お試しパーティー

 陽が沈む前に門を潜り街に戻った。そのままギルドに顔を出し、薬草の方だけ先に納品してしまう。まだ今朝の青年が残っていたのでさくっと済んだ。薬草の束を受け取った彼が何か言いたげに見ていたが、こちらも疲れていたので失礼させて貰った。

 宿に戻り一階で食事を頂いたあとは部屋に篭もって調合の時間だ。日用品レベルで使い勝手の良い傷薬と喉風邪に効く粉末を作る。手に入れた原料の量からして五人分は作れる。取り敢えず二つを残してあとは売り払ってしまおう。

 人目がないのをいい事にすり潰した葉を空中に呼んだ水球に閉じ込め火魔法で加熱させる。

 よく染み出た水を布で濾過し、残った薬液を空の器に。他の材料も同じ工程を辿り全て混ぜ合わせる。沸騰し冷ましたところで筒に移し替えて封をした。

 粉末を作る時も火魔法で加熱、風魔法で乾燥と、ほぼ力技で作り上げてしまった。本来の制作時間のおよそ三分の一である。

 早くできる分はまあいいかと一人納得する。

 問題は思ったより細かな温度調整が難しいことだ。程よい温風を作るために火魔法と風魔法を僅かな魔力で操作し続けなければいけない。派手に撃ち放つ方が断然楽だったが、これはこれで修行になるかもしれないと気付く。そう考えてからは、術式を敢えて緩め、弱い魔力で細かく、そして素早く温度を上下させること、風を強めたり弱めたりと集中する。魔石ほどではないが頭がくらりとしたところでやめにした。

 寝る前にベッドを囲うように風の結界魔法を発動し朝まで保つよう魔素を込めた。先程の火魔法で慣れた温度調整機能を式に組み込んでみたところ、数値を弄れば適温に変えることができた。

 暑くなく寒くもない、快適な空間で眠りに落ちていく。




 翌朝、日課となりつつある魔力操作の訓練を行なう。魔石から魔素の出し入れ、溜まっていた魔素の排出。気分が悪くなってから休憩を挟み、宿の朝食を頂いて広場に向かった。

 早朝から買出しに出ている人々で賑わう中央できょろきょろと辺りを見渡す。

 そして隅の方、陽が当たらない場所に肩を寄せあってそわそわしている二人組を見つけた。

「おはようございます」

「ヒッ」

 子供に向かって悲鳴はないだろう。

 咳払いをするとしどろもどろながらも挨拶を返してくる。昨日ぶりであった。

 ガタイのいい男と、痩身の男。自分をカモろうとして失敗した低ランク冒険者たちだ。ランクは彼らの冒険者証を見せてもらい確認した。

 どうやら途中まではまともに依頼をこなしていたようだが報酬に不満を持ち、新人を襲う方が利益になると気付いてこっそり続けていたそうな。人殺しかと問いかけるとそこまではしていないと手を振られたが怪しいものだ。まあ、過ぎたことはどうでもいい。

 この町で活動しているというので「逃げたら追いかける。確実に仕留める。明日の朝必ず来るように」と脅しをかけたのだ。ちょうど日が暮れて門が閉まったのをぽかんと見上げ、町の中に入ってしまって逃げようがなくなった状況に震えだした二人を放置して解散したのだが、流石に来てくれたようだ。でなければ本当に追いかけて仕留めるハメになっていたところだ。

 大の男が子供を見下ろしつつ怯えているという異常な光景にたまに通りかかる人が振り向くのだが、はやくここを離れたい。なので手短に済ます。

「あなた方にはこれより荷物持ち、仕事の手伝いをして頂きます。いわゆるパシリというものです」

 逆らえば罰が待っているのを分かっているのかこくこくと頷く。

「しかしまあ、技術が身につかないのも時間の無駄ですし。少なくともまともに見える程度には腕を上げてもらいたいのですが、ね」

 どうしたものかと顎を撫でる。

「まずその格好をどうにかしなければ……」

 ぼそりと告げた言葉に二人とも自分の服装を確認する。何が良くないのかピンと来ない様子だ。

 そんな二人を連れて先日の古着屋へ。店員にサイズを見てもらいそれなりのシャツ、ズボン、ジャケットを纏めて購入。古着なのでそこまでかからないが、それを着てこいと命じると渡された服と自分を交互に見て困惑された。有無を言わせず店で着替えさせると、やはりそこそこまともな雰囲気になったではないか。

