第5話 気分は"白い魔女"1
("白い魔女"とは、二次大戦の終わりにナチ将校を震撼させた、ロシア人女性スナイパー)
凄すぎる週末が終わり、次の木曜の夜、リカから電話があった。ラムが『嫌でなければまた参加して欲しい、いつでも家に来て良い、勝手口にまわればマオが開けるから』と言っているという。ラムがどういうつもりで私を呼んだのかききたかったので、在宅だという金曜の夜に行ってみた。
「ムサくるしい男ばかり見てるの苦痛でね!」(はい、アンタさんが結構な女好きなの存じております)「私の女性の友達、何人か誘ってみたんだけど興味示さなくて」(さもあろう)
(リカに、私が希望する仕事に就けなかった事、愛読書や好きな映画、好きな男性のタイプ、きいたんですねー)「どんな集団でも男性ばかり女性ばかりでは良くないと思うんだ」
とって付けたような理由もあったが、やはり面白そうな事の誘惑には抗えない。後からリカが言ってたが、「アンタの事、期待はずれでもあり期待以上でもあったて言うてたで。つまり想定外というこっちゃ」ラムがどんなつもりだったのか、今でもよくわからないが、私には救いでもあった。仕事ではいつもギリギリの精神状態だったし、住んでいたのも社員寮、それも3点ユニットのワンルームに先輩と同室。どこにも居場所がなかったのだ。(ラムの大きな家の大きなキッチンも魅力だった)
料理長がにこりと笑い「手伝ってくれるなら、いつでもキッチンに来ていいぜ」と言った。私は笑みを返して「ありがとう」と答える。それから、彼は少し視線を落とし「ウチの社長、俺といくつも違わないのに、人を動かす術をよく知ってやがる…まあ貴族出ならそんなもんかもしれんが」と、苦笑いと共に。私は含み笑いをして「日本の、それも高級住宅地だとムサくるしい男ばっかりじゃ不信に思われるんだよ。だから私が呼ばれたの。私だったら如何にもなエキストラに見えないでしょ?」料理長は軽やかな笑い声をあげた。
私は毎週末のようにラムの家に行っていたが、毎回同じメンバーが集まるというわけでもなかった。不定期休みの人、平日休みの人もいる、現役の人達は忙しいから当たり前だ。それでも月一くらいで大体同じ顔ぶれになる。また、1、2回くらいしか見かけない人も多かった。日本人もいたし、マオと同郷だったり、ネパールやチベット辺りと思しき人達もいた。
通ううちにマオと仲良くなり、ますますラム宅に行くようになった。時には料理を手伝って、代わりにキッチンを借りケーキを焼いて、みんなに振る舞う事もあった(ここまで読んでくださった方には変な女だと思われるだろうが、焼き菓子作りは私の趣味のひとつ)。
秋が過ぎ、冬になるまでの間にも、近場で草野球をしたり、またクルーザーやヨットを借り波に揺られながら飲み明かす事も(人数に応じて何するか決まった)。その間に、私の無能ぶりが知れ渡る。車どころか自転車にも乗れない、ボール投げられないし打てない。乗り物酔いしないけど、11月の日差しでも日当たりする。すぐ息切れして長く運動出来ない(子どもの頃喘息で大人になってからも気管支が弱く、全力出したら活動限界5分くらい)。
だが、これが後に自分を有利に導くことになる。
12月に入る頃には、ラニが少しずつ日本語を話すようになってきていた。北京語と同時に習っていたらしい。メンバーが少ない時には、わざわざ私にヘルメットを用意してくれ、自分のオートバイに乗せてくれる事もあった。おかえしに私も日本語の練習相手になったが、ラムに頼まれてもいた。「言葉の練習相手もだけど、なるべく一緒に居て、普通の人らしい事させてやってくれると助かるんだけどー」(やっぱコンパニオンが欲しかったの?)
ラム宅の方も変化していた。広いガレージにあった車の半数が無くなり、柔道用の畳が敷かれたり、射撃の的が壁に並んでるようになった。裏庭にも屋上からロープや網がぶら下がっていて、なんだか訳のわからない状況に。
寒くなると、ラムが「今度は山の方