第13話 青山の目覚め、彼女たち

「通信障害は? 宇宙港の壁破壊によるものか?」

『どうも違うみたいです。通信障害が銀河間線のみならず、星間線でも確認されてますので、どう考えても損壊由来以上のものがあります』

 剣ヶ峰は手元のデバイスを操作する。

 青山の目の前には宇宙港の通信網の簡略化した図が表示された。

『通信用に複線張ってる中央庁と宇宙港の間の定期通信でも障害が発生してましたから……人為的なものなら用意周到としか言いようがありません』

「用意周到……か、どうも赤い男の印象と結びつかんな」

 中央庁と宇宙港の管制塔間では異常を即座に検知するための通信が絶えず行われている。

 その経路数は青山たち部外者では本来は把握できないトップシークレットである。

 そのすべてが遮断されたとなれば、それは国家機密の漏洩も疑われる。

『実装されている有線無線すべての形式にバックアップが用意されているのに不通だった……先進式の通信方法すべてが遮断された……だから糸電話とか狼煙くらいじゃないですかね、あの状況でまともに使えた通信手段は』

「高レベルでの通信その他を妨害可能な装置。それは町中に持ち込まれたらえらい混乱になるな……」

『ええ、でもレッドの逃走時にも同じ障害が起きてたら逆に足取りはつかみやすくなっていたはずです。なので、逃走時にはその本部による仮称・通信妨害装置はオフにされてたと思われます。すなわち任意でオンオフ可能な、意図的な妨害装置の存在が想定されるということです。偶然の産物ではない、と』

 青山は技術者の報告書を眺める。

 小難しい専門用語が並んでいるが、一言で言えば詳細不明ということが書かれている。

『逆に遮断されたからこそ警察が素早く来れたってのもありますけどね。宇宙港との定期通信が途絶えたのと、直前まで宇宙港にいたことが確認できてる青サンとの連絡が不通ってことでわりとはやく動けた感じです。怪我の功名というやつですね』

「まさに怪我の功名、だな」

 自分の状態を見下ろして、自嘲気味に青山はひとりごつ。

『まあ殉職の功名じゃなかっただけよかったんじゃないですか』

「その通りだが洒落にならんな」

『失敬失敬』

 剣ヶ峰は軽く笑う。

 青山もわずかに顔をほころばせる。

「ところで剣。この二人、無事だったんだな」

 青山は剣ヶ峰から渡された情報から探しだした黄空ひたきと元いろはの人物データを示した。

 名前も知らない二人が無事であったことを青山は嬉しく思う。

『はい。青サンにめっちゃ感謝してたし心配してましたよ。青サン、快気祝い贈らなきゃいけない相手多いッスね。人徳ですかね』

 冗談みたいな調子の剣ヶ峰の言葉を聞き流しながら、青山はあの状況に居合わせた二人について思いを巡らす。


 爆発を見ただけで震えていた黄空ひたきという女が、それでもあそこにいたのは何故だろう。

 爆発を蕎麦屋で目撃した時と、地上で再会した時。

 黄空ひたきに明確に違いがあるとすれば、それは近くに元いろはがいたこと、その一点になる。

 元いろはがあそこに行きたがっていた。それは黄空ひたきが動くのに十分な理由たりえたのかもしれない。

 だとしたら、元いろはの理由はどうなるのだろう。

 青山の職務上の責任感。

 黄空の人道的な責任感。

 それらとは違う理由を持ってあそこにいたのだろう元いろはの理由はなんだったのだろう。

「あの二人、どうして、あんなところに? そもそも元からの知り合いか?」

『はい。えーっとですね』

 剣ヶ峰が手元のアナログ手帳を捲る。その手帳はこのデジタル全盛時代にあえて剣ヶ峰が常用している物だった。

 共用情報ではなく剣ヶ峰が直接得た一次情報ばかりがそこには記されている。

 あの二人に事情を聞いたのは剣ヶ峰だったらしい。

『元いろはさんは恒星間線に自分の荷物が届いていたそうです。その積み荷が燃えたんじゃないかって心配になって移動しようとしていた元さんを目撃した黄空ひたきさんが心配して同行した。そう本人たちは言ってました』

「そんなに大事な荷物は無事だったのか?」

『残念ながら予感が当たって燃えちゃったと思われるらしいです。踏んだり蹴ったりですね』

「緊急防災モードで閉鎖されていたはずの扉をあけられた件については?」

『赤い男による通信妨害の影響からなる誤作動という見解が専門家から出ています』

「二人の素性は……黄空ひたきがリリークリーフの会社員で……元いろははキューブヒルズの一般市民?」

 目の前のデータを読み上げて、青山は首をひねった。

『学者星の一般人とか珍しいですよね。キューブヒルズの学者の娘さんだそうです』

「ああ、なるほど」

 短い接触だったが元いろはからはキューブヒルズの人間という感じはしなかった。

 青山はキューブヒルズに顔見知りが何人かいるが、友人は一人もいない。

 あそこはそういう場所だ。

『なんかいろはさん、他の恒星系にいるお姉さんとの待ち合わせもしてたらしいですよ。ただ、今回の騒動のせいでお姉さんが来れなくなったって。それで黄空さん家に身を寄せることになってましたよ。挨拶に行くの楽ですね。まとめて行けます。気になるんですか?』

「少しな」

『事情聴取にも気軽に応じてくれたし、協力的だし青サン心配してたしこちらの印象としてはいい感じでしたけどね。ああ、このレッドの似顔絵も二人に協力してもらったんですよ、似てます?』

「うん。細部までよく描けてる。私が修正すべき所はないな。……ところで映像データは残ってないんだな?」

 話の流れで青山は気になっていた部分に触れる。

『通信障害と一緒に監視カメラは軒並みダウンしちゃってます。タイミング的にどう見ても作為的。なんですけど、技術的にはどうなのよ、と折衝困難な状態です』

 剣ヶ峰の顔が険しくなる。

『なんつうかピンポイントすぎて監視カメラも通信障害も主電源落とした方が手間かかんないよねっつう有様。ここいら示威的なにおいもします。俺はこんなことも出来るんだぞっていうテロ犯人による実力アピールですね』

「防災用ロボたちは動いてたようだが」

『宇宙港の内部通信って一般回線と別チャンネルらしいです。これトップ機密です。混線しないように? とかで。その帯域だけは無事だったみたいです。あとスタンドアローン系のロボもいますしね。技術方面のことはとにかく情報が錯綜しているというか専門家どうしでケンカを始めています。これがありえない。いやありえないってことはないだろう、的な。とても面倒くさいです』

 見てきたわけでもないだろうに剣ヶ峰は顔をしかめた。

『とりあえず捜査関係者の総意はこれらはすべてレッドとレッドのつけてたパワードスーツの仕業だろうってことだけです』

「大雑把だな」

『カメラが死んだのは警察としては大きな痛手でしたねえ。今時、監視カメラはないところでも、デカい事件なら誰かしらの撮った映像がある。そこからだいたいの場合、犯人の情報はあげられる。今回は監視カメラ塗れの宇宙港での事件です。にもかかわらずこの有様。口裂け女もかくありなんといわんばかりに都市伝説が乱舞してます。宇宙開闢以来じゃないっスか、こんな混乱』

「口裂け女……」

 ずいぶんと古い話を持ち出す同僚である。

 よりにもよって人類がまだ地球に居た頃の都市伝説とは。

『てなわけで、謎が謎を呼ぶミステリー状態なんですけど、とりあえず我々がやるのはいつも通りの地道な捜査ですね』

「そうなるだろうな」

『青サンはとりあえず宇宙港でのこと報告書にまとめといてください。これは捜査課課長からの命令です。よろしくです』

「了解、一日も早く現場復帰できるよう心がける」

『はい。でも青サン、あんまり無茶しちゃだめですよ。捜査官の代わりなんて俺とか俺とかいくらでもいます。けど、青山春来の代わりなんていないんですからね』

「そうだな、すまない、ありがとう。剣」

 剣ヶ峰はニッとさわやかな笑顔を見せて通信を斬った。

 青山はベッドに体重を預けた。

 自分の体に休眠が必要なことは自覚していた。

 しかし思考は絶え間なく巡っていた。

 剣ヶ峰に対して言ったように、眠りながらもこの思考は続くのだろう。

 青山春来とはそういう性質の人間だった。


「……あの時は休暇帰りでろくな装備がなかったからな、次はこうはいかないぞ、レッド」

 そう寝言のように呟いて、青山春来は再び眠りについた。

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