第12話 青山の目覚め、赤い男

『今回の一件、犯行声明がいくつかのアンチぜんてんれんごう系の過激派組織から出てます。ただどうもなんか嘘っぽいです。これは捜査本部の公式見解ではなく俺個人の感想です』

 全天連合は、光速距離に人々が生息するこの全天時代において星々間の連携を保つために設立された超国家機構である。

 全天の安寧のために強権を持ち、全天コンピュータ統率の元に全天を連ねる巨大機構。全天連合はその規模に比例するように敵対者が多い。

 宗教、歴史、経済、様々な理由で全天連合に敵対するそれらの組織は、総称して反全天連合と呼ばれている。

 反全天連合の中には他の恒星系とかかわりを持たないタイプの鎖国派や草の根運動を続ける穏健派もいるが、表舞台にその名が挙がることの多いのは暴力的な手段を選ぶことに抵抗のない過激派である。

 人が宇宙に飛び出して気が遠くなるような年月が経った。しかし人は母星にいたころとかわりない争いを理由だけを変えながら絶え間なく続けている。

 

『今までエメラルド恒星系をわざわざ標的にしたテロ計画はキューブヒルズに過激派が潜んでいた80年前以来ですからね』

 剣ヶ峰は自分の感想の補強を語る。

「そうだな」

 青山もそれに同意する。

「残党がいる可能性はあるが……ここ数年の浄化活動で不穏分子の動きはだいぶ低迷しているはずだ」

『まあそっちはそっちで警察内も銀河庁内もしかるべき部署が動いているみたいです。あそこら辺……公安部は秘密主義なんであんまり情報漏れてきませんが、さすがにレッド捕縛に関わる情報くらいはおりてくるはずです。彼らのお手並みにも乞うご期待ですね』

「爆発被害はどうしようもなかったが……せめて奴を捕まえられていればな」

 青山は思わず今回の一件で動くだろう人員の数を計算する。現場にいながら赤い男を捕まえられなかった彼はたまらずため息をつく。

 公的機関が捕縛のために動く。それはもちろんのこと、銀河間線が封じられたとなれば民間企業や一般市民への影響も避けられまい。

『ああその件について上層部は青サンの意見を聞きたいそうです。すなわち直接対決した青山春来捜査官はレッドについてどのような印象を受けたか。主観で構わないので聞かせてほしいとのことです』

「一捜査員の直観に頼るというのもいささか危険だろうとは思うが……希少な体験の共有は必要ではある、か」

 青山春来は思い出す。

 あの赤い暴力について思い出す。

「短絡的な奴だった。深い考えがあっての行動とは思えない。危険な方法でもやってみるかの一念で平気で罪を犯す。けっして野放しにしてはいけないタイプ。もっと穏当なやり方がありそうでもいちばん近い選択肢に食いつくことにためらいも恥もない」

 酷評。しかしそれが青山の率直な赤い男への感想だった。

「あんな大火災を起こしたわりにそれへの高揚は見られなかった。愉快そうではあったがそれは特別行為に対して抱いているわけではなさそうだった。つまりに放火自体が目的ではなく、あれはあくまで目的のための行動である」

 単純な放火魔ではない。何らかの目的に沿って行動していた。

「そして目的があるくせにやり方が雑」

 厳しいセキリュティをくぐり抜けてまで宇宙港の一部を燃やした。その行為で受けられる恩恵などたかがしれている。

 しかしあの男はそれをやり遂げてしまった。

「そんなふざけた人間の癖に持つ力は強大だった……行動原理は個人のモノのように見えるのに行動能力は個人のそれを超えている。私の見解はそれだ」

『なるほど……組織的な能力を感じさせられた、と』

「うん……犯人と接触したとき、組織の人間という印象はなかった。ずいぶんと無軌道で、奔放な印象を受けた。だがあの男の使った技術は、個人が持つには強大すぎた」

『ちぐはぐですよね。あの後、宇宙港が閉鎖などされたためよっぽどの手を使われない限り、リリークリーフ惑星内からは逃がしていないと思われますけど……』

「それがいいのか悪いのか」

『落とし前を自分たちでつけられるという意味では俺はいいと思います』

「ああ、その通りだな……必ず我々の手で捕まえなくてはいけない」

 取り逃がした者の責任として、青山春来はそう思う。

『ええっと、青サンそろそろ疲れましたか? 話を中断しましょうか』

「いや、続けよう。休む前にすべて聞いておきたい……寝ながらでも思考は出来るからな」

『うーん? 凄い特技ですねえ……』

 剣ヶ峰はいささか信じられないという顔をした。

 

「宇宙港の被害状況は?」

『阿鼻叫喚です。燃えすぎて何が無事で何が無事じゃないかの確認もまだ終わっていません。積み荷エリアだったのが不幸中の幸いですね。人のいるエリアだったら行方不明者が何人出てたか。溶けて死ぬとか俺はイヤだなあ。って青サンそれで死にかけてますけどね!』

 剣ヶ峰のいっそ不謹慎な言葉はしかし嫌味がなかった。

 青山はその言葉を適当に聞き流しながら剣ヶ峰の言葉を待つ。

『そうそう俺の従兄弟の兄ちゃんアニマルーレットで食肉専門のブリーダーやっているんスけど、あれのせいでいったいいくらの損だよって感じです。保険やら何やらおりるんでしょうけど経済的打撃もありえます。10年前のワームグランド恐慌以来の金融危機じゃないかとか煽る専門家も出てきて、経済省の同期がブチ切れてます』

 ワームグランド恐慌は一大経済大星たいじようワームグランド惑星に端を発した経済危機だ。

 学生だった青山にはあまり関係のない話だった。しかし祖父がいろいろと精力的に動いていた姿は青山の記憶にも新しい。

「爆発原因が積み荷の可能性はあるのか? エリアは?」

『いいえ爆発物があるようなエリアではなかったみたいですね。輸入物エリアで常温・常速・常デリエリアです』

 銀河間線の光加速転移による物品の劣化対策のために、輸入物エリアには、温度・速度・繊細さの指定がある。

 常温は20度から28度まで、常速は光加速転移における旅客と同じ速度で、常デリのデリはデリケートを表している。

 それなりの注意をもって輸送しなければならない輸送物のエリアだったということになる。

 つまりは手荷物と同程度のレベルで輸送されるもののエリアだ。

 危険物の持ち込みを許されるような区画ではない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る