第6話 気分は"白い魔女"2

 私40Kg、プラス装備の重さなどないかのように、ラニが木立の中を息も切らさず走り抜けて行く。ある程度山奥に入ると、速度を落として回り道をするように進んだ。更に速度を落とすと、彼が背嚢を軽く叩き「Quando(上る・上昇する。太陽が上るなどの上昇だが私の知っている単語を使ってくれた)」と囁いた。合図だ。

彼の腕と肩を踏切に、頭上の枝を目がけ飛び上がる。良い枝を選んでくれてる、掴みやすい。脚を振り、反動で身体を枝の上に持ち上げた。たすき掛けに背負ったM16が邪魔でしょうがない。私はそのまま木を登る。ラニは林の中に消えていく。

昨夜ラム宅の裏庭で、私を網に飛びつかせロープを登らせ、彼は私の身体能力を確かめていた。木登りが得意な事を伝えてあったし、子どもの頃 鉄棒の上に住んでいると言われていたくらい得意いだったとも伝えてあった。(後からリカにエテ公呼ばわりされた)

木の上ギリギリまで登ると、ポケットから地図(等高線びっしり!)を取り出し、ライフルを抱えこみそれからスコープを取り外した。


 木の上で震えながらラニの次の合図を待つ。使い捨てカイロをあちこちに付けてあったが、ライフルは大きく重く冷たい。寒い。社員寮の同室の先輩は、今日は彼氏さんと"鼠園"に行っている。(私は何やってんだろ)後悔の念が全くなかったと言えば嘘になるが、それよりもラニに畏敬の念が湧き上がり、ゲーム中の高揚感が更に増した。

 昨夜、ラニが2人の足跡を指差し私を背負うと言ったことを思い出していた。足跡は、一目で私のものがどれか判る。山中はぬかるんでいる訳ではなかったが、落ち葉があまり無く場所によっては足跡が残る。この山は、ほとんどが植林され手入れの行き届いた杉林だった。つまり落ち葉が少ない。下生えも刈ってあり、木の下の方の枝も払ってあるのだ。足跡の事だけでなく、私を背にしたのは、その方が速いからもあるだろうが。

 薮に身を隠す訳にいかず、木陰も難しい。目立つ服装の私は木に登って上の枝葉がある所に潜むのが一番良い。

 微かに甲高い音が聞こえる。合図だった。これも作戦のひとつ。ラニと私、2人共聞こえる限界の音の高さのホイッスルを選んであった。外したスコープで方向を確認する。ライフルを構え、人差し指を用心鉄におく。構え方も昨夜ラニが指示していた。まともに構えると私には大きすぎ、引き金が遠く、スコープにも目が届かないのだ。

 ガレージで的を前にし、私にライフルを構えさせた時。私が左で(私は右利きだが何故か左撃ち)構えようとするとラニが口を開きかけた。(怒られる!)と思って首をすくめたが、何も言われなかった。彼は少し考えてから、私に 立った状態、膝立ち、腹這いで試し撃ちをさせた。(後で知ったが、何処の軍隊でも利き手に関わらず右で撃つように訓練するそう)

 銃をストラップで左肩に下げ、ウエストに押し付けるように構える。ラニが決めた私の射撃スタイルだ。利き手は身体を支える。銃の台尻を切って短くすれば、私でもまともに構えられた。が、そうすれば、銃を持つのが私だと皆にバレる。(凄いよ、ラニ!)

 その時の私は、そこまでしか想像できなかった。かなり後になり気がついたものだ。私が木の上に隠れ、ラニが独りでライフルを持って山中を駆け巡れば、あっと言う間にゲーム終了、という事に。


 物音がする。後、1、2…人差し指を引き金に。(タンタン、必ず2回打て!)

胸のど真ん中に白いペイントを付けた男が呆気にとられたように立ち尽くしている。もうひとつ合図。その右側からもう1人。その人が身体を捻ったので1発が二の腕に当たったが、2発目は胸をとらえた。(なるほど、だから引き金は2回なんだ)

(あらイヤだ、生きて動いている人間撃つのって楽しいわー)ベルトに付けてあったロープを取り外して、枝に結ぶ(結び方はヨットに乗った時にピナがいくつか教えてくれた)。右の腿に回してふくらはぎで押さえ、力加減でロープを調整しながら右手でだけで降りていく。左脚は腹筋を使いキチンと上げて。(自己流。腕だけでロープを登る事も出来る)地面に着く前に、ラニが近寄ってきて受け止めてくれた。引っ張ってロープを外し回収。また彼の背中に乗る。

 チヨダ(と勝手に私が呼んでいた。皆にはネロ=イタリア語で黒 と呼ばれる)とエッジと呼ばれる、たぶん現職国家権力の2人組が驚いている。(全員が帽子かヘルメットを着用し、ゴーグルをかけていたが、制服じゃないから誰かわかる)

 「では、ごきげんよう!」私が言うとラニが走り出した。振り向いて高笑いしていたら、私の膝をピシャリと叩き たしなめる。


 山中を駆け巡り(走ってたのはラニだけど)時々木に登り、彼が追い立ててくる敵を撃つ。(途中、枝に飛びつき損ね落ちた事があり。なにしろ運動オンチですので…ラニに怒られる!と思ったが、意外にも彼の目には気遣いしかなかった)

 出会したチームを、彼の背中に乗った状態で撃ったこともあった。そうしてゲーム時間を半分残し、ラニと私は10名の敵を全てたいらげた。

晴れやかな気分で、ゲーム終了を宣言する合図を高らかに吹いた(このホイッスルは全員共通の物。緊急用でもあった)

 (ラニはお荷物持たされたんじゃないんだよ!)

 山のふもとの集合場所で、私が作ったパン(以前に焼いて冷凍しておいたのを持って来ていた)を食べながらコーヒー(先に下山した、つまり私に撃たれた人達が火をおこし沸かしていた。野外活動に大変慣れていたようなのが何人か参加していた)を飲んでいると、ピナがおもむろに口を開いた。「…ラニ、おまえやっぱシャレになんねえ、次からは見てろ。つまんねえ!」今度は私の方を指差して「それから おまえ!木登り禁止!」

 この一言が私の負けん気に火をつけた。この一戦で、この圧倒的な勝利で、私は満足していたのに。続けることなんか全く思ってもいなかったのだ。「ラニの他に君のバディになるやつ居ないと思うぞー」サンクがまた余計な事を言う。「うるさいね!アンタ、現役のくせに私に撃たれたんじゃないか!」「だって僕お医者さんだもん!」

 (私に撃たれた事もショックだったが、ラニに追い立てられた事が怖くてたまらなかったと、後に何人かに聞いた)


:おまけ

 ラム宅に戻り、リカとジャグジー(なんてモノが屋上にあった)に入ると、自分が傷だらけな事に気がついた。木登りの時に背負っていたライフルがぶつかって出来た打ち身、枝葉が顔にかすった擦り傷だ。「ほっぺにしみるよー」「あほちゃうか、あほちゃうか!アンタ女失格う!」

 「ところで、山ん中 トイレどないしてん?」「◯リエ夜用スーパー」リカがとんでもないひどい表情に。「ほんまに女失格じゃア!」日本製のハイドロポリマー、30年前から優秀であった。

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