第18話 燃える町、「怪獣」
その先に、それはいた。
体長2メートルほどの赤色の両生類がそこにいた。
渇いた体表のそれは目を光らせ炎の中に鎮座していた。
「……怪獣?」
黄空は青山に聞こえないように小さく呟いた。
「ボルケーノサラマンダーか」
青山春来には見覚えがあった。
彼が余暇の趣味とする宇宙旅行において目撃したことのある生物だった。
「実験生物。宇宙脱出時代に造られた宇宙生物のうちのひとつだ」
青山はイエローに説明をするためにそう言った。
人類の母星、地球からの脱出時、宇宙に適応する生物を生み出す実験がいくつか行われた。
ボルケーノサラマンダーはその時に生まれた品種改良生物のひとつだった。
エメラルド恒星系では特定危険外来種に認定されており、その姿を拝む機会はまずないはずだった。
「高温の火山にのみ生息し、寒冷地を嫌う。また外的気温が活動限界を超えると冬眠に近い状態になるが、冬眠は体力を使うため短い期間に繰り返し行われることはない……」
青山春来は図鑑の説明をそらんじた。
「リリークリーフの気候もこの生物にとっては寒冷地にあたる……はずだ」
青山春来は病院での剣ヶ峰との通信内容を思い出していた。
『そうそう俺の従兄弟の兄ちゃんアニマルーレットで食肉専門のブリーダーやっているんスけど、あれのせいでいったいいくらの損だよって感じです』
アニマルーレットは農園惑星と呼ばれる動物飼育施設の多くある星だ。
青山は食肉専門というワードに惑わされていたが、積荷の中にあったのは食肉の加工後ではなく、加工前だったと言うことになる。
「……積荷の中に……生物がいた……。こいつはアニマルーレットからの輸入品か!」
放火犯として人間を探していただろう捜査官たちの手では見つからないわけである。
青山は合点がいった。
「……これを輸入するような星は恐らくキューブヒルズをおいて他ならない……キューブヒルズへの積荷の中にいたこいつは他の犠牲となった生物たちと違いレッドの起こした火災を生き延びた」
「……宇宙港の生存生物」
黄空はまたしても小さく呟いた。
赤い両生類。怪獣のごときそのボルケーノサラマンダーはその目を黄空と青山に向けていた。
尻尾を器用にくねらせて、燃えている工事現場の資材を取り上げた。
そしてそのまま今度は黄空に向かってその資材を投げつけた。
「イエロー!」
青山が叫ぶ。
黄空は高く飛ぶ。
資材は壁にぶつかり大きな音を立てた。
炎がフロアに広がった。
黄空は焦りを覚える。
アメツチデバイスを纏っている自分はどうにでもなる。
青山が心配だった。
その青山が一声叫んだ。
「……剣ヶ峰!」
『こちら剣ヶ峰! どうされました!』
「工事現場内でボルケーノサラマンダーを発見した。コイツをどうにかしない限り火災は収まらん!」
『ボルケーノサラマンダー』
剣ヶ峰は文字列の理解を放棄したような抑揚のない声でそう繰り返した。
『……今までの火災が鎮火したのは?』
「ある程度体温を上げたら移動していたんだろう……しかし我々が奴と遭遇してしまった」
『我々』
「ああ、イエローと遭遇した。協力関係を結んでいる」
『……了解』
剣ヶ峰の納得は早かった。
それはボルケーノサラマンダーの存在を受け入れるよりも早かった。
黄空は青山が剣ヶ峰に何やら指示を飛ばしているのを聞きながらボルケーノサラマンダーを観察する。
「ボルケーノサラマンダー。その最たる特徴は、赤燐の皮膚」
青山は剣ヶ峰とイエローにそう解説する。
「今時化学実験くらいでしかお目にかからないマッチの材料だ」
黄空もそれは学校で使った覚えがあった。
「何はともあれコイツを冷やす必要がある。それも火を燃やすことも出来ないほどの場所に……冷却水では足りない。届かない。移動? できるか?」
青山は口に出しながら思案する。
そして黄空はやるべきことを理解した。
無言のまま青山に向かって指をさし、ついでボルケーノサラマンダーをしばらく指さす。そして最後に黄空は思いっきり頭上に向かって指を差した。
「……飛べるのか、成層圏まで」
青山春来は問いかけた。
黄空ひたきは頷いた。
「いいだろう。協力する。その後のことは任せろ。いったん寝かせてしまえば静置できるブツに心当たりがある……剣ヶ峰! イエローがボルケーノサラマンダーを空に動かす」
『……了解!』
剣ヶ峰の返事はヤケクソ気味だった。
しかし剣ヶ峰もまた自分がやるべきことを理解していた。
剣ヶ峰から通信が切られる。
その行動で青山も剣ヶ峰が自分と同じ心当たりに向かって動いていることを確信した。
「イエロー! 念のために言っておくが成層圏を突破したらそれ以上、上に行くなよ。成層圏は上に行くほど気温が高い」
黄空ひたきはそれを知らなかった。空とは高ければ高いほど寒いものだと思っていた。
その返事の代わりに黄空は青山を真っ直ぐ指さした。
そしてまだ火の回りきっていない出口の方へとその手を向ける。
「……ああ、俺にここでできることはなさそうだ。……君に託し、君の無事を祈ろう」
青山春来は退避を決意した。
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