 ぎこちなく歩く様子を見て「早く慣れるように」と言いつける。何事も慣れだ。

 あとは顔周りをどうにかしないと。適当な路地を抜け、井戸のある水場までやって来た。ちょうど女性が一人帰るところのようだった。

 人気がなくなったのをしっかり確かめてすかざす魔法を発動させた。

「うっ!?」

「ぶぶっ」

 頭を水で覆われた二人が身悶える。すぐに下に落ちたので溺れはしなかったが呆然と足元に消えていった水の塊を眺めていた。

 すっかり薄汚れた感じが消えた髭周り。二人に座るよう命じる。

「お、おい……」

「座りなさい」

 魔力を沸き立たせて威圧をかけると、さっと青ざめてその場に膝を着いた。

 大人しくなったので宿で借りた髭剃りを使う。宿の男からこんなものをどうするのかと訝しがられたがもしかしたら使うかもしれないからと言っておいた。剃り切って水魔法で綺麗にすると最初に会った時とは別人のような風貌になってしまった。

 小汚い冒険者風から、町の住人風に。うむ、これなら隣を歩かれても風評被害を受けないだろう。

「さて、準備も整ったので、ここで挨拶をしておきましょうか。改めてオニキスです。よろしくお願いします」

「いや、いや」

「ちょっと待ってくれ……」

 何だ。

「いまの魔法……いやさっきの力も、魔法か? お前、魔法使いだったのか?」

「魔法使いではありません。駆け出しの魔法使いです」

「そこじゃねえよ!」

 そうだろうか。自分としては重要なところなのだが二人は納得がいかないようだ。

「では魔法を使うこともある冒険者ということで。時間がないので行きますよ。それで、あなた方のことは何と呼べば?」

「……ダル」

「……ヒュース」

 兄っぽいのがダル、弟分っぽいのがヒュースだそうだ。

 細かいことは後回しにしてギルドに向かう。昼には戻って町を回りたいのだ。

 どうやら昨日の受付の青年がいたので掲示板を見ずにそちらへ向かう。勿論後ろの二人も一緒だ。

「おはようございます」

「ああ、君か、おはよう」

 見下ろしてきた視線がそのまま頭の上を通過する。

「二人は保護者かな」

「違います」

 説明も面倒なので広場で会って一緒に採取することになったと言う。間違ったことは言っていない。

「……まあ、大丈夫かな。それで、昨日と同じ依頼を希望しますか」

 小さく大丈夫かなと呟かれたが、やはり先に身なりを整えておいて良かった。第一印象は大事だ。

「はい、同じ依頼を。それと、こちら」

「これは」

 コトリと薬を二種類並べると、少し待つように言われて奥に引っ込んだ。何だか前と同じパターンだなと思っていると、この間の女性が現れる。

「ジェーンさん」

 そう呼びかけると、ぴたりと立ち止まる。両者の間には二メートルほどの距離があるのだが、はて。

「誰?」

 訝しげな声にああと思い当たる。そういえば髪を切ったのだった。

「オニキスです」

「ブッ」

 吹き出された。

 わなわなと指を差されるが普通に失礼である。

「う、うそ、まさかその髪……」

「切りました」

「きっ? ふ、服は……」

「その辺で購入しました」

 何をそんなに動揺しているのだろう。

 暫くジェーンが正気に戻るのを待ってから改めて話を戻した。今もどこか遠い目をしているが大丈夫か。

「………。この間ぶりだね。また薬?」

「はい、昨日作っておきました」

「てことは、昨日の採取でもうか。早い」

 薬が目の前にあって仕事モードに切り替えたようだ。細目をより細くして中身を点検する。やはり魔力を通している様子なので、そういう魔法があるのだろう。中級魔法だったのだろうか。

「うん、質も最高。会計はすぐできるけど、全部渡す? それともギルドで預けておく?」

 どうやらギルドに冒険者の名義で預金をしておけるらしい。登録はしたが最初なので最低額だけ預け、残りは全て受け取った。

 その後に二人の冒険者証を見せてもらい、三人パーティーとして正式に登録する。

 無理はしないようにと忠告を受けつつもギルドを後にする。あとは二人を伴って昨日と同じ門を出た。今日は門兵も何も言わず通してくれた。これは便利だな。一々足を止められずに済む効果だけでも大人を横につけておくのは良いかもしれない。

 近辺には薬草がないと学習済みなので迷いもせず獣道を進む。その後ろを慌てながら追いかけてくるのだが、幼児に歩く速度で負けて大丈夫か。そんなにその服が動きにくいのだろうか。

