第16話 燃える町、現着
食事をあらかた済ませ食後のコーヒーを口に運んでいるとき、その警報は鳴り響いた。
『緊急ニュース、緊急ニュースです。火災の情報です』
火災、その一言に黄空といろはは顔を見合わせた。
黄空は慌てて情報端末を取り出し、情報番組にチャンネルを合わせた。
『年の輪第六区画の一部で火災発生。配信されたハザードマップに従い付近の皆様は避難準備を始めてください』
「年の輪第六区画ってここ……でしたね?」
「うん、でもハザードマップの範囲には入ってない。避難対象地域ではない……けど警戒は必要……それに……」
「赤い、男」
いろはは顔を曇らせた。
「これ開発区域だな」
黄空はマップを確認してそう呟く。
「開発区域?」
「新施設を作るための工事中の区画……だね」
ニュースの音声がそれを補強する。
『現場は建設途中のビル群です。火災が発生しました。現在、周辺の
「……大丈夫、でしょうか?」
「……先日の宇宙港火災の影響で緊急性の低い大規模工事は中断しているところも多い。あそこがそうであることを祈るしかないね」
『ご来店中のお客様に連絡申し上げます。避難誘導を開始致します』
店内アナウンスが響く。
『緊急ニュースにありましたように付近で火災が発生しました。現在ショッピングモール内に火災の発生は確認されておりません。安心して誘導に従い、あせらずに避難行動に移ってください。繰り返します……』
ショッピングモール内のロボットたちが動き出し避難誘導を開始する。いつぞやの宇宙港ほどではないがその動きは洗練されていた。
いろはが青ざめた顔で黄空を見た。
「ひたきさん、これ赤い男が関係してるのでしょうか……」
「そうかもね。うん、心配。ちょっと見て来るよ……アメツチデバイス、貸してもらえる?」
黄空ひたきは立ち上がった。
「それなら私が行きますよ」
「土地勘は私の方がある、スムーズに事を進められるのは私の方だと思うよ」
「未開の土地ならいざ知らず、ナビが発達しているここじゃ、詭弁ですよ、それ」
「それでも犠牲者を出さないために、少なくするために、アメツチデバイスが現場にたどり着くのは早い方がいい。それ自体は正論だ。君はいったん、私に助けられたのだから、私を信じて、私に助けさせてくれてもいいと思うな」
「……分かりました」
いろはは俯いた。
黄空ひたきはいろはを言いくるめるのに成功したことにホッとした。
「ひたきさん。アメツチデバイスの基幹システムには映像および通信の妨害があります」
鞄の中からアメツチデバイス〈空〉を取り出しながらいろはは改めてその機能について説明する。
「うん、でも通信障害が出たら一般市民の避難に悪影響が出るよね」
「そうですね」
「装着の時は使う。身元をばれないようにね。その後はなるべく使わない」
「はい、お願いします。ひたきさん」
「行ってくる」
「どうかお気をつけて」
「大丈夫……私は……死ぬわけにはいかないから」
黄空ひたきは独り言を呟いて混雑するショッピングモールの中にその身を投じた。
同時刻、青山と剣ヶ峰は火災現場に向けてパトカーを走らせていた。
回転灯をつけたパトカーは一般
前後には消防車の姿も見られた。
「……犯人不明の火災現場を順番にたどっていったら、第六区画にほど近かった……こりゃ関連性が間違いなくありますね」
地図を確認しながら剣ヶ峰は青山に声をかける。
「そう見るべきだろうな……火が確認されてから時間は経っていない。犯人を探したいところだが……消火活動を優先すべきか……」
さいわいなことに火災現場となった工事現場はその工事の緊急性は低いと見なされ工事を中止していた。
そのため逃げ遅れた作業員はいないと思われるとの情報がすでに入っていた。
「救助活動ではなく消火活動」
剣ヶ峰は小さく呟いた。
パトカーは火災現場に接近した。
すでに消防隊が到着し火災の鎮火に当たっていた。
周囲の道もすでに封鎖されており、捜査官がこの場でできることはないように思えた。
建設中のビルの中から燃え盛る炎が漏れ出てくるのを青山たちは目撃した。
「炎……青サンあれレッドですか?」
「違う。直観的に炎の種別が違うと感じる」
青山は宇宙港で見たレッドの炎を思い出した。
「じゃあ新手のテロリストですか? それはそれで厄介な」
「通信機が生きているようなのが勿怪の幸いだな」
青山は考え込む。ここでできることはそう多くない。
これを一連の火災と関係あると結論づけ、付近にまだ逃走中の放火犯を探す方がよいのだろうか。
一方の剣ヶ峰は炎の生んだ黒い煙の行方を追って空を見上げた。
そして剣ヶ峰は空に黄色いそれを見つけた。
「……青サン! 何かが飛行しています!」
黄色い人型のなにものかが空を飛んでいた。
「……レッドではない身に纏っているパワードスーツの細部が違う」
青山は瞬時に見分けた。
黄色い人型はそのまま工事現場の上方から火災現場に飛び込んでいった。
「どうやら明確な仕事ができたようだな」
青山春来はメガネをしまった。
「私が黄色いパワードスーツの人間……仮称イエローに肉薄して至近距離から指揮をする。中継役は頼んだ」
「了解です。ご武運を」
青山は周囲を走行していた騎乗型警邏ロボを1台捕まえる。
騎乗型警邏ロボ。細かい路地でも入り込める、
旧時代のバイクのようなものだが、警邏ロボは運転手がいない時の自走機能付き、一人乗りが限界である。
青山は身分証デバイスを騎乗型警邏ロボの制御部にかざす。
『
「リリークリーフ警察の名においてスピード制限を解除」
その制限を外せる条件の一つが警察官の乗車である。
『速度制限解除。周囲に気をつけて走行してください』
「了解だ」
剣ヶ峰が消火活動に当たっている消防隊の一部に声をかけてまわる。
警察からの横槍に消防隊は少しうっとうしそうな顔をしながらも道を開ける。
青山春来はそれを確認し、机上型警邏ロボとともに火災現場に突入した。
「剣ヶ峰、青山だ。中に人の気配はない」
『通信良好……了解です。工事現場の設計図を入手しました。送ります』
「頼む」
騎乗型警邏ロボのディスプレイに工事現場の立体地図が表示される。
『続けてこちらからの高熱反応情報を送ります』
立体地図に色で温度が表示される。
「ひとまず高熱帯に接近してみる……さて、吉と出るか凶と出るか」
正体不明の存在の探索に青山は気を引き締めた。
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