接近した。

 炎がかすめる。

 大丈夫。

 パワードスーツは守ってくれる。

「射出!」

 ケーブルを再び射出する。

 怪獣に発射しながら黄空は蹴りを入れた。

 足が皮膚をこすり火花が散る。

 怪獣は腹を見せた。

 ケーブルが絡まる。

 怪獣はがんじがらめになった。

「……これで」

 ケーブルで繋がったまま怪獣に接近。


 怪獣が暴れる。

 体が空中で振り回される。

 パワードスーツが全力駆動する音がする。

「近付け!」

 ケーブルを握る手に力が入る。

「おとなしく……して!」

 黄空ひたきはボルケーノサラマンダーをケーブルごと地面に叩きつけた。

 火花が散る。

 火花からはパワードスーツが守ってくれる。

 ボルケーノサラマンダーはようやくその動きを止めた。


 黄空ひたきは肩で息をしたが、動きを止める余裕はなかった。

 

「上昇!」

 音声コマンドにアメツチデバイスが応える。


 工事現場の壁面が急速に横を流れていく。

 黄空ひたきの体とボルケーノサラマンダーは空へ空へと押し上げられる。


 黄空はひたすらボルケーノサラマンダーの巨体のバランスを保つことに注力した。


 工事現場の天井を突き抜けた。

 体に衝撃が襲いかかるが大丈夫。

 空には黄色い筒軌道チユーブロードが見える。

 警報第一報からかなり時間が経った。避難はあらかた済んでいるはずだ。

 とはいえ筒軌道チユーブロードに激突して被害を増やしたくはない。

「避けて!」

 心持ち体を動かすとパワードスーツがそれに応える。

 空に走るいくつもの筒軌道チユーブロードをうまくすり抜けていく。

 

「もっと! もっと空に! 成層圏……冷えているところまで」

『宇宙エンジンを起動。目標を成層圏高度20 kmに設定』

 着用者にも分かるほどの大幅な動きをアメツチデバイス〈空〉は見せた。

「……むずがゆい!」

 もぞもぞとした動きが黄空の背面を襲う。

 黄空からは見えることはなかったが、背面には巨大なエンジン機構が生えていた。

『着火。衝撃に備えてください』

「……どうやって?」

 黄空ひたきは疑問を漏らしたがそれに応えるものなどいない。

 黄空はボルケーノサラマンダーにつながるケーブルを強く抱きしめた。

『発射』

 今までで最高の重力が黄空の体にかかる。

 アメツチデバイスが姿勢を制御するが追いつかない。

「ぐうっ……」

 内臓が揺さぶられるほどの衝撃に黄空ひたきは歯を食いしばった。


 それは長くもあったし一瞬でもあった。

 宇宙船で同じ銀河内の星と星の間を航行するのとは訳が違う。

 身一つの上昇。

 これまでに体験したことのない衝撃。

 黄空ひたきはひたすらに耐え忍んだ。

 

『対流圏突破』

「……どこだよ」

『成層圏突破』

「……ここ、か」

 アメツチデバイスからとてつもない駆動音がする。

 全身に揺れを感じながら黄空の体は空で停止した。

「……ここが、空」

 黄空ひたきは呟いた。

 黄空ひたきはそれまでにも星間線いわゆる宇宙船を使って宇宙まで出たことはあった。

 しかし身一つの宇宙遊泳に関しては興味がなくそれまでに体験したことはなかった。

 アメツチデバイスは寒さも暑さもある程度遮断してくれるらしい。

 寒さはなかった。

「……遮るもの、なにもないな……」

 黄空は上を見上げた。

 リリークリーフの空はいつでも筒軌道チユーブロードが走っている。

 黄空の知る空は筒が走っている。

 そこには空があった。

 知らない空があった。

 本当の空。


「……で、これからどうすれば……ここにこいつを置き去りにするわけにもいかないし」


 そして黄空ひたきは接近してくるそれに気付いた。

 

「宇宙船……?」

 宇宙空間をも航行できる一般艦船が音もなく黄空のすぐそばまで迫っていた。

『入星管理局』の文字が船体には刻まれていた。

 青山の策とはこれのことだったようだ。

『こちらは入星管理局です。貴殿の行動に感謝を申し上げます。ただいまより未確認生命体を収容するためにコンテナを射出します。未確認生命体を収容し、すみやかにその場を離れてください。繰り返します……』