「な、なあ、本当にいいのか?」

「何でしょうか」

「俺達のことだよ。こんな服まで買い与えて、連れてくるってこたぁ、本気なんだろ」

「本気というか、お試し期間とでも言いますか」

 二人を拘束して連れ回しているのは、こちらの言い分をある程度通せるパーティーを組めるか試したくなったからだ。昨日のあれで力関係は決まったので子供だからといって舐められることもない。上手くいけば荷物持ちや仕事の増加も見込めるのだ。

「私の気が済むまでパシリです」

「そりゃあ……」

「文句がありますか?」

 再び魔力の増幅。

 あからさまにビクついた二人のうち、痩身のヒュースが恐る恐る聞いてきた。それはいいがダルの後ろから頭だけ出しているのは勇気があるのか何だか。

「で、でもよ、アンタの力なら、一人でも平気なんだろ。薬だって作ってた。じゃあ、俺らはいらねえんじゃ」

「そんなこともないかと。あると便利です」

「べ、便利」

 そんな会話を楽しんでいるうちに昨日のエリアまでやってきた。早速自生する薬草を抜いて二人に見せる。

「ポポリの草です。嗅ぐと爽やかな匂いがするでしょう。とにかくこれを見つけて籠に入れていってください」

 難しいと覚えるのが大変そうなので一種類だけ頼む。あとは日陰に生えるだとかのポイントを伝え別行動に。

 二人は魔物を警戒してか距離を保ちつつ足下を探しているが、自分は気にせずスタスタと奥に行ってみる。見逃していたのか、この辺りは人の手が付いておらず薬草もよく取れる。

 依頼分を上回る量を回収しながら、少し採ったら奥へ進む。採りすぎると次回の分がなくなってしまうので場所を変えながら少しずつ集めた。それでも持ってきた籠が一杯になるのだから楽しい。

 ポポリ草はディルバ村の近くにも生えており、比較的ポピュラーな薬草だ。軽い風邪に効き目があり加工もしやすいので人気があるそうだ。昨日の採取依頼もこれであった。しかしそこに小さく咲く花弁の部分は量も少なく処理が面倒だ。加熱しすぎると成分が飛び、抽出が足りなければ薬効が現れない。難しいのだが、ほんのり甘みがあるので飴の材料にできる。のど飴にすれば薬の苦手な子供にも売れるのではないか。

「来たぞ!」

 短い叫び声にはたと顔を上げる。夢中になりすぎていたようだが、そういえば二人のことを放置したままだった。

 離れたところで一緒にいるようなので向かうと、足下に緑の盛られた籠が置いてある。

「中々集まりましたね。今日はこの辺りでやめておきますか」

「そんな悠長なこと言ってる場合かっ」

 唾とともに怒鳴られた。腰にあった短剣を抜いて構えている方を見る。んん、と変な声が出てしまった。

 しゅるりと滑らかに蠢く胴体に、頭のある位置には棘が四方に張り出されたカメレオンのような顔。胴体は鱗に覆われた蛇のように見えるのだが……

「何ですかこれは」

「知らねえ!俺も初めて見たぞ」

 なるほど、それでやや焦っているのか。

 そんなへっぴり腰でいられても困るので脇を抜けて前に立つ。ナイフだけ取り出し、まじまじとその姿を眺めた。

 敵はこちらを見ながらシューシュー鳴いており、完全に獲物として見定めている様子である。さてどうしたものかと思うが、じりじり近づいてきているので考える暇はなさそうだ。

 腕を広げて二人に下がるよう命じる。

 獲物が動いた反応で向こうも動き出した。

 口を開け、巨体に似合わない速度で突っ込んでくる。

「危ない……」

 前方に風の結界を発動。

 見えない風の渦に巻き込まれ、弾かれる。元の位置に飛ばされた巨大蛇もどきはこちらを改めて睨みつけるが、すぐには襲ってこない。

 ならばと頭上から氷の槍を降らせる。しかし反応が早くするりと体をくねらせて避けられてしまった。野生の反射神経に人間が敵うはずもないが、どうにかしないといけない。

 片手を指し示し魔力に指向性を持たせる。こうすることで魔法の構築を安定させるのだ。

 先ほどより早く発動した氷槍がドスドスと音を立てながら地面に突き刺さっていく。それら全てを軽く躱していくが、次第に動きが鈍くなっているのに気づいた。

「シャアアァア」

 尻尾の方に突き刺さった槍に身体を暴れさせる蛇もどき。四方には何本もの槍が地面に聳え、辺りに冷気を漂わせている。ついでに風の結界をやめて途中から冷気の送り込みに専念していた。

