燃える町

第14話 燃える町、予兆

 5月15日6時。黄空ひたきが目覚めてダイニングに下りると元いろははすでに起床して朝食作りに勤しんでいた。

 

 宇宙港に赤い男が出現してから三日が経過し、週末が来た。

 黄空ひたきの仕事は順調に進み、暦通りの休暇が取れていた。

 とはいえそれに宇宙港で災難に遭った彼女への配慮があったことは間違いない。

「買い物に行こうか、いろはちゃん」

 黄空ひたきは朝食後のコーヒーをテーブルに置き、そう言った。

「買い物、ですか?」

「来客用の物品が乏しいわが家だからね。気分転換にもなるし、文房具のたぐいも買い足したい。一緒に行こうよ、いろはちゃん」

「分かりました」

 いろは微笑んだ。

「私、リアル店舗でのお買い物は初めてです」

「キューブヒルズに普通のお店ってないんだ?」

「はい。キューブヒルズではいかなるものも通信販売が基本です。キューブヒルズって一般の人間が使うようなお店ほとんどないんですよ。店舗などにむやみに面積を取られたくないのが学者星です。税制優遇の関係もありますね。エンタメ施設もありませんので、趣味のあるような方は自宅に作っちゃうらしいですよ」

「なんともスケールのでかい話だねえ」

「まあ、私は学者でもないので又聞きの話になりますが……」

「それじゃあとりあえず私の行きつけのショッピングモールでよさそうだね」

「はい、どこへでもなんなりと」

 

 赤い男の足取りは依然として掴めず、捜査員は対処に追われていた。

 宇宙港は修復こそ順調に進んでいる。しかし警戒は解けず、縮小営業の構えを崩していなかった。

 エメラルド恒星系への入出星にゆうしゆつじようの数は目に見えて減った。

 旅行会社などの株価が下がりつつあった。

 警戒態勢を解かず赤い男の確保も叶わない政府への補てんを求める動きも一部で見え始めていた。

 しかし食料品や医薬品、生活必需品の類は輸送網開放に際して企業間が高度な連携を見せた。今のところ市民生活に大きな影響が出ることはなく済んでいた。

 それに伴い買い占めなどのパニックが起こらなかったことも、特筆すべき事項であろう。


 普段より増員されたパトロール隊。その中に復帰した青山と剣ヶ峰も混じっていた。

 筒軌道チユーブロードの内側、一般車両に混じって走行するパトカーの中でふたりは会話を交わしていた。

「なんかもう平和ですねえ、青サン」

「いいことだ」

「あんなことがあったってのが、なんか現実感が薄いです」

 自分の言葉を取り繕うように剣ヶ峰は早口で言った。

「青サンのされてる・・・・・のに現実感もくそもないですけどね」

「仕方ない。過激派によるテロの機運が高まったのが80年前。それ以降は凶悪事件が、あっても即座に捕まるような準監視社会だ。この平和な社会にあれはいきなりすぎる」

「平和ボケの時代は何度か繰り返すとは聞きますが、悪い事じゃないですよねえ平和ボケ」

「ああ……個人的には大いに歓迎すべきことだと思う」

「俺はさすがに歓迎とまでは言えないッス」

 剣ヶ峰の複雑な顔に、青山は微笑む。

「俺の爺さんの若い頃はまだ若干ピリピリしてたらしい」

「あー、青サンちエリート家系ですもんね。余計にですかね。うちのひい祖父さんも封鎖に備えて増産計画立てろって政府から指示が来て、急に無茶を言うなってぶちギレてたらしいです」

 剣ヶ峰の実家は中の幹の北側の食料畑にある。芙蓉ファームというリリークリーフ惑星の食料供給に大いなる影響を持つ食品生産場を営んでいる。

「ああ、うちのひい祖父さんの政治生命はそれでだいぶ縮んだともいわれている」

 祖父の代まで政治家をやっていた青山家の嫡男は言葉を続ける。

「まあ、反動でじいさんが好き勝手するけどな」

「一時期ついたあだ名が暴れん坊将軍ですもんね。青サンのお爺さん。将軍て今時ねえ。宇宙脱出の何百年も前に廃された役職なのに」

「軍隊にはまだいるけどな、将軍」

「暴れん坊将軍、水戸のご隠居、火付盗賊改……」

 剣ヶ峰がなにとはなしに挙げていく古典の登場人物の二つ名を聞いて、青山はあることを思い出した。

「そういえば、レッドが宇宙港に現れて以来、日に何度か放火が起こっているらしい」

「へえ」

「消防に行った同期から連絡があった。もしかしてレッドの仕業じゃないか、と。雑談交じりの連絡だったが……一応、本部に報告はあげておいた」

「ううん、レッドも無駄に目立つことはしないと思いますけど……いやまあ宇宙港爆破がすでにとんでもなく目立つ所業ッスね」

「そうだな」

「しかしまあ、その放火犯、いまだに逮捕に至っていないということは、怪しいですね」

「ああ、怪しいんだ」

 青山は顔をしかめた。

「この時代、平和ボケの大きな要因は、性能の高い防犯設備と検挙率だ。それが損なわれる事態は望ましくない。そのようなことを引き起こせる存在が二つも同時期に現れられてたまるか」

「おっしゃる通りです」

 刑事の勘。経験則。そういったものを青山と剣ヶ峰は信じている。

 そうとしか形容しがたい経験をふたりとも若輩者ながら積んできている。

 ふたりの勘が告げていた。

 その放火とレッドには何らかの関係がある、と。

「……巡ってみますか? 放火現場」

「そうしよう。共有データサーバ456番に入っている。本部には俺から連絡を入れる」

「あいあいさー」

 剣ヶ峰はパトカーのナビを操作し、警邏モードから目的地モードへと移行する。

 放火の起こった順番に、放火現場を回れるようにパトカーを設定する。

 青山は通信用デバイスを取り出し、本部へと連絡を入れた。

「連絡と言えば、長官殿にご連絡は?」

「ああ、つつがなく」

「それは何より」

 青山と剣ヶ峰は放火現場へと向かう。

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