第4話

『第二ゲーム、スタート』

真っ暗だった視界に光が指す。あまりの眩しさにまばたきを数回繰り返す。眩しさに慣れ、やっと物を映す事ができるようになった目に映ったのは口を開けたまま私の前に座り込んだ先輩だった。貞子に捕まって何があったのか記憶にない私は周りを警戒しながら見渡す。ここはさっきと変わらず特別教室のようだ。先輩は相変わらず微動だにしない。しばらく続いた沈黙のあと、先輩は、はくはくと酸素を求める魚のように口を動かし、やっと「あ……」と声を出した。

「なんっ……お前、捕まって消えたはず、じゃ……」

極限まで見開いた目で私の頭からつま先までを何度も往復してやっと本物であることと生きている事が分かったのか、安心したような、悔しそうな、そんな複雑の表情を浮かべた。その様子に疑問を抱いたが、なんせ三歩歩いたら忘れてしまう性格なので、あの後何があったのかと聞かれればその疑問は私の頭の中から消え去った。

「えっと、ポンッてなって、グワァーってなって、ザザーってなりました」

何も覚えてない私は、身振り手振りを加えながら説明する。途中から調子に乗って踊りだすのは許してほしい。だって人間だも……。

せっかく有名なフレーズを言おうといたのに、突然頭に落ちてきた衝撃のせいでそれは空の彼方へと飛んでいく。見事なサヨナラホームランだ。鼻息を荒くし、私の頭に落としたげんこつを構えた先輩はめいいっぱい息を吸い込んだ。

「……っんな説明で分かるか!」

「ですよね!私も分かりませんもん」

真顔で「最もだ」と頷けば、正座の刑に処される。硬い床は思ったよりダメージを与えてくる。おかげで開始五秒で足がしびれた。"見る"ことに長けた先輩は背中を向けていても私がしていることが分かるだろうから足をくずすのは難しそうだ。せめてもの抵抗で先輩の後頭部を睨みつけると、それを知って知らずか先輩は出入り口を前にしてブツブツと何かをつぶやく。気のせいか、それは悪口に聴こえる。先輩の頭から私が"聞く"ことに長けていることは消えているのだろう。言っている内容がひどい。言葉の刃が突き刺さり痛む胸を抑えていると、扉を開けた先輩が常人には聞こえるか聞こえないかの声で「なぁ」と声をこぼす。

「特別教室を出てすぐって何がある?」

「え?廊下、ですね」

おいたわしや。先輩の頭がおかしくなった。何当たり前のことを聞いてるんだ。殴ったら元の怖いけどバカでアホでクズでゲーヲタで……ごめんなさい。そんな今すぐにでも殺りそうな目を向けないでください。はぁ、と私を見てため息をついた先輩は「だよな」と頷く。

「じゃあ、学校の中で一番ロッカーが多いのは?」

「更衣室」

「なら、そこは?」

一周回って落ち着いた先輩が占領していた出入り口の前をどき、教室の外を見るように促してくる。特別教室の外には長く続く廊下しかない。何を今更驚くことがあるのだろうか。呆れながらしびれた足をひきずって出入り口に近づく。ドアに手をついて外を覗くとそこは……紛れもなく更衣室だった。頬をつねってみたが痛い。夢ではないみたいだ。当たり前か、ここにいること自体が夢のような話なのだから。だからといって、今起こっているとこをそう簡単に受け入れられるはずがなく、何度も開閉を繰り返す。しかし、出入り口の外に現れるのは、食堂や科学室など、いわゆる行き止まりばかり。道である廊下はいっこうに出てこない。それでも諦められず、開閉を繰り返していると、焦ったような先輩の声が聞こえたと同時に横から腕が伸びてくる。このままでは挟んでしまう。だが、人間すぐには反応できず、先輩の指をドアと壁の間に思いっきり挟んだ。