 魔物の周りだけぐんと気温が下がっており、動きが鈍った。上手くいってよかったと胸をなでおろしながら近付く。火を出していたら辺りに燃え移るところだった。

 距離を近づけることで魔法の精度を上げる簡単な技術だ。勿論狙われやすくもなる。

「シャアアア!」

 こちらに首を伸ばしたところへ前方に作り上げた氷槍を発射。見事、喉を通過して刺し殺すことに成功した。

 ビタンと何度か跳ねていたが、暫くして動かなくなる。それにしても何という魔物なのだろう。成人男性が四、五人くらい縦に並んだような大きさだ。

 尾の先が少し尖り穴が空いているのをみると、どうやら毒持ちらしいことが分かったのだが、今まで教わった魔物で近いものはなかった。町に戻って調べるかと顔を上げる。

「大丈夫ですか?」

 腰を抜かして地面に座り込んでいる彼らに声をかけるが、暫く唖然としたようすのまま動かなくなっていた。

 取り敢えずまともになるまで時間を空け、蛇皮の回収を始める。といってもこの大きさだ、剥ぎ取るのは二人に任せ、自分は溢れる血を水で流し、肉と皮が剥がれやすいように温度調整をするだけだ。流石に全部は回収できない気がするが、何となく勿体ない。

「お二人はそれだけで大丈夫ですか。まだ肉も残っていますが」

「い、いや。十分だ」

 思いきり首を振られたのでそれならばと快く貰うことにする。

 適当な大きさにぶつ切りにするため風魔法でスパンと斬る。ブロック状になった肉片を足下に広げた影収納へ落としていき、あとで調べる用として頭も回収した。許容量を超えるかと心配したがそんなことはないようだった。しかし物が増えたなという不思議な感覚は残る。これも慣れるか、気にならないくらい収納スペースを広げるしかないのだろうか。

 「えっ」やら「嘘だろ」やら賑やかな彼らの手元を洗い、町に戻る。飛び散った血も纏めて土に埋めたので景観も損ねていない。後で利用する人の為にも後片付けは大切だ。

 二人にはこの蛇もどきのことは言わないように注意しておく。言ってしまってから現物を見せろだの預からせろだのされては困るし、別に大した魔物でもないかもしれないのだ。使えないゴミだった場合、渡すのも失礼かもしれない。少し調べてからどうするか考えたかった。

 昼過ぎにギルドへ戻り報告する。凄く集めてくれたんですねと受付の青年が喜んでくれた。どうやら相当人手不足の依頼らしかった。まとめ買いに少し色を付けてもらい三等分したところで気になっているものを訊ねた。

「ところで、掲示板周りが賑やかですね」

「ああ、ちょっとまずいのが出て……」

「まずいもの? 緊急ですか?」

「いえ、山から降りてきた魔物で、途中の村を襲って森に逃げ込んだらしいんですよ。それが隣町の近くでも発見されたというので、方向からしてこの町を通るんじゃないかって噂で」

「へえ……」

「町の代表が依頼を出したんですよ。報酬も破格です。その分、変異種の魔物で実力がないときついと思いますよ」

「………」

 ちらりと三人の視線が合う。

「ところでそれは、どんな魔物なんですか」

「ああ、何でも人間より大きな蛇の魔物だそうで」

 全員黙り込んだ。

 取り敢えずあの魔物の話はしないことにした。町が出した依頼も可能ならば討伐してくれればいい程度のものらしく、意気込んで出ていった冒険者もひと握りとのこと。もう済んだから意味が無いぞと声がけするのもどうかと思い、そっとギルドを後にした。

 三等分した報酬でも懐は温まる。採ってきた薬草が多かったのだ。しかも自分は薬にする分を多めに残し、別の種類も集めているので日々の生活には困らなそうになっている。

 三人連れで飲食店に入り昼を頂いた。二人のテーブルマナーが最低最悪のレベルだったので少しきつく言ってしまったが、まあ最初のうちだけだ。そのうちきっと慣れる。

 フォークとナイフを持つ手を震わせながら半泣きで何でこんなことに……と呟いているダルに、幼女を襲ってバチが当たったんじゃないかと内心で慰めるが、果たして慰めになっているだろうか。

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