第10話 腐れ外道2

 気がついたら、ラニに荷物のように担がれて下山中だった(うら若い女性にこの扱い、ひどくない?)。「私、撃てた⁈私、撃たれなかった⁈」開口一番、つい口から出た言葉がこれだった。「Tre's bien」ラニが相変わらず無感動な声で言ったが、肯定的な事を言うのはとても珍しい事だ。胸が踊った。

 「阿保か!ぶっ倒れるまでやる事か!こっちはマジで心配したんだぞ!」ピナが、ラニに劣らない怖い声で怒鳴った。さすが海の男、声が大きい。「ラニ、おまえもおまえだ!こんな娘っ子に何教えてんだ!」ラニが答えないでいると、ピナは英語で怒鳴り始めた。(ピナは他にロシア語と韓国語、上海語が少し出来る。海の上の警察権がある方だと推測した要因)

 ラニが私の両脇に手を入れて、地面に降ろす。それからピナに何か言ったようだが、私は他の事を考え聞いていなかった。ラニは、今度は私に向き直り、私の額の真ん中に人差し指を突きつける。息が止まるかと思うほど怖い。(もう歩けるのに降りようとしなかったのがバレたらしい)でも、何も言われなかったので、私は良い事を思い付いた。(頭は良い方では決してないけどね、昔っから悪知恵だけは働くんだ)

 ベーチェルが後ろから声をかけてきた。「おまえな、体力あったらな、いい兵隊になったろうな」(イヤだから別にそんなもんになるつもりないけど)「なんで?」と私。「俺らが入れなさそうな所でも入れそうだろ?」(ああ、小さいからねー)「敵の陣地に潜入して武器弾薬パァにしたり、あり合わせでヤバいもん拵えて陽動作戦とか、おまえなら出来そうだ」私が化学専攻していたのと、電子・電気の知識も少しあるのは この頃にはほとんどのメンバーが知っていた。「それって、工作員とかテロリストだろうが!」とチヨダが口を挟んだ。「でもさー、いくらアンタらより小さくても、子どもじゃないんだからさー」と私が言い返すと「女の方がいいんだよ、特におまえみたいな"そこそこのブス"が怪しまれねんだな」その場にいたラニ以外の、日本語がわかる連中が笑った。私は腹にいちもつがあったので何も言い返さなかった。(だけど、ベーチェルめ後で絶対シメてやる!)

 「そういえばピナ、ラニは何て言ってたの?」下山してから尋いてみた。「おまえがそこまでやるとは思わんかったんだと」褒められたのだろうか。少なくともピナには呆れられた。「俺、やっぱ辞めようかなぁ、2回もこんな娘っ子に撃たれちまったよ」「まあ、遊びじゃないの」と言ったら「余計腹立つわ!」と怒鳴られた。(…良かった、ちゃんと撃てて!)


 ベーチェルを懲らしめたり、ラムをコケにしたり、リカと口げんかして数週間過ごした後、3回目の参戦となった。やはり、私だけ単独行動させられる。だが、今度は誰も笑うものは居ない。(私の恐ろしさを思い知ったか)「この小娘、油断したらヤラれるぞ。狙いは正確だし山ん中熟知してやがる」チヨダが初参加の人に余計なことを言う。まさかと言う顔をしていた人と、その言葉を信じているような人もいた。信じてそうな人は、日本語通じない人だった。アジア系の人と、金髪のスイス人と思しき人が数名いた。


 この頃には、チベット辺りの人達はグルカではないかと思っていた。では金髪の方は、スイスガードか。(リカが騒ぎそうな男前。ヴァチカンの人目につく所の警備は、若くて容姿に優れていないと出来ない。ラムの所で見かけたのは30代始めくらい)グルカ兵は優れた狙撃手が多いので有名だし、スイスガードはチンドン屋も驚くような格好しているが、エリート中のエリートとか。(今回は生き残れないかも…)

私の心の内を見透かしたように、ラニがまた私の額の真ん中に人差し指を突きつけた。『考えろ!』という事。

 木が割と密集している雑木林か、杉林でも若い木の所を選んで歩いた。小柄な私は素早く行動出来るが、他の連中は苦労するだろう。更に薄暗いのも私には有利になる。女の方が夜目が利くのだ。もっとうまい事に、この日は曇天。

ゆっくり登り、時々うずくまって体力を温存する。今にも雪がちらつきそうな天候。山頂付近には開けた箇所があり、そこで前回考えた作戦に出ようと思った。遠くで話し声や銃声が聞こえたが、うって出たくなるのを堪えた。

 山頂近くまで行くと、ピナ&金髪組(ベーチェルは今回不参加)とチヨダ&エッジ組が接近しつつあり、銃撃戦が開始間近。(チャンス!)前回の参加者がいれば、どちらでも良い。私は国家権力組に近づく事にした。後ろに回って、ちゃんと"お尻"を撃つ。「あ!このヤロウ」とチヨダ「ケツ狙うなっつったろうが!」とエッジ「ヤロウじゃないもん」とチヨダに言い、「面白いからヤだ!」とエッジに返して、私は開けた場所に走り出た。

