第7話 黄空の日常、出勤

 朝食を済ませ、黄空が片づけをしようとすると、いろはがそれを制した。

「やっておきます。居候ですからそのくらいさせてください」

「うん、分かった。じゃあ私は仕事に行くね。困ったことがあったらすぐ連絡して」

「分かりました」

「では、行ってきます」

「行ってらっしゃい。お気をつけて」

 誰かに行ってきますを言うのは何年ぶりだっただろう。

 そんなことを考えながら、黄空ひたきは出勤した。


 エメラルド恒星系の第1惑星にあたるリリークリーフは政の中心地だ。

 恒星系の惑星の中にはそれぞれが独立した国家を築いているものもあるが、エメラルド恒星系は、独立研究星キューブヒルズを覗いたすべての惑星がエメラルド恒星系の国家に属している。リリークリーフを中央官庁としている。


 リリークリーフの特筆すべき特徴はその都市構造にある。

 リリークリーフにそびえ立つ建物たちはすべてが筒軌道で繋がっている。

 まるで建物という木の幹が、筒軌道という木の枝で連結されているかのような構造になっている。

 筒軌道は上から下まで何本も走っているし、方向も様々だ。

 リリークリーフの都市部に住む人たちには地上という概念がほとんどない。

 筒軌道で接続された建物同士を移動するリリークリーフでは地上に降りる必要がほぼないのだ。

 リリークリーフの都市部全土はペデストリアンデッキが張り巡らされているようなものである。

 木漏れ日囲う階層都市、そう呼ばれることもある。


 そしてリリークリーフの町の配置は木の幹に例えられる。

 首都である中の幹第1区画を中心に同心円を描くように中の幹の第2から第9区画が存在する。

 中の幹のさらに外側には年の輪地区があり、これまた年の輪第1区画から第9区画が存在する。

 黄空ひたきのマンションは年の輪第1区画にある。


 中央省庁は中の幹に集中して設置されている。

 広域捜査官の肩書きを持つ青山刑事の勤め先も中の幹の第1区画ということになるのだろう。

 黄空の勤めるパナギアエリクシルも、中の幹の第5区画に本社をおいている。


 中の幹には省庁や企業が置いてあるため、年の輪には中の幹に通う社会人がベッドタウンとして多く住んでいる。黄空もその一人である。

 年の輪のさらに外側になるとさすがに同心円は崩れ、個性的な町が広がっている。

 その北側にある食料畑地域を抜けたさらに郊外の北枝葉町に宇宙港はある。

 見た目の距離は遠いが、中の幹と年の輪それぞれから宇宙港には直通の筒軌道チューブロードが通っているので移動時間は実際にはそこまでかからない。


 ベッドタウン・年の輪では今朝もせわしなく人が動いていた。

 そして人々と一緒に、警備用ロボも動いていた。

 昨日の騒動を受け警備用ロボが増員されたのが素人目にも分かる。

 普段から町中で活動しているロボたちは、なるべく人の生活をじゃましないように、目立たないように設置されているが、今日はやけに目に付く。

 目につくことこそが抑止力であるとでも言わんばかりだ。

 特に通学専用筒軌道には見回りの保護者とともに多くロボが立っていた。

 通学専用筒軌道はそもそも通学児童のための専用通路なのだからああいう見張りは実のところあまり意味がない。そんなに警戒するくらいなら学校くらい休みにすればいいのだ。

 昨日の赤い男の脅威を目の当たりにした黄空はそう思う。

 あの男の能力は単純な通り魔とは違う。宇宙港に損害をもたらすほどのパワー。その気になれば他と隔絶されている通学専用筒軌道だろうと簡単に突破してくるだろう。

もっとも本気で心配をしろというのなら黄空も呑気に出社をしている場合ではない。

 結局、それは意味も効力もない心配なのだ。

 心配をしてもしょうがないこと。

 杞憂、と言ったか。

 空が落ちる。

 黄空ひたきは空を見あげた。

 空に張りめぐらされた筒軌道チューブロードの中でもひときわ目立つ黄色い筒軌道チューブロードが目に飛び込んできた。

 葉脈ラインのイエローライン。

 筒軌道チューブロードの中でも最長にして最古の路線だ。

 上下に何本も敷かれている筒軌道チューブロードの中でもっとも上位層に敷かれている。

 中の幹の第1区画から、宇宙港のある北枝葉町までの直通線もあの中に入っている。

 この星の体制が整ったときから存在するイエローラインは葉脈の如く今日も星の栄養というべき人類を運搬していた。

 その栄養の一部になりながら、リリークリーフに張り巡らされている空中回廊・葉脈ラインを走る汎用旅客運搬車チューブトロッコに乗り、黄空は目的の駅までしばし眠った。

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