初の依頼

 さて、と誰に聞かれている訳でもないが気合を入れてみる。

 これからは生計を立てつつ、何をしたいか、何をすべきか明確にしていかなければならない。とはいえ、今のところ希望はないし、まずは生活を安定させるところから着手すれば良いだろう。

 シズに言ったように今日はギルドで仕事を見繕って……と考えたところで、ひとつ思いついたことがあった。

 自分を見下ろし、薄い胸元まで垂れる髪をつまみ上げる。ディルバ村や商人などから受け続けた対応と、今の自分の外観を鑑み、やはり先に手を打っておくべきかと旅の間に考えていたのだ。

 思いついたら早し、宿の者から鋏を借りに行った。映り込みの悪い鏡でそれなりに切りそろえ、首筋が見える程度まで短くすると大分すっきりした気分になった。

 鋏を返しに行く時に宿の男が絶句して青ざめていたのが気がかりだが、深く考えるのはよそう。それより必要品を揃えるのが先である。

 ついでに男から教えてもらった古着屋で適当に服を買ってきて着替えた。懐かしのズボンとシャツ、少し古臭いベスト、使い古しの革靴に履き替えていく。ふむ、それなりに「少年」らしく見えるのではないか。慣れてしまうのも問題だろうが、幼少期ならばこの姿でも違和感はないだろう。

 そのまま再び宿を出る際にすれ違った男は、この世の終わりのような表情をして裏手に引っ込んでしまった。

「言動を気にしなくていいのは楽だな」

 道を歩くだけでも少女の服装は制限がかかっていたのだが、これなら前世のような動きでもなんら問題がない。画期的な変化に感動すら覚えるが、元に戻れたわけでもないという事実に早めに気付いて気持ちは落ち着いた。

 人で賑わい始めた通りを歩き、昨日来た扉を潜る。やはり強面の男集が大半を占める室内だが、中には武装した女性、修道服のような姿の者も混じっているではないか。若い男女もおり、仲間同士での相談や、壁際で吟味している者もいる。

 しかし若いといっても十歳前後がぎりぎりであった。少年風にしたとはいえまだ六歳と少し、はっきり言って目立つ。それも悪い方向で。

 視線を集めていることに気付きつつも無視し、壁に張り出された依頼を見に行く。昨日の説明では、基本的に朝に張り出されている依頼を選び、夕方までに終わらせてくるのが良いと説明を受けていた。

 しかし、最低ランクで受けられる内容などやはりたかが知れているようだ。ざっと流し読みしたところ、町中の害獣駆除、掃除が下の方にあり、大人の目線の高さには中から低ランク層の依頼が並んでいた。もちろん下段しか受けられない。

 報酬額もあまり高くない、これなら薬草の方が全然ましだと結論づけ、受付の方に向かった。昨日いた女性達はおらず、男性の職員が眠そうに座るカウンターに声をかける。

「ん……仕事の持ち込みですか」

 こちらの頭をちらりと見ただけでそう判断されたが、違いますとはっきり答え椅子によじ登った。

「依頼の相談ですが、よろしいですか」

「は、え?」

 暇そうにしていた眼をこじ開け、口も開く。驚いたようにこちらを見るのでもう一度問いかけると、戸惑いながらこくこくと頷いた。

「あ、ああ、はい。えっと、どのような相談で?」

「実は私、先日登録したばかりの駆け出しでして」

「はあ、そうですよね」

 当然だろうとでも言いたげに首を揺らしている。

「張り出し中の依頼を拝見しましたが、どう見ても調合した薬の方が売値が良いんですよ」

「何だって? 君、薬師なの?」

 少し声を落としてそう問われるが、別に薬師ではない。

「少し齧った程度ですが、使い勝手がいいので。それで、そういった依頼はないかと思いまして」

 驚いてばかりいる青年だったが、しかし流石に仕事の話にはすぐに応じてくれた。

 後ろの棚から引っ張り出してきたファイルからそれらしき紙を数枚テーブルに広げられる。

「そこそこありますよ。できる奴が少ないから余ってるというのもあるんですが、確かに報酬額は低ランクの割に高いのが特徴です」

「見させてもらいますね」

「……読めるんだ」

 ボソリと呟かれた言葉も無視する。多少、歳の割に知識が多いような気はしていた。前世は関係なく、この歳で識字力が高いのはあの屋敷のお陰だ。素直に喜んでいいかは難しいところだが、時には助かるものだ。

