第15話 燃える町、平穏
黄空ひたきの住居のある中の幹第九区画から
そこが黄空のマンションからいちばん近いショッピングモールだ。
黄空お気に入りの文房具や家具、ブランドの販売店が入っている。
元いろははきょろきょろと周囲を見渡す。通り過ぎる店に目を奪われてふらふらと歩くので黄空ひたきはその体が他の人にぶつからないように注意した。
黄空はいろはに宇宙港で出会ったときのことを思い出す。
うまく人波をすり抜けていた彼女のことを思いだした。
あの時の方が器用に人波を避けていたと思う。
緊張が良い方に作用していたのかもしれない。
「す、すみません……はしゃいじゃいました」
「大丈夫だよ」
「改めて、なんていうか……人が一杯居ますね。この星には……」
しみじみといろははそう言った。
あの日は慌ただしくそのようなことに気まで回らなかったのだろう。
黄空はそんないろはの姿を微笑ましく見守った。
「好きなとこから見ていく?」
黄空はそう提案した。
「い、いえ、まずは必要なモノからで!」
いろはははしゃいでいた自分を恥じ入るように頭を振ってそう言った。
黄空はそれに応えて計画を練る。
「分かった。ベッド周りはどうかな。枕とかどう?」
「大丈夫ですよ、間に合っています」
「本当に? 遠慮はしないでね」
「私、基本的にどこでも寝られるタイプなんです。図太い系です」
故郷から初めて出てきたばかりの少女はそんなことを言って胸を張った。
「そう。服は?」
「それは予定より滞在が長引いたのでさすがにちょっと買い足したいですね」
「気に入りのブランドとかは?」
「ほとんど通販ので適当に揃えてたのであまりこだわりは……」
「そっか、じゃあ、適当にウィンドウショッピングだね。気になったお店があったら入ろう」
「はい」
いろはは改めてショッピングモール内を見渡した。
「あんなことがあったわりに、お店は賑わっていますね」
「ほんとうに特殊な製品以外は工業惑星モスタイガに工場があるからね。しばらくは大丈夫。うちの製薬会社の工場もね」
エメラルド恒星系の中には主要惑星が三つある。ひとつはここリリークリーフ、政治の中心。
もうひとつはモスタイガ、工業惑星の名前の通り、様々な種類の工場がひしめいている。
そしてもうひとつがエアマリーナ。商業の中心地であり、宇宙港銀河間線が閉鎖されたリリークリーフに代わって振り替え輸送を今日もせっせと行っている。
「薬品類も品不足に困るより輸出できなくて生産したものがたまっていく方がきつい有様。この調子でいけば、元からあった計画……よその恒星系に薬品工場建設する計画が前に進みそうだね」
「それはひたきさん的にはプラスですか? マイナスですか?」
「うかつに出張にもいけないという意味じゃ当座の稼ぎは悪くなるし、慣れない仕事は辛い。けど戦争特需みたいな感じでたぶん最終的にはそこまでマイナスにはならない」
「そういうものですか」
「喜ぶほどではないけどね」
黄空は肩をすくめた。
「まあ、世の中のことはすべてなるようにしかならないよ」
「ええ……そうですね」
「さあて、気持ちを切り替えよう。お買い物お買い物……布団が平気なら、まずは食器類かな」
黄空ひたきは実用品コーナーへと足を向けた。元いろはもそれに続いた。
全天時代、通販の発達は目覚ましい。
家に居ながらでも試着や試食、試乗ができる時代だ。
それでもショッピングモールのような商業施設は消滅していない。
実店舗での雰囲気を楽しみながらの買い物はその需要を保っている。
黄空ひたきはどちらかというと実店舗での買い物を楽しむタイプであった。
仕事が忙しければ通販にも頼るが、出張先の普通の店に入るのも彼女の楽しみの一つである。
「ええっと、箸と皿と……せっかくだしセットで買っておくか」
「お揃い、ですね」
「うん、お揃い」
黄空といろはは皿を数種類と、二つセットのコップを一組。そしてカトラリー類を購入した。
黄空の家に足りずに適当に補っていた物をいろは用、ひいては来客用として買っていく。
「あ、お金……」
「うちに置いておく用だから私が出すよ」
いろはの動きを制して黄空はサクサクと支払い端末を取り出した。
いろはは何かを言いたげにしたが黄空に任せた。
買った割れ物類はショッピングモール内のバックヤードに預けるとロッカールームまでベルトコンベアで運ばれる。
客は手ぶらで買い物を楽しむことができる仕組みになっている。
「他は……そうだね、スリッパを買っておこう。雑貨屋で良いかな」
「雑貨屋さん?」
「うん雑貨屋さん」
黄空は見せた方が早いと、食器売り場からそう遠くない雑貨コーナーへと足を向けた。
「かわいい……」
いろはは弾んだ声を出して。雑貨屋に駆け込んだ。黄空は周囲に気をつけながらそれを追う。
「……キューブヒルズでは実用品ばかり買っていたので雑貨屋を覗くのは初めてです」
「スリッパだけじゃなくて他にも必要なものもあるかもだし、ゆっくり見回ろうか」
「はい!」
いろはの目が輝いた。
実用性のない置物をジッと見つめる。
使い方も定かではない調理器具を持ち上げる。
スリッパの位置を確認しながら黄空はいろはの様子を眺めていた。
こんな風に誰かと買い物をするのはあまりないことだった。
黄空はそれを楽しく思った。
生きていることを楽しく思った。
ふたりはスリッパと髪留めを購入した。
「ちょっと早いけどお昼にしよう。混む前にお店に入っちゃおう」
「はい!」
昼時、ふたりはショッピングモールの中の飲食区画に足を向けた。
「いろはちゃん何食べたい?」
「うーんうーん。オムライス……かな」
「じゃあこっち」
黄空は行きつけの洋食店を選択した。
「オムライスふたつ」
『了解しました』
運ばれてきた皿の上の、黄色い卵と赤いケチャップをみて黄空ひたきはなんとなくアメツチデバイスのことを思いだした。
自分の〈空〉と赤い男の〈星〉。〈星〉が赤いのは分かるが、〈空〉が黄色いというのはどういうことだろう。
「ああ、それはアメツチデバイス起動時にひたきさんの身分証を取り込んでいるからだと思います。装着者の識別のしやすさ優先ですね。というかひたきさんの名字の由来は?」
「……たぶんご先祖様がリリークリーフに入植したときに
「なるほど……
ぼんやりといろはそう言いながら、オムライスを口に運んだ。
「ん、美味しい」
「そう、よかった」
黄空は目を細めた。
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