「いっで、おまっ、何しやがる!」

隙間から指を抜いて涙目で怒鳴られるが、今のは不可抗力だ。私は何も悪くない。……あぁ、先輩に赤が増えたなぁ。私にも増えた。主に頭に。再びげんこつを落とされた頭をさすりながら、足で乱暴にドアを開けた先輩の後ろで背中越しに特別教室の外を見る。そこは更衣室で、部屋の両端にびっしりとロッカーが並んでいる。どうやら行き止まりの部屋は一通り出しきったらしい。先輩はひとつため息をついて突き当りの白い壁に向かってまっすぐ指さす。先輩の意図が分からず首を傾げると、「やっぱり俺にしか見えてないか」とため息まじりにつぶやいた。先輩が言うには、私には真っ白にしか見えない白壁に、上向きの矢印が描いてあるらしい。とりあえず入る以外の選択肢はないようなので、「せーの」と掛け声と共に更衣室の中に入る。何も起こらないことに安堵したその瞬間、バンッと音を立てて、唯一の出口が閉ざされた。引き戸から押すタイプのドアに変わった出入り口を、ガチャガチャと音を響かせて開けようとするがびくともしない。脱出ゲームや謎解きゲームによくある密室空間の中に、まんまと閉じ込められた訳だ。閉じ込められても冷静でいられる自分が怖いが、今の状況では有利だ。先輩も、苛ついてドアを何度も蹴っていることを抜かせば、まぁ落ち着いているだろう。まだ鬼は出てきてないが、それは好都合。少なからず、ここから出られる時間はある。こんなときは焦らず周りの状況を把握する。戦闘ゲームの基本だ。この空間にあるのは、私達の左右に並ぶロッカーと、その中にある色づけられた九つの箱。いつもの私なら迷わず金色の箱を開けるが、爆弾でも入っていたら溜まったもんじゃない。箱に関しては保留だ。つまり、脱出のヒントとなるのは、先輩にしか見えない矢印と、さっきからかすかに聞こえる幼い女の子の歌声。目を閉じて音を探ればその音はすぐに見つけられた。

『あーがりめ、さーがりめ、ぐるっと回って……』

上がり目、上向きの矢印……。繋がったであろう糸に思わず声を上げる。

「先輩、上を見てください!」

「あ?」と文句有りげに上を見上げた先輩は「次は下を」「そこで一回転して」という私の指示に素直を従った。先輩には私が言う方向を向いている矢印が見えているらしく、文句は言ってこなかった。しかし、数分経っても何も起こらない。おかげで先輩のイライラ度が警戒レベルに達してしまった。これはまずい、と音を探ってみれば、楽しそうな女の子の声が近寄ってくる。

『あーかいめーがくーるーよー』

赤い目、そういえば貞子の目は赤かったな、とたどり着いた答えに頭を抱える。第二ゲーム、スタートだ。先輩も私の表情から察したのか、注意深く部屋中を"見る"。気になるのはやはりロッカーの中にある九つの箱。そっとロッカーから取り出して床に並べる。三箱ごとに金、銀、銅に塗られた箱はそんなに重くない。爆弾ではない、ことを願う。

「シャドウ先輩、透視ってできないですか?」

先輩は顎に手を添えて少し考えた後、「やってみる」とつぶやいて箱を凝視する。そういえば、先輩は異常な視力の良さに慣れるのが早かった。あの眼鏡には視力を調整する機能でも付いているのだろうか。羨ましいな。想像の中で眼鏡を真っ二つに割っている間に"見えた"らしく、先輩は箱を指さしながら説明する。九つの箱のうち銀色の三つには固定電話、金色の三つにはガラケー、残りの銅の三つにはスマホ。機種は違えど全て電話のようだ。これらは一体何を意味してるのか。さっきから糖分を欲している頭で考えていると、更衣室いっぱいに九種類の電話の着信音が鳴り響いた。"聞く"ことに長けた私の耳は常人が聞く着信音の数十倍の大きさで拾うため、ヘッドフォンのせいで耳を塞ぐことの出来ない私はパニック状態に陥る。「落ち着け」と叫ぶ先輩の言葉も頭に入ってこない。パニックから恐怖に変わった感情が私の中を走って、私は着信音をかき消すぐらいの大声で泣き叫んだ。

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