 それはさておき、見たところ自分の技術でも作成可能な内容のようだった。しかしどちらかというと薬草のままでの納入希望が多い。やはり原材料を集めること自体がこの世界では大変らしい。

 それならば薬草採取と、可能なものは調合して売りに出すという流れでいこうと二枚を持ち上げる。

「こちらと、こちら。比較的よく生えている植物なので、低ランクでも受けられるのですよね。納期は記載がないですが、問題はありませんか?」

「ああ、ほとんど無条件依頼と同じですから。誰でも受けられますし。ただ、薬と違い人気は高いですね。低ランク冒険者もたまにこれを選ぶので、近隣では取り尽くされている可能性も考慮した方がいいかもしれません」

「そう言われてみれば確かに」

「それと、町中ではないのでしっかり装備を整えてから挑むことをおすすめします。君、まさかその格好で行くつもりはないよね? というか、パーティーも考えてあるよね?」

 素の表情でこちらを眺め回してくるが、安心させるように頷いた。

「まさか。ちゃんと用意してから向かいますよ。安全第一ですから」

「それなら、まあ。では、依頼受注ということでよろしいですか」

「はい、お願いします」

 さくさくと注意事項の確認を済ませ席を立つ。後ろから「何か……緊張したな」と疲れたような声が聞こえてきたが、客の要求に応えるのは確かに大変だろうと心の中で労った。

 それでは彼の忠告通り装備を整えるとしよう。なに、武器類は全て影収納の中だ、あとはすぐ使えるよう身につけておくだけでよい。

 しかしパーティーときたか。それは仲間内で相談していたあれのことだろうか。この年齢で対等に扱ってくれるなら考慮するが、リスクの方が高くつきそうだし、近隣の魔物の様子は大体把握しているので取り敢えず単身で挑むとしよう。報酬額もそこまで大きくないし。

 朝に入った古着屋で見かけていたベルトを購入し腰に巻き付け、ナイフとポーチを付けていく。弓矢は今のところは仕舞っておいた。

 大通りを西に進むと正門よりだいぶ規模の小さい門が見える。ここは専ら冒険者が通る道とされていると聞いたが、確かに武器を身に付けた者達がのしのしと外に出ていくではないか。

 門兵にちらりと冒険者証を見せればよいだけらしく、自分もそれに倣って外に出たのだが、出る寸前に一人かと声をかけられてしまった。そうですがと答えて足早に抜け出す。全く、性別だけではなく歳も早くどうにかなって欲しいところだ。

 外は快晴、道は平坦な一本がまっすぐ進んでおり、左右を木々に覆われていた。確かこの町から先は森が広がり、町と町を行き来するのに徒歩だと二日かかるのだったか。山がないだけましかと思いつつ、最初は通りに近い茂みの中を漁ってみた。

「やはり、取り尽くされているようですね」

 ありそうな場所には土がほじくり返されていたり、茎だけ残っているものばかり見かけた。この浅いエリアなら安全に集められるからだろうが、それにしても雑な採取だなと嘆息する。ヨーラが見たら激怒間違いなしだ。

