第12話 敵地攻略2

 デパートのイタリアブランド店にて。私は元々、紳士服飾の「飾」を見るのが好きだったので、テンションが上がっていた。「ねぇねぇ!これって似合いそうじゃない?」とか「ヤダこれもいいかもー」と珍しくはしゃぐ私に、珍しくリカが余計な事を言わずにいる。私は楽しくて気にも止めてなかった。(結局ネクタイを選んだが1本に絞りきれず2本買ってしまった…)

 帰ってからリカが口を開いた。「そういうとこは女やねんなぁ。私もアンタの頭カチ割ってみたなってきたわ!」「何とでも言え」「はぁ、ほんまに自覚しとらんわ、この女」大げさに溜息をついてみせる。私は、彼がこれを身に着けてくれたところを想像するのに忙しい。私達が買い物に行っている間にラム宅へ来たサンクも、口を挟んだ。「…リセンが女に見えるぞ…薄気味悪い」「やかましい!私は男になった覚えはない!」「男性でなければ女性である、という事でもないんだよ、わかっているかなー?」今思えば深い言葉だ。深い言葉かどうか、判断するにはある程度の経験や知識が必要だが、私は若く未熟だった。


 (ラニは今、自分の部屋に居るよね!)私は自分のカバンを放り出し、ラッピングしてもらったネクタイを手に離れへ向かおうとした。「ちょお待て!」リカが私を引き留めた。

 リカが私を半ば引きずるようにしてキッチンに連れ込んだ。今なら誰も来ない。「風呂入って着替えて化粧し直してからにしィ」「物渡すだけだから関係ないじゃん」「替えの下着おしゃれなやつやろな?」「関係ない!」「あほんだら!チャンスには前髪しか無いんやで、いつもの気概はどないしてん‼︎」だんだん声が大きくなってきていた。

 私は声を小さくしてから言った。「…いくら私が好きになったって、向こうがどう思うかだよ?」リカがほくそ笑んだ。「とうとう認めたなぁ!」

 リカがたたみかけるように言う。「アンタの気持ちは好きか嫌いか、どっちやねん?遊びでも付き合ってもろた方が良くないか?あかんかっても、今とどうちゃう?映画の中の人やーって思うだけやろ?今と変わらんやろ?」リカの言う事はもっともだった。「それになぁ、まともに相手してもらえへん言うけどな、あんな凄いやつに本気出されたら、どないや?」「そ、その方が大変かも…」と、思わず答えてしまった。「でもさー、言葉の壁がー」

 「それこそ、これや!」私の額の真ん中に人差し指を突きつけた。「アンタに言われたくない!」ラニにされていた事を、誰か見ていたなんて知らなかった。

 リカに焚付けられたのも、ラムの思惑通りになるのも気に入らないが、ラニへの想いは確かにあるのだろう。(だけど今すぐどうこうって、乱暴すぎないか?それにこれはお礼だし)渡せる時に渡せる場所(みんなが居ても居なくても)で渡そう。そう思い、それをカバンにしまった。「…チャンスの神さんには前髪しか無いんやでえ。ええのんか?」いつの間にか姿を消してたリカが戻って来て言った。「ええもん買うてきたで!言葉に困ったときにはこれを見せたれ。間違いなく伝わる!」頼んでもないのに、その紙袋に入った物を私のカバンに入れた。「恋の悩みなら、お姉さんに任しときー」「任せん!それに余計な事しないでよね、信用出来ん。あやしげなの私のカバンに入れないでよ!何さそれ⁈」どう考えてもロクなもんじゃない。取り出してつき返す。リカが騒ぎ出した。 「あー、うるさい!」玄関先で口ゲンカして近所迷惑だ、と私はリカを置いてリビングに入った。

 今日は人が少なく、今はサンク1人がお酒を飲んでいる。他何人かは帰ったか出掛けたか。「私にもちょうだい!」グラスをバーカウンターから取って、隣に座った。サンクが笑い出した。「…聞こえた?聞こえるよね」この頃には彼とも気心の知れた、男兄弟の居ない私には兄のように思える人になっていた。(友人、とは言えません。私はこの人にとっても、みそっかすでした)「君らがキッチンに居た時からね」(うわぁ、今は他の人が居なくて良かった!恥ずかしすぎだわ…)「いいんじゃないの?別に何も隠さなくてもさ」サンクが優しく言った。みそっかすの私になにくれと世話を焼いてくれる。育ちの良さが表れている話しぶり、男ぶりもいい(この人モテるんだろうな。女性から)彼にとってはむしろ呪いだろう。

 サンクが私のグラスにスコッチを注いだ。手酌がキマリのこの会ではあまりない事だ。私が飲まずにいると、軽くグラスを持つ手を叩いた。一口飲む。自分のチェイサーのグラスを渡してくれる。(ホントこの人モテるよね!)そこで、はっとした。彼は好きになった人にそう言える事はまずないのだ。「◯◯◯さん…(リカと私と彼だけの時は本名で呼びあっていた)」「僕やベーチェルだけだったら、リビングで一緒にコーヒー飲んだりすると思うか?あのラニが。マオだって驚いてたよ、キッチンに来たって。君がいるからだろう?」3人とも私よりラニとの付き合いは長い。「君が来てから"あまり"怖くなくなってきたよ」(あまりっすか…。私は今でも充分コワいです…。慣れただけで)

