第4話 逃走、宇宙港の地下
宇宙港の設備の一部である地下坑内は最低限の灯しかなく、薄暗かった。
どこに向かえばいいのか、ロボットたちは分かっているらしく、ひたすら走り続けている。
いろはは力が抜けたようにそこに座り込んだ。
「大丈夫? いろはさん」
「黄空さん、ここは……?」
赤い男との距離が生じ、かたくなになる要素がなくなったからかいろは純粋な疑問を口にした。
「ここは宇宙港の地下シェルターへの道だと思う。星の各地に備えられてる緊急時用シェルター。前に備蓄医薬品の納品で来たことあるんだ。その時移動に使ったのはこんな急ごしらえの非常用トロッコじゃなかったけど」
「薬品関係にお勤めなのですか?」
「うん。製薬会社パナギアエリクシル。リリークリーフに本社がある会社なんだけど知ってる?」
「CMでよく見ます。植樹とか児童養護施設とか慈善事業もやっているところですよね」
「それそれ」
頷いてから黄空はトロッコを軽く叩く。
「これも多分、青山さんが起動してくれたんだろうね」
「青山さん?」
「ああ、さっきの警察の人。電話で青山って名乗っていたの」
「……大丈夫でしょうか」
「意識はあったから、すぐに死にはしないね。宇宙港警察が間に合えばいいけど」
黄空はあえて赤い男には触れなかった。
黄空は連絡デバイスを取り出す。
相変わらずの圏外表示。
助けを呼べる状況ではない。
電波障害が起こっているなら、一部の連絡系統が麻痺しているのだろう。
赤い男によるものだとすると少し違和感がある。
そのような細かい仕掛けが出来る人間にしては今回の犯行はおおざっぱすぎる気がした。
特大火力で事を荒立たせる。あのような凶行が出来る人間が情報統制など気にするだろうか。
疑問を浮かべながら黄空はかつてここに来た時に職員から受けた説明を思い出す。宇宙港の地下シェルターの強度は核爆発にも耐えうる。
一方、宇宙港の本体自体もまた核爆発にも耐えうるシェルターの強度には劣るがそれなりの強度を誇るはずであった。
だから宇宙港の外壁もろもろを破壊できるような熱量が、そもそもこの世界に存在すること自体が驚きだった。
「あの光弾、防ぐ方法とかあるのかしら」
頑丈な宇宙港に大穴を開ける爆発力。手元にある小さなサイズの警棒も溶かす熱量。
それを操作しているのにもかかわらず大仰な燃料タンクを背負うわけでもない軽装パワードスーツ。
どのような技術で実現しているのか畑違いの黄空には見当もつかない。
「そうですね……アレはなんと言いますか太陽に突っ込まれて溶けない物質はない、みたいな理論によるものでして……」
「なるほど怖い」
恒星探査計画はどこまで進んでいただろうか。
残念ながらそちらも黄空の専門外だ。
「……太陽の熱量と、光の質量を両立する光弾」
「なんか大いなる矛盾を感じるね」
「光加速の講義に踏み出しましょうか」
「それはまた今度余裕があるときにね」
「……驚きはしないのですね」
「もう見ちゃったしねえ。あると分かった以上理解できなくても受け入れるしかないよ。それが現実というものだもの」
常識を越えた現実。そういうものは世界にある。黄空はそれを知っている。
「……あの男の狙いはこれだと思います」
元いろははスカートのポケットからデバイスを取り出した。
小型の携帯用金庫デバイスだった。
生体認証での開錠施錠が可能で、小サイズの貴重物を持ち運ぶのに用いられる。他にもそれ自体に改造を施し、単なる生体認証デバイスとして用いられることもあった。
「これは私の父、元
パワードスーツが格納されているにしてはずいぶんと小型だ。
「科学者である父から私のもとにそれを送ると連絡があったのは一週間前です。この地にアメツチデバイスの最新機19番を送り届ける。後のことはお前の姉が知っている。姉が合流するから姉の指示に従いなさい。そんな簡潔なメッセージとともに、リリークリーフへの航空券が同封されていました。同封といってももちろんデジタルデータですが」
航空券に限らず。あらゆる貨幣や金券の類は今ではほとんどデジタル管理だ。黄空の祖父母の世代だってお金の詰まった貯金箱を崩した体験などないだろう。
「私はその連絡を受けるまでアメツチデバイスの最新機だった18番を所持していました。それとともにこの地に来たんです。だから、あの男が狙っているのは私の所持するアメツチデバイス18番だと思います。……私、本当はあなたと一緒に逃げるべきじゃなかった。あなただけ逃げてもらえばそれでよかったんです」
零れる自責の念。
「……一階まであなたを連れてきてしまったのは私だから、それに勝手についてきたのも私。気に病まないで欲しい」
もっとも、あの万能鍵のごときデバイスがあれば、黄空の助けは必要なかったかもしれない。それはおくびにもださず黄空は続ける。
「それによく分からないけれどそのアメツチデバイスはあなたの大事なものなんでしょう?」
危険と対峙してもかたくなに逃げようとしなかったいろは。その様子はアメツチデバイスの大事さを察してあまりあるものであった。
「ええ大事です。私にとっては大事なものです。大事だけど人の命より大事なものなんてないんです。そこにどんな思い入れがあろうとも他人の命より優先していいものなんかないですよ」
「優しいのね、いろはさん」
「そんなこと、ないですよ」
元いろはは泣きそうだった。この状況におかれてどうしていいのか分からない。そういう顔をしていた。
「そのアメツチデバイス。起動すればあなたも赤い男と同じだけの力を手に入れられるの?」
「それは少し違います。特性が違うと聞いています。私は18番を父から預かっただけでまだ起動していませんし、父は特に何も指示してきませんでした。ただ持っていろ、保管していろとだけ」
元いろはは不確定要素の固まりをぎゅっと胸に握りしめた。本当に大事そうに抱いた。
黄空ひたきは考え込む。
アメツチデバイスはとんでもない。
初手から常識を覆される能力を有している。
特性が違うといえど、その性能が不確定なものであるといえど、アメツチデバイスがとてつもないものであることは変わらない。
あの赤い男がなおも追ってくるのなら、反撃の糸口になってくれるかもしれない。
それをいろはにどう切り出そうか。
いろは先ほど赤い男に狙われても起動しなかった。
父親の指示に従っているという事だろう。
『ただ持っていろ、保管していろ』
危険物を渡しておいて無責任さを含むいろはの父の指示に、黄空は少し苛立ちを感じた。
「いろはさん、あのね」
何と続けるかは定めずただ口を開いたその時、後方でまばゆい光が弾けた。
暴力的な光量。続いて爆発音。
地を伝わってきた衝撃がトロッコを揺らす。
「爆発……赤い男」
トロッコの縁を握りしめ、黄空は来た道を睨みつけた。
「黄空さん先ほども述べましたがあいつの狙いは私です。追い付かれる前にバラバラに逃げましょう。大丈夫です。これは私の罪悪感の問題じゃありません。生存率の問題です。気に病まないで欲しいのです」
「いろはさん、でもね」
黄空の言いかけた言葉はかたくなに決意を固めたいろはには届かない。
「私が。あの人の狙いは私だから、私のものを狙っているから、だから黄空さんは逃げてください。お願いします」
「私は残念だけれどこういうときに逃げられるような性格をしていないんだよ」
それはいろはの頑なな心には届かない言葉だった。それでも黄空は呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます