町とギルド

 遠目から少しずつ見えてきた外壁が今は高く目の前に広がっている。

 まだ陽は出ているもののそろそろ夕暮れにさしかかろうという時分、その門前には人だかりができていた。

 並んでいるのは行商人だろうか、似たような荷馬車を引く者や、見たことのない格好をした集団もいる。

 特に目を引いたのが、明らかに人にはないものを持っている者だった。

 じっと観察していたのに気がついたのか、リムロウが御者台から身を乗り出して話しかけてくる。

「もしかして見るのは初めてかい」

「はい。亜人、ですよね?」

 自分たちより前に並ぶ一団の中に、ひょこりと獣耳を揺らす人や、毛に覆われた腕を撫でて毛繕いする者などが混じっていた。

 知識として知っていたが、村にもいなかったので珍しげに彼らを眺める。

「獣人はこの辺りじゃよく見かけるからそう珍しくもないさ。鱗持ちや天人はいないけど」

 そうこうしている内に門兵に声を掛けられ、身分証の提示を求められる。

 困ったと振り返るよりも早くリムロウが門兵に事情を説明する。曰く、孤児で、村から出稼ぎのためついてきたのだと。こちらには村と自分の名前だけ聞かれ、それ以上は何もなく奥に通された。

 あまりに呆気ないやりとりに拍子抜けする。

「思ったよりも早かったですね」

「村人の出稼ぎなんてよくあるからねえ」

 それだけではないだろう。彼に気付いたとき、門兵は気軽に手を振って検問の前に談笑していたのだ。元からある程度の知り合いだったのだろう。

 身元保証人がいるから大丈夫だと思われたのだろうか。

 厚みのある壁を潜ると、まっすぐ向こうまで続く一本道に出る。両脇は露店がぎっしりと詰まっており、夕方だからか人混みで大変賑わいでいた。

 店員と客が話し合う声が飛び交い、門から入ってきた人々がどんどん奥へ進んでいく。

「さて、色々見たいだろうけど、まずは宿の確保だ」

 きょろきょろする自分を微笑ましげに眺めながら彼が誘導する。その後ろをついて行き、ギーガーが用心棒らしく最後尾を睨みを効かせて歩く。

 暫く進んで人混みが落ち着いてきた頃、角を曲がって横路地に入る。そこそこしっかりした構えの宿の前で停車した。

 今までの村で借りた家屋などよりも質が良いのは間違いないだろう。その分値段も張りそうだ。

「ここはお金を……」

「いいっていいって。どうせ最後なんだし、これくらい奢るよ。君はこれからが大変なんだから」

 そう快活に笑って部屋を二つ取ってくれた。これでは本当に頭が上がらなくなってしまう。

 気にしないでいいと予約してくれた部屋は簡素ながら清潔なベッドが置いてあった。久しぶりの文化人らしい生活ができるかと年甲斐もなくシーツに身を沈めた。

 ……いや、年甲斐も何も、まだ子供だった。

 不要な荷物を置いて彼らの部屋に向かうと、二人は何やら話し合っていたようですぐに中に通される。

「さて、これで目的の地には着いたわけだけど、君はどうしたいんだい」

「そうですね。私でも稼げる仕事があればいいんですけど」

 これから一人で動くにしても生活のためのお金は必要だ。今までは村の生活だけで必要としなかったが、彼女が袋に詰めてくれた資金だけでやっていけるとは思えない。

 そう言うと、やはりと頷かれる。

「孤児院に行きたいっていうのも宿代を浮かせる目的だろう? 分からなくもないけど、君なら薬を調合して売るだけでも十分暮らせると思うな」

「そうですか?」

「うん。まだ相場が分からないだろうけど、その腕前なら回復薬を売る彼らにも負けないだろうし、何より素材を自分で採取できるのは強い。だから……」

「冒険者ギルドに登録するといい」

 扉の側に佇んでいたギーガーがそう会話を繋げると、リムロウは驚いたように途切れた言葉を続けた。

「……冒険者ギルドか。いや、確かに、オニキス君ならそれもありか。どうだい?」

「どう、と言われても。その冒険者ギルドというのはどういったものなのでしょうか」

 そう言うと二人はえっと顔を上げた。

「もしかして知らない?」

「はあ」

 煮え切らない返事に二人は顔を見合わせ、代表してリムロウが口を開く。

「よし、分かった。紹介がてら実際に見に行くとしよう。気に入ればそのまま登録してもいいしね」

「………?」

 よく分からないまま馬を残し再び大通りに戻る。先程より更に奥へ進むと、中央に塔が鎮座する広場に出た。そこから東西南北に道が伸びており、恐らくここが中央通りに当たるのだろう。

 陽の沈む方角へ道を折れ程なくして、一軒の建物の前で立ち止まった。

 大きな立て看板が前に立っており、扉は大きく開いている。狼のような絵と、「北方第七支部」とだけ書かれているが、説明書きはどこにもない。飲食店でもないし、何かを売っている店とも違うような雰囲気だ。

 振り向いたが、リムロウは背を押して中に促すだけだった。この人はたまに茶目っ気を見せるなあと諦めつつ扉を潜る。石の床に丸テーブルがいくつか置かれ、奥の壁際にはカウンターがあった。入った途端、テーブルを囲う人々やカウンターにいた従業員がこちらを凝視する。

 多くはないが少なくもない人数にざっと視線を巡らす。一般客にしては防具をきっちりと身につけているし、各々使い込んだ武器を提げているではないか。あの視線は警戒か、値踏みをしているようだ。まるで傭兵の集いに迷い込んだかのようだった。

 その傭兵染みた集団の中へ年端の行かない少女と見るからに商人らしき男が現れたのだ、目立つのは確かである。ここだと最後に入ってきたギーガーが一番普通に見える。いつもと受ける印象が逆であった。

 奥まったカウンターに真っ直ぐ進んだリムロウと共に挨拶する。受付らしき台の向こうで、女性が目を見張りつつにこやかに声を掛けてくれた。カウンターが目の高さにあるので、後ろからギーガーが椅子に座らせてくれなければ見えないところだった。

「ようこそ。売却ですか? それとも、仕事をお探しに?」

 突然そう言われて面食らう。当たり前のように聞いてくるので無言で彼らの会話を聞くことにした。

「取り敢えず、売却からね。この子が持ってる物の鑑定から頼むよ」

「はい? 分かりました。では、見せていただけますか」

 きょとんとこちらを見つめてきた女性が、それでも事務的に手のひらを見せて促してくる。ところで私は何を見せればいいのだろうか。

 背後でぼそりと声がする。

「……ここで物を売れる。大体、適正価格だ」

 なるほど。買い取りセンターみたいなものか。

 つまり薬を調合してここに売りつけに来れば、日銭を稼ぐことができるというわけだ。何の説明もしない隣の男の笑みを半眼で見遣りつつ、背に提げていた荷物を下ろして中身を取り出した。

 今までの道のりで集めた植物を調合して作った薬品類だ。日持ちの良い粉末や粒状にしたものを全て取り出す。

 小さな木箱が次々出てくるのを不思議そうに眺めていたが、全て出して袋を閉じると、待ってましたとばかりに箱を持ち上げた。

「開けても大丈夫ですか」

「ええ、どうぞ」

 慎重に蓋を開けて中身を検分される。彼女の目に魔力の揺らぎが見えた。

 暫くしてほかの木箱も一つ一つ丁寧に確認した彼女は、ひと息吐いてからゆるりと首を振った。そして私と彼を交互に見遣り、少々お待ちくださいと奥の部屋に引っ込んでしまった。

