第5話 反撃、宇宙港の空
トロッコは走り続ける。
それでも光の速さを振り切れるわけもない。
二発、三発。光弾がトロッコを何度かすり抜ける。そして近くの地面に光弾が炸裂し、トロッコははね飛ばされ、いろはと黄空は放り出された。
「ぐう……」
受け身を取るような身体能力は黄空にはない。
いろはのことは分からない。
地面に転がったまま顔だけを上げる。
目の前に、デバイスが転がっていた。
いろはが大事に持っていたはずのデバイスが取りこぼされるほどの衝撃。
「……アメツチデバイス」
トロッコから投げ出される拍子に黄空の前に落ちたらしい。
いろははどこだろう。
探そうと周囲に目を向けるよりはやく、その赤は視界に現れた。
赤い男がその赤い手の平をこちらに向けながら迫ってきていた。
「黄空さん、逃げてください」
どこからか聞こえたいろはの言葉を無視する形で、黄空は近くに転がったデバイスを手に取った。
「私に託して」
「逃げてください」
「私を信じて」
「あなただけでも逃げてください」
「戦わせて」
「巻き込みたくないんです」
「私はまだ死ねないんだ」
「死」
「私はここでは死ねないんだ」
「死」
「このままじゃ死んでしまう」
「死」
「私は死にたくないんだよ」
「私も死にたくない、助けて」
「うん。助けるよ。いろはさん」
黄空はうなずき、デバイスのスイッチを押した。
『状況の危機を認識。防御装甲を展開します。転送準備を開始』
『
その二つの音声は同時に聞こえた。
黄空といろはの周りに防御装甲が展開され、赤い男との間に遮蔽物を作る。遮蔽物の向こうから赤い男が光弾を撃ちこんでいるとおぼしき音がする。しかし遮蔽物はびくともしなかった。
「転送……これは光加速ワープ?」
光加速ワープは全天時代の根幹を支える技術である。
光の速さでも1万年単位という距離の行き来を可能とし、人類を母なる地球から旅立たせた光加速ワープ。
民間人が関わる範囲であれば宇宙港恒星間線で主に利用されている。
しかし、現在の技術では恒星間船レベルのサイズの設備がなければ光加速ワープは成立しないはずである。
「……こんな小型機で?」
それが技術として確立しているのなら、全天的な大発明のはずだ。
「黄空さん。先ほども言いましたがアメツチデバイスの特性はそれぞれ違います」
『基幹装甲を転送』
黄空の体にパワードスーツが装着された。黄空は自分の体がそれに走査されているのを認識した。医療施設でよく経験する感覚だった。
『装着者をスキャン。身分証デバイスを確認。黄空ひたきを認識。黄空ひたきをアメツチデバイス〈空〉の
パワードスーツに黄色い装飾が付く。
「赤い男の装着する〈星〉は爆発力のある光弾を撃ちこむ能力。一方であなたが纏うのはアナウンスにあったように〈空〉。基本能力は飛行です。攻撃力には乏しいですが、パワードスーツ元来の防御力は防御装甲が今まさに証明している通りです」
『カウントの後、防御装甲を解除します。お気を付けください』
「どちらにしても根幹の技術は光加速転送です。アメツチデバイスの基本理念は光加速転送設備の小型化なのです」
『テンカウント』
フルフェイスのヘルメット、その前面ディスプレイに10と洋数字が刻まれる。
『ナイン、エイト、セブン、シックス、ファイブ、フォー』
ディスプレイには下っていく数字。その横にはデフォルメされた人体図と各部の機能。
いわゆるマニュアル。それも一目で機能を把握できるよう著しく簡単にされたもの。
「アメツチデバイスは大切なものだけど命よりは大事ではない。それは先ほど申し上げたとおりです」
黄空の耳には、カウントといろはの声。
『スリー』
「無理はしないでください」
『ツー』
「どうか、気をつけて、ひたきさん」
『ワン』
「了解、いろはちゃん」
『ゼロ』
防御装甲が解除され、黄空は赤い男に向かって飛び出した。
地面を蹴った足に、自分の物以上の力を感じる。パワードスーツに増幅されたものだろう。〈空〉飛行の能力。
今まで自分の力で出したことのない速さが黄空を突き動かす。
赤い男が手の平をこちらに向けている。
放たれる光弾。
「防御」
黄空の音声コマンドに応えるパワードスーツの駆動音。
黄空の前面に先ほどの防御装甲がパワードスーツから生える形で展開される。
光弾が接触したと思われる轟音。しかし体を揺るがすほどの衝撃は来ない。
防御装甲は十全に機能しているようである。