「大丈夫か、坊主」

 足を止めた所を見計らったように声が掛かる。

 振り返ると、二人連れの男がこちらを心配げに見ていた。革鎧と剣が一本、もう一人は短剣、縄などを装備しており、それなりに慣れた雰囲気を醸していた。

「あれだろ、冒険者になりたてでパーティーが見つからなかったんじゃないのか?」

「いえ……」

「いや、遠慮すんな。そういう奴ならごまんと見てきたからな。しかも薬草取りか、そこら辺は多分探しても一本もないと思うぜ」

 早とちりされてしまったが、それはそれで好都合なのだろうか。心配され、情報を提供してくれるというのは有難い。

 やはり場所を変える必要があるなと礼を述べたところで、「なあ」ともう一人の痩身の男が仲間に提案した。

「俺達も向こうまで狩りに行くだろ。暫く同行してあげた方がいいんじゃないか」

 その申し出は有難いが、歩幅も違うので迷惑になってしまう……といったことを言おうとしたのだが、それより先に男が顔を明るくさせてしまった。

「おう!いいな。流石にここまでちっこいと後まで心配で思い出しちまいそうだしなあ。坊主、途中までついていってやるよ」

「いえ……」

「遠慮すんなって。報酬を横取りとか、そういうことはしないから。先輩の忠告は聞いとくべきだぞ」

 二度目の断りも失敗に終わり、半ば強引にパーティーが出来上がってしまった。おかしい、こういう諸々を避けるために見た目を変えたのに初日から失敗してどうするのだ。

 納得の行かない結果を引き摺りつつ、仕方なく彼らを伴い森の中に足を踏み入れる。彼らからも合間に教えてもらうが、やはり探しても薬草が見当たらない。もう少し潜らないといけないようだが、男が注意する。

「あまり奥に行くと町の壁についてある魔物避けの効果が弱くなるからな、初心者にゃおすすめしないぞ」

「それは理解しているのですが」

「まあ、今のところ成果なしだもんなあ。兄貴、もう少しついていけばいいだろ」

「やれやれ。気をつけろよ」

 仕方なさそうに肩を竦めた男の肩を叩く細男。兄弟なのかそう呼んでいるだけなのかは分からないが今からでもクーリングオフ希望である。情報はありがたいのだが自由にさせて欲しかった。

 結局、当初の予定よりだいぶ深く進んでしまった。しかしそのかいがあってか、所々に薬草が点在するようになり、せっせと回収に勤しんだ。見分けがつかないらしい二人は辺りを探って小動物などを確かめながら護衛の役割を果たしてくれていた。やれやれ、面倒見がいいのか何なのか、だ。

 空の袋に詰めるだけ詰めた頃には日が傾き始めていた。そろそろ戻らないと門が閉じてしまう……という所で、二人に声をかける。

「結局、最後まで手伝ってもらってしまいましたね」

「そうだったな」

 両手を上げて首を振った男に頭を下げる。

「ありがとうございました。あまり手持ちはありませんが、お礼は何がいいでしょう? 一食奢らせてもらっても……」

「ああ、そんなことか。気にしなくていいっての」

「ですが……」

 いいのだろうか。大分時間を借りてしまったと思うのだが。

 言葉を続けようとしたが、男は目を細め、口角をにんまりと釣り上げた。

「代わりになるモンが手に入るからな」

 その瞬間、背後から縄が回ってきて首元に絡みつこうとした。

 した、というのは、気配がしていたので頭を下げて避け、そのまま横にずれたからなのだが。

 空振りした細男のぎらついた表情がきょとんとしたところに間髪入れず掌底を打ち込む。米神を狙ったそれは綺麗に入り、「ぼふっ」と呼気を抜いてよろめいた。

 体格差はあるがこうなればどうとでもなるかと重心を抑え、そのまま背負い投げの要領でぶん投げる。丁度よく傍にあった樹木に大きな音を立てて背を打ちつけた彼は、そのまま首から地面に落下して気絶してしまった。受け身すらしなかったのが若干心配だがまあいい。

 「え?」という間の抜けた声を漏らした男に流れるように駆け寄り腹に回し蹴りを放つ。全く防がれもせず、拍子抜けするほど簡単に腹を抑えて呻き声を上げたので、細男から拝借していた縄を首に引っ掛けて後ろに倒した。

 ビクンと痙攣したと同時に空を見上げることになった男の目玉に、鋭利な切っ先が添えられた。

 その両目には……ナイフの先端と、それを握っている子供の感情の籠らない真っ黒な眼が映っていた。

「……で、気にしなくていいのですね?」

「ひっ」

 か細い声で鳴いた男が怯えをその顔に刻む。まるで恐ろしい魔物と対峙したかのような反応に心外だと片眉を上げたら、更に縮こまってしまった。

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