「了解了解」

 口の中だけでそう返事をし、黄空はボルケーノサラマンダーを引っ張る。

 宇宙船から射出されたコンテナの側面にはご丁寧にも『COOL』の文字が躍っていた。

 宇宙空間にもクール便というものがあるらしい。

 大きな扉を開いた奥の見えない暗いコンテナ。その中に黄空はボルケーノサラマンダーを放り投げた。

『収容を確認しました。コンテナを閉じます』

 それ以上の詮索や交戦を避けるため、黄空は急いで地上へと舞い戻った。


 入星管理局の所持する宇宙船の中には、警察との合同捜査を命じられた入星管理局の職員・うんはなぶさが臨時指揮官として同乗していた。

 地上での職務が主である紫雲は今回の帯同には針のむしろのような居心地の悪さを感じていた。しかし今回の一件がリリークリーフを揺るがす大事件『赤い男の宇宙港襲撃事件』の関連があると説得して宇宙船を発進させた身として乗らないわけにもいかなかった。臨時指揮官席で紫雲は物事がつつがなく解決したことにホッと胸をなで下ろしていた。

「紫雲臨時指揮あの黄色いの追撃しますか?」

 臨時の部下の問いかけに紫雲はコンテナに収容されたボルケーノサラマンダーをモニタで確認し首を横に降った。

「やめておきましょう。虎の子を起こすわけにもいきません」

 自分に協力を依頼してきた若い捜査官の誠実な声を思い出しながら、紫雲は微かに笑った。

「ここは剣ヶ峰捜査官たちの直感を信じるとしましょう……あれは敵ではない、とかなんとか。私も信じたい気持ちです」

 黄色い何者かからは誠実さと必死さを感じた。青山捜査官が証言した赤い男とはほど遠いあり方だった。

「貴君の勇気ある行動に敬意を」

 去って行く黄色に紫雲は小さく呟いた。


 一方の地上、火災現場の外で剣ヶ峰捜査官は青山春来と合流していた。

 消防隊は青山の無事を確認すると火災現場に突撃した。

 火元となっていたボルケーノサラマンダーが去った今、

「青サン! 御無事で何よりです!」

「イエローは逃がしてしまったな」

「性別すらわからなかったッスね」

「歩いてるやつの性別なら当てる自信はまあある。しかし空飛んでるやつの性別当ては経験に乏しくてな……」

「そらそーです」

 剣ヶ峰は軽く頷いた。

「でも悪い奴って感じはしませんよね。ボルケーノサラマンダーの捕獲に協力とか青サンたちから聞いた赤い男はしそうにないです」

「ああ……でも困ったな」

 青山は考え込む。

「悪い奴でないくせに秘匿しているというのは分かりやすい悪い奴よりたちが悪いんじゃないか」

「まあ確かに」

「紫雲英にも借りが出来た」

「まあそこはお互い様ってことで……一応張っているのは共同戦線です」

 青山に剣ヶ峰は軽く笑ってみせた。


 そして黄空ひたきはショッピングモールへと帰還していた。

「いやあ、とうとう宇宙に行っちゃったよ」

「ひたきさん!」

 元いろはが駆けよってきた。

 その顔は青ざめていたが黄空の無事にほっとしていた。

「ごめんね、赤い男じゃなかったよ。アメツチデバイス〈星〉取り返せなかったね」

「そんなことは……どうでもいいですよ……」

 いろはは少し呆れた。

「……ひたきさんは死にたくないという割に、危険に飛び込んでしまうのですね」

「そこはまあ……私にとっては優先順位が近しいんだよ。死ぬわけにはいかないのと……人からの贈り物は大切にしなければいけないのと」

「贈り物……」

 黄空ひたきはやんわりといろはの言った「死にたくない」を「死ぬわけにはいかない」へと訂正した。

 いろははその違いには気付かなかった。

 黄空ひたきはアメツチデバイス〈空〉をいろはに返す。

 いろははそれを胸に抱きしめた。

 そしてすっと表情を真面目に切り替えた。

「ちなみにですが地球型惑星において成層圏はまだ宇宙ではないという分類になっています」

「そうなんだ、博識だね、いろはちゃん。勉強になったよ」

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