 「君の場合フラれたって、フラれたって事が残るだけだろう?」(あれ?この人もしかして…サンク、やっぱりラニの事気になるの?)私はもちろん おくびにも出さずにいる。「彼は外国人だよ、すぐ居なくなるかもしれない。後悔しないように」(ありがと、サンク!)私は彼のグラスにスコッチを注ぎ、後は黙って飲んだ。

 (でも、何て言おう?どうすればいいの?言葉の壁だけじゃないよね、どう考えてもあのヒトゴロシ面相手じゃ…)


 オカマのやる事はエゲツない。このままでは何をされる事か。

(あのリカの事、みんなの前でコンドームを包まずラニに渡し、「この女、アンタとヤリたいんやて!」くらい言い出しかねない)

 問題は私の語学力だ。私のイタリア語は、『ゆっくり短いセンテンスで状況がはっきりしていれば、だいたい相手の言ってる事が解る』くらいになってきていた。が、自分の言いたい事があまり言えない。満足に言えるのは、Si、No、Capito(はい、いいえ、了解です=正しくはHo Capito)くらい。今までは状況が明らかな事ばかりだったから解る訳だ。ラニの日本語は著しく上達していたが、彼の方も似たようなものだろう。

 (いやいや、今はお礼を言うだけだよね、悩むことはない)ラッピングし直した物をさっさと渡そう。それにしてもリカの器用さには目を見張るものがある。お店でもらったままにしか見えなかった。(いらないところに才能がある)

風呂上がり、バスローブのまま離れのラニの部屋に(バスローブはこの家のユニフォームのようなもの。酔っていたもんで…)。ノックすると、寒いだろうとすぐ部屋へ入れてくれた。(深く考えなかったけど、かえってそれが良かったか!)


 [実際にはイタリア語と英語と日本語のちゃんぽんで話していたが、書き分けるのが大変なので、そこのところ了承してもらいたい:作者]

 彼もシャワー後らしく、髪がまだ濡れていた。日本人より黒く、青みのある髪がより黒く見えた。スウェット上下のラフな格好だが、それだけで充分格好良い。(コワいけど…)

 「渡したいものがあるの、色々教えてもらったし時々バイクにも乗せてくれたし、そのお礼…」私はそうまくしたて、部屋に入るなり包みを差し出したが、何も言わず受け取ってくれた。その表情からはいつものように何も読み取れない。「開けてみて!」彼は私にベッドに座るように言うと、カウンターテーブルのペーパーナイフを取り丁寧に包みを開ける。中身を取り出すと、包装紙やリボンを片付けず(几帳面なラニしては珍しい事)こちらに近づいてきた。

 屈みこんで、座っている私に顔を寄せて「早速使わせてもらう」と言った。自分の気持ちを言葉にする事に慣れていないのだろう、ぎこちない声だった。そして更にぎこちなく、私の頬にキスをした。この人、出身はどこにせよ欧米生活長いようだ。とりあえず気に入ってもらえたようだ、良かった。


 彼が顔を離す瞬間、その眉尻あたりの傷跡が目に入った。そして私は、何かに突き動かされるようにその傷跡にキスしていた。ラニが動揺するのがわかった。時間にして数秒もないだろう。それに体が勝手に動いたようなもので、どうやったのか今でもわからないが、たぶんスウェットの襟のところを掴み、脚を払ったのだと思う。彼がベッドの上にひっくり返る格好になっていた。(その時は横に座るようにしようとしたとは思うが)

 ラニが呆気にとられて固まったようになっている。その横に、ベッドを降りて反対側にまわって近づいた。彼の目を見る。日本人よりさらに黒い瞳。彼はその目をゆっくり閉じると、笑い出した。どさりと枕に頭を落とし、全身で大笑いしている。

 今度は私が呆気にとられる番だった。彼の笑い声を聞いたのは初めてだ。それどころか、にこりともした事がない。たまに、あれ驚いたのかな?と思う表情を見るくらいだ(他の人はそれすらも見たことがないという)。



 料理長が「柔道空手合わせて5段を押し倒した、だあ?」と驚いた。それから「油断大敵と言うがなぁ。まぁ、こんな細くて小ちゃい女に警戒心持たないよなぁ」と呆れて言った。「そうでしょ?やっぱりどんな人にも油断はあるんだなぁって思ったよ。だって、ゲームの時死んだフリしてたの知ってたんだから」彼は笑い「まあ、あの『ターミネーター』も人の子だったんだろ!」

 それから料理長は、リカが何を私のカバンに入れようとしたのか気になった、と言った。「うん、その時凄く心配になった。カバンやプレゼントの包みにヘンなもん仕込んでないかって。だから、ラッピングし直す羽目になったの」


 リカは、ことイタズラに関しては私に並ぶほどの気合いが入る。カバンをチェックしたが問題無し。さて、プレゼントのラッピングを台無しにするのは気が引けたが、開封した。「あの腐れオカマ!コロす。って思ったよ」ネクタイの下からコンドームが1ダース出てきた。「たしかに一目見たら何を意図しているか判るよね?」料理長は、息も絶え絶えに笑っている。「おまえら、いい友達同士だ!」「うん。相手のやる事、予測出来て良かったよー。途轍もなく恥ずかしい思いをするどころか、完璧フラれてたよね?…今じゃその方が良かったような気もするけど…」

 料理長が笑いやめて、少し真面目な顔をした。「おまえとあいつな、お似合いだぜ?」「ありがと。ジャン=クロードとアンナもね!」私の言葉に、料理長は最高の笑顔になった。

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