第9話 腐れ外道1

 ラニ アドバイスの手作り装備を背に、寒いある週末、ゲーム会場の山に向かった。今回は8名を相手に、私独りで立ち向かう。ラニはふもとで待機。各チームがスタート地点に立った時、他の連中に見えない事を確認してから、装備を取り出し身につける。冬の木立ちにマッチする色彩の、ギリースーツだ。

迷彩の戦闘服で私のサイズなんか無いので、作ろうとしてラニに意見をもらったが、この方が良いと言われたのだ。歩きやすいように膝丈だが、木の根元にしゃがみ込めば私の体格なら充分目立たない。それに重ね着すれば、夏ならゴメンだが、とても暖かく快適だ。

 用心して少しずつ山頂を目指す。今回はなんと言っても機動力がないのだ。

(自分なりにまとめた)心得1、負けたら終わり。敵を撃つより、撃たれない事が肝要である。見つからない事。そして敵を見つけても、深追いはしない事。

心得2、自分の領域で戦う。無ければ作る、自分の熟知した、あるいは得意とする領域で戦う。(あんなに怖い思いをして覚えたんだもの、この山の中。それに対戦相手の半数が前回と同じ、つまりラニがその半分の癖や傾向を教えてくれていたのだ!)

心得3、知恵を使う。考える、観察する、五感を使って。

 (ラニ、やはりアンタ凄いよ。私の想像通りの職業だよね)

 昨夜、匂いの強い物を食べるなと言われていた。さらに、香料の入ってないか、少ない石鹸やシャンプーを使って、その後も化粧品など香りがない物を使え、と指示されていた。そのおかげで、風の中にさまざまなにおいを感じる。自分が女で他が全て男性なのも、この点では有利だ。

 (ギリースーツとは、擬態用の、一言で言えば着ぐるみの事。私の作ったのは、みのむしの上半分を想像してくれると、それに近い。サンクのお古のパーカーに、グレーから焦げ茶色の短冊状に裂いた布を縫い付けてある。内側にはポケットをたくさん付けた)


 ラニの言葉を思い出す。"ムーヴィメント"動き…自分がどう動いたか、自分がどこにいるのか、常に把握する。そして、相手の動きも。どう動くのか、という予測も忘れてはならない。ゆっくり音をたてないように歩き、時々立ち止まって耳をすまし、風の中の匂いを感じる。風上から微かに汗の匂いがする。同性同士ならわからないレベルだろう。近くの隠れることができる木の下にうずくまった。

 "テンポ"時間・タイミング…動いた時間も大切な事。それから、相手の動きに合わせて自分も動けば、物音がしても相手の立てる音にごまかせる。私の体格にも利点はある。体重は他の誰よりも軽いし、足も小さいから、物音も小さく済むのだ。

 "セント"感じる…視るだけでなく、五感全てを使う。目を保護するプラスティックのゴーグルを着けていたが、光の反射をできるだけ抑えるために、2㎝くらいの隙間を開け布を貼ってある。視界は やはり限られる。フードと高い襟でほぼ隠れるので、顔は覆っていなかった。頬に空気の流れを感じるから、この方が良かったと思う。低い話し声が聞こえてきた。

 言葉は聞き取れないが、調子から日本語ではないのが分かった。残念、初顔合わせのチームだ。立ち止まって地図を見ているらしい音がする。彼らが また歩きだす。私はその音に合わせ、2人の通るであろう方向に向き直った。木の下に隠れつつ近寄って行く。

 木立ちの間に姿が見え隠れする。私はポケットから小枝を取り出し、折った(道すがら、時おり小石だのを拾ってあった。ない知恵絞ったワケ)。2人が立ち止まってこちらを向く前に、ちゃんと2発ずつ、間髪入れずに撃った。

誰かが今の物音を聞いたかもしれない。私はすぐにその場を離れた。この2人を討ちとれたのは、幸運によるものだとわかっている。たまたま風向きが良かった、ゲーム開始から10分ほどで まさか撃たれるとは誰も思っていない、だろうから。

 私はスタート地点に戻ることにした。山頂に向かえばそれだけ敵に出会す。見つけるのは簡単だが、見つけられる確率も上がる。それにまだ時間はたっぷりある。ふもとをぐるりと廻るように歩いた。他チームの足跡を発見。地面が凍る季節だが、場所によっては残る。また、体重にもよる。私の足跡は、あまり残っていなかった。

 (観察しろ!)個々の大きさ、ソールのデザイン、足跡の深さなど細部。2人の距離、どのように歩いて進んでいるかという全体的なこと。どうやら、ピナとベーチェルの海上コンビのようだ。デカいうえに手強いのはわかってるが、私はこの2人を追うことにした。(追われるよりはマシと考えた。それに、おこぼれに与れるかも!)


 「痛てー!!」山中に野太い悲鳴が上がった。必死で笑いを堪える。誰かが撃たれたのだ。ペイント弾でもプロテクターがない箇所に当ると痛いようだ。私はまだ撃たれた事ないから知らなかった。この機会を利用して、もう少し海上コンビとの距離を縮めよう。足跡が残らない場所では、2人の癖を思い出し推測して方向を決めた。

 これが本物のスナイパーやトレイサー(=足跡を細かく分析して追跡出来る専門家の事)ならば上手くいくのだろうが、アマチュアにも程遠い私がしている事だ。防戦一辺倒になるのは当たり前だった。見つからないように隠れ潜むので精一杯。足跡の推測も外し、何度も行きつ戻りつした。


 ただ隠れているだけで時間が過ぎていく。だが、最強コンビと思っていた2人はやはりそのようで、何組か倒していたようだった。そろそろ終了時間だ。私は、行動に出た。

 2人の先回りをして、山頂近くの窪みに入り腹這いの状態で待った。体温を奪われるので、ラニには あまり腹這いになるなと言われていたが、もう少しで終了だ。ギリースーツも膝丈だったから、腹這いになれば膝から下がカモフラージュされない。なので窪みに入ったのだ。斜面に寝そべる格好なら、上方からは見えずらい。

 待った。そして、来た。他チームは全てたいらげたのか、2人とも物音や話し声にあまり気をつかってなかった。(余裕じゃん!)

 ベーチェルの後ろ姿が木立ちの隙間から見え、私はためらいなく引き金を引いた。「痛てー!」尻に見事命中。ただちにその場を離れる。ピナが木陰に入ってしまったので、続けて撃てなかったのだ。私は木を利用して、ジグザグに走って逃げる。ピナがものすごい勢いで追ってくる。(遊びだけど充分怖いよー!重戦車に追い掛けられてるみたい!撃ってくる!)手近な木の陰に入り応戦するも、相手はさすが警察権を持つ矢面に立つ立場、狙いは正確だ。死角を保ち走った。グロック(私の拳銃、昨夜教えてもらった)を肩ごしに何発か撃った。無駄弾は撃つなと言われていたが、もう構うものか。

 私は息が上がってきた。スピードが落ちる。一方ピナは、勢いが劣える事なく追ってくる。目がかすんできた。だが、後1、2分のはずだ。逃げ切れば、負けではない。(ああでも、もうダメかも!)尻もちをつく格好で地面に滑り込み、銃を両手で頭上に掲げ、仰向けの状態で1発、転がってうつ伏せで もう1発(したような覚えがあるようなないような)次の瞬間、ブラックアウト…。

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