つまり自分の身は守れる。ならば一番にするべきはいろはから距離を取ることだ。
防御装甲を全面に展開したまま黄空は前進の動きを取る。パワードスーツのセンサがその意を汲んで加速する。赤い男に向かう。
「視界」
防御装甲の一部が小さく開け、目の前が見える。
再び赤い男が掌に光弾を発生させていた。
すぐには撃たない。
タイムラグでもあるのかチャージが必要なのかどちらにせよ。黄空にとってはこの瞬間が絶好のチャンス。
「防御解除」
防御装甲が落ちる。
体が軽くなったのが分かる。
パワードスーツの噴射。さらなる加速。
一気に彼我の距離を詰める。
赤い男の目前。
目が合う。
赤い男はこの状況でもにやにやと笑っている。
黄空ひたきは赤い男の首を掴み、赤い手に足を突っ込んだ。
黄色い足に、光弾が着弾し、強い振動が伝わる。
しかしダメージはない。
これがアメツチデバイスの素の防御性能。
パワードスーツの腰部が火を噴き、赤い男を掴んだまま黄空は低空を滑る。
こちらは〈空〉の特性。
「おい離せ」
「放さない」
男がもがき、黄空は逃がすまいと押さえつける。
「飛行形態を保ちつつ拘束」
音声認識。
黄色いパワードスーツの腕部、脚部からアンカーの付いたケーブルが出て、赤い男の四肢を絡め取る。
「うぜえ」
悪態つき、ケーブルをふりほどこうとする男を無視して、黄空はそのままある地点を目指して飛行を続けた。
しばらく行って、強い光が黄空たちに上から降り注いだ。
「上昇!」
黄空は足を赤い手から離す。
地に向けられた黄色い足が推進剤を噴射し、二人は立て坑の開く空へと駆け上がった。
地表を過ぎても、黄空は上昇する力を緩めない。
体の動きにアメツチデバイスが呼応し、体勢の維持をはかる。
背面の超小型ジェットエンジンを吹かし、宇宙港のはるか上まで飛ぶ。
下を見下ろし、地面を確認。
「ははっ」
赤い男は黄空の意図を認識し、この期に及んで楽しそうに笑った。
アンカーをほどき、黄空は落下する。
全体重を乗せて、赤い男を地面に叩きつけた。
黄空は地面にぐったりと身を横たえる赤い男を見下ろした。
この赤い男は何を思って事を起こしたのだろう。
何を思っていろはを傷つけようとしたのだろう。
「そうだ、青山さん」
黄空は自分たちを守ろうとしてくれた男のことを探す。
地面に倒れ伏したビジネススーツの男と、それを搬送しようとする汎用ロボットが、黄空から見て赤い男の向こう側に見つかった。
無事でよかったと、黄空が安心し、気を抜いたその時、物音がした。
視線を戻すと、赤い男があの光弾を放つ手の平を構えていた。
それは黄空に向いていない。
青山に向けられていた。
「飛翔!」
黄空は飛んだ。
赤い男を飛び越して、青山との直線上にその身を投げる。
強い力がパワードスーツ越しに伝わる。
あまりの衝撃に彼女は黄色い膝をつく。
赤い男が立ち上がるのが気配で分かった。
黄空は首だけで赤い男を振り返った。
赤い男は光弾を再び手のひらに発生させていた。
その大きさは遠目に見ても今までの比ではない大きさだった。
『コーション・コーション。許容限界出力の熱源を感知。防御装甲の耐久性を上回ると予想されます』
受けられないレベルの光弾。ならば空を飛ぶしかない。黄空ひたきは手を伸ばし青山を抱える。
「跳躍!」
光弾が発射された。
視界の端で赤い男が大きくのけぞるのが見えた。
使用者の体勢をも崩す衝撃。
誰も居ない地面にぶつかった光弾は爆発し、爆風の衝撃は空まで届いた。
青山を必死で抱えながら黄空は体勢を崩す。
パワードスーツが自動で空中移動を保持する。
コントロールについて考えられるような状況ではない。
青山の素肌の部分をなるべくパワードスーツで覆う。
今、ここを、狙われたら、ひとたまりもない。
しかし赤い男はそうしなかった。
「覚えていろ、黄色い小鳥」
そう言い捨てると、足裏から火を噴いた。
ジェット噴射の要領で加速をし、追う間も与えず赤い姿は遠くへと消えた。
「……逃走?」
困惑しながらも黄空はもう一度、気を緩めた。
今度こそようやく完全に気を緩めた。
爆発から離れた場所に着陸。
青山を静置するための比較的安全な場所を探していると担架ロボが荒れた地面をものともせずに近づいてきた。
青山を担架ロボに託し、黄空はいろはの待つ場所へ戻るため、再び立て坑へと身を投じた。
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