 ピナ組がこちらを見たのが気配でわかった。充分に私の走っている姿を見せる。2人が追いかけてくるのを確認し、割と密集してる雑木林の中に入った。金髪君もデカいので、障害物競走は不得意だろうと思っての事だったが、その通り。その上、向こうは自動小銃みたいなのを両手で撃ちながら(そんな撃っていいの⁈)なのでスピードはあまり出ない。私はグロックを片手に持っているが撃たずに、自分の姿が見え隠れする距離を保って走る。

 崖っぷちに藪があり、その手前にうつ伏せで倒れこむ。グロックは、目立つが不自然ではなく、なおかつすぐ拾える場所に放った。それを持っていた右手は体の横にし、左手は体の下にして懐の予備の銃を握る。既に息が上がりかけていて苦しくてたまらないが、呼吸を出来るだけそっとする。

ピナが「あ!アイツまた」と言って私に駆け寄ってきたのがわかった。「バカヤロウ!大丈夫か?」と、私の肩を掴んで仰向けにした。

 今だ。懐のもう1丁のグロックを突き出し、連射。素早く立ち上がって、放った方の銃を拾い、飛び込み前転の格好で藪に入った。「こんの腐れ外道ー!!」ピナの怒声が聞こえた。

 人間やろうと思うと色々出来るもので。体育の授業では、飛び込み前転なんて怖くて出来ずじまいだった。痛いの我慢して柔道の受け身の練習した甲斐があった。もう一度前転して、崖っぷちにぶら下がった。金髪君が私を探しに藪に入った音がしてきたが、彼の背後の方から銃声が聞こえ、彼は すぐそちらに向かう。さて、また林の中に隠れて待てばゲーム終了だ。

 崖っぷちに突き出ている木の根に片手で掴まり、片足を崖にはまった石に乗せた状態だったが、登りは片手じゃ難しい。グロックをギリースーツの内ポケットに仕舞おうとした。(これがまた片手じゃ難しいんだな)もぞもぞ動いていると、足掛かりの石が落下。(えー⁈)

 (片手懸垂出来る女で良かったあ)とりあえず銃をパンツの腰の所に突っ込んで、両手で根っこを掴んだ。懸垂(両手なら簡単だ)して胸のあたりまで根っこの上になるようにし、腕全体で体を支える。両腕に力を入れ脚も根っこの上にしようとした。そうすれば頭上にある枝を掴んで崖の上に行ける。ところが、どうしてもそれ以上動けない。

 ギリースーツの背中のどこかが何かに引っかかったようだった。スーツの下にリュックを背負っているから余計に引っかかっりやすいのだろう。崖と言ってもオーバーハング状ではなく、急な坂に近いから落ちても死にはしないだろうけど、これでは下に落ちるのも無理だ。もう少しでゲーム終了だが、私が集合場所に戻らず皆が探しに来るまでの時間を考えた。雪も降ってきた。ギリースーツの保温効果はうずくまってこそだ。(それより、みんなに手間かけるよね、余計に)

 観念して、胸元に下げているホイッスルを引っ張りだしSOSを吹いた。

頭上からガサガサ音がして、上を向いたら、意外にもラニがいた。てっきり1番近くにいるであろうピナが来るものだと思っていた。崖の上から木の棒(手近な枝を折ったのか切ったのか)を差し出して、私の背中に引っかかっていたものを外した。私が なんとか脚を根っこの上にした途端、体が浮き上がった。ラニが首根っこを掴んで(片手で)私を持ち上げたのだ。

 私を持ったまま、自分の顔と私の顔が突き合うようにすると、もう一方の手を顔の前に出した。私が思った通りの事をして(額に人差し指突きつける)から、私を地面に降ろした。

 ピナと何人かが近くで見ていた。私がラニとその場にいた人達にお詫びとお礼を言い終わると、ピナがラニに前回と同じ事を言った。「おまえ、本当に何教えたんだよ⁈」ラニにくってかかれる度胸があるのはピナくらいだ。

 ラニがいつものように無表情で「僕は何も教えていません。彼女が自分で考えた事です」と言った。これには、その言葉を聞いていた全員が驚いた。彼は無責任な事を言ったのではない、私を褒めたのだ。

気勢をそがれたピナが、帰るぞと言って山を下りはじめ、それがゲーム終了の合図となった。

 帰りの車の中で、私はピナにたっぷり油を絞られた(ラニは別の車を運転。暗くなると道や標識を見つけるのが得意な私が重宝されていた。ラニは私の次に得意。先導車とはぐれる事もあるかもしれないから分乗させられてた。ナビなんて無い時代)

「でもさ、ラニはどうして私に付き合ってくれてるのかな?」私が問わず語りをつぶやくと「暇つぶしじゃねえ?」と誰かが言った。彼はそんな暇じゃない。「おまえの反応を見て面白がってるように見えるんだがなぁ、どうも」とピナ。(あのー、どちらにせよ私は電池のいらないおもちゃですか?)


 ラニの言葉を都合よく拡大解釈して作った心得、相手との体力差が大きければ、多少汚い手を使っても良し。利用できるものは何でも(自分の欠点弱点でも自分自身でも)使え!今考えると とんでもないな私。

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