 何か問題があったかなと心配していると、思ったよりすぐに他の職員とともに戻ってきた。狐のように細い目元が印象的な、髪を全て後ろに束ねた女性だ。

「はいはい、ちょっと失礼するよ」

 先程の彼女は一歩後ろに控え、新しくやってきた女性が同じように木箱を開けて中身を検める。

 しかし彼女は一箱見ただけで、他の箱も同じようにはしなかった。

 ことりと箱を丁寧に置き、鋭い眼光でこちらを睨む。目が細いだけで本当は睨んでいないのかもしれないが。

「質が良い。調合の過程のひとつひとつが手抜きなく、丁寧に仕上げてある。これなら二割増しでも買い取れるよ」

「有難うございます」

 まさか定価より多めに支払ってくれるとは思わず素直に喜ぶ。しかし彼女は訝しげに尋ねてきた。

「まさかだけど、これ、君が調合したの?」

「そうですね。材料を手に入れたので」

「本当に?」

 その問いは私にではなく、隣りで静かに話を聞いていたリムロウに向けられた。

 彼は鷹揚に頷き、私の背中を叩いた。

「勿論だとも。彼女の腕は確かだ。商人の僕が認めるんだから間違いないね」

「そう……」

 元々そこまで疑ってはいなかったのか、素直に頷いた彼女が再びこちらを見る。その口元がにやりと上がる。

「いやあ、久しぶりの良客じゃない。早速勘定するから待っていてちょうだい。あ、他にも買い取る物は?」

「ああ、買い取りはこれでいい。あと、彼女にギルドの仕組みについて説明してやってくれないかい」

「知らないで来たの?」

「その方が早いと思ってね」

「なるほど。それなら後ろの子が説明するわ。こっちは勘定してくるからよろしく」

 てきぱきと動く人だなあとその背を見送ったところで、交代で先ほどの彼女が説明してくれた。まず、最初から勘違いしていたらしい。

「買い取り店ではないのですか」

「それもありますけど、本来の機能とは違いますね」

 ここは冒険者ギルドといって、民間や団体から受けた依頼をこの施設に登録した「冒険者」へ斡旋する場所らしい。ギルドを介さなくても仕事はできるが、ランク毎に知名度も上がり仕事が入りやすくなる上、仲介料はあれど比較的適正な価格を提示してくれるので、大抵の冒険者は必ず登録しているそうだ。それも、一度登録すればどこのギルドでも通用するとのこと。

 冒険者というのは、主に町の外の魔物と戦ったり、珍しい素材を探しに行くことから自然に呼ばれるようになったのだという。

「ですが、登録せずに売れるようですけど」

「ああ、これは無条件依頼ですから」

「無条件?」

「はい。常時、登録有無に関わらず受け付けている依頼のことです。特に薬や魔物の素材は登録なしでいつでも受け付けています。ただ、冒険者として登録しておけば同じ依頼があった時に報酬が出たり成績に加算されるので無登録は勿体無いですね」

「なるほど」

 冒険者の受注できる仕事は自身のランクごとに分かれており、ランクが上がれば受けられる依頼の幅も広まるということで、無登録より登録した方がいいのはそういう理由らしかった。

「では、私も登録できますか?」

「え。あ、はい、できますが」

 何故か彼女の態度は煮え切らない。それどころかしきりに心配されてしまった。

「冒険者というのは、町の外で魔物を狩ることもしますし、ただの採取でも魔物が襲ってきたら身を守らなければなりません。それに国からの大きな依頼の時など、緊急時には強制的に参加を命じられます。定期的に依頼を受けないと登録が取り消されてしまいますし、本当に登録しますか?」

「はい」

 何故そうまで念を押してくるのだ。どう考えても登録しておいた方が得をするだろうに。

 渋々といった体でようやく折れてくれ、一枚の板を渡される。

「では、こちらに名前と武器を書いてください。他の枠は書けるところだけでいいですよ。字は書けますか?」

「大丈夫です」

 名前の欄と、武器は取り敢えず弓、短剣と書いておく。技能の欄や出身地、種族や年齢などもあるが、面倒なのでそれだけ書いて返す。

 ひとつ頷いて奥に行った彼女と入れ違いで先ほどの女性が戻ってきた。物珍しそうにこちらを見てくる。

「へえ。本当に登録したんだ。大丈夫?」

 何が大丈夫なのだろう。

「まだよく分かりませんが、おいおい慣れようと思います」

「……若干心配だけど、贔屓もよくないか。ま、困ったら相談くらいは受け付けますよ」

 最後にそう言ってくれた彼女、名をジェーンと呼び、鑑定士としても腕利きなのだそうだ。目付きと軽い口調のせいでよく勘違いされるので専ら裏方に回っているそうだが、昔は冒険者として活躍したこともあるらしくそれなりに知識もあるという。年齢については……藪をつつく必要はない。

 ひとまず登録だけ済ませ受け取ったカードには特殊な魔法が施されているらしく、他の者が使うことはできないようになっているらしい。看板と同じ狼の紋章、最低ランクを示す橙色の線を眺めていると陽気な声が掛けられた。

「これで当面の問題は解消したわけだ。あとはゆっくり街を見て回るとしようか」

「次は解説つきでお願いしますね」

 じとっと睨むが反省した様子はない。いつものようにあははと笑われる。

「ごめんよ。でも僕の見立てだとランク五は堅いんじゃないかなあ。どう思う、ギーガー」

「六までは行けるだろう」

「……ふうん。だそうだ。辛口評価の彼が言うならまず間違いないね。無茶をしなければ魔物の一体や二体、どうってことないだろう君は」

 どうってことなくはないが、少なくとも下位ランク冒険者でも仕留められるような魔物なら問題ないだろう。手こずるようなら逃げに徹するし、その辺りの腕に関しては彼らも既に熟知している。

 その日は一日街を見て周り、夜は今までより豪勢な食事を振る舞われた。よく賑わった店内で陽気な笑いを立てる彼に巻き込まれないよう私とギーガーはやや腰を浮かしてテーブルの端に移動する。普段は気前のいい商人だが酔うとそれに拍車がかかり、さらに未成年にまで酒を勧めてくる。絡み酒はこれだから手に負えないのだ。

 翌日、宿の前で二人と挨拶を交わした。彼らはこの街の店に戻るそうだ。何かあれば買いに来るといいと言われて店名と場所を教えてもらったが、そこそこ値が張るらしいので当分世話にはならないと思う。富裕層の区画に店を構えているらしいので。

「いやあ、寂しいねえ。こうして思い返すと、もうひと月以上旅をしてたんだ。不安だろうけど、いつでも相談に乗らせてもらうよ」

「そうですね、資金繰りに困ったら頼らせてもらいます」

「いやさ、ブレないよね君。もっとこう子供らしく……無理か」

 そんな感じであっさりと別れを告げ合い、さて自分も安宿を探すかとホテルに戻ると受付の男に呼び止められた。荷物を纏めなくていいと言われて目を見開く。

 急いで外に出たが既に角を曲がって見えなくなっていた。まさか一週間分の宿泊費を支払ってくれていたとは、してやられた。

「気持ちのいい商人でしたね」

 誰にともなく呟く。結局、どうしてあんな僻地にまで商いに出向いているのか、どういう経緯があったのかは知らないままだった。ディルバ村の人々とも親しいようだったし、以前に何か関わりがあったのだとは思うのだが。

 まあいいかと部屋に戻る。さて、やっと気楽に呼べるようになった。

「シズ」

《なに》

 相変わらずぶっきらぼうに返事をする彼女へ備え付けの椅子を勧める。素直に座ってこちらを見つめる彼女に両手を広げた。

「やっと街に着きました。ここで暫くは過ごそうと思います」

《ふうん》

「シズは何かやりたいことはないですか? いつも影の中にいるようですが」

 そう声をかけるが、ふるりと頭を振られてしまう。

《別に》

「そうですか」

《強いて言うなら、静かで暗いところにいたい》

「そうですか……」

 何も言わないのも悪いと思ったのか希望を口にされるが、結局彼女のやりたいことはないようだった。元々暇でついてきたのだし、仕方ないか。できればもう少し着飾ってあげたりしたいのだが。

《オニキスはどうするの》

「私ですか。取り敢えず、冒険者になったので依頼を受けてみようと思います。早めにお金を稼ぎたいですしね」

 何をするにも元手は必要だ。

《お金を稼ぐ?》

「はい。なので今からギルドに行こうかと。シズはどうします?」

《嫌だ。戻る》

 人混みは苦手なのか、鼻にしわを寄せて影に戻ってしまった。それでも帰るつもりはないらしい。懐かれているのか、何なのか。……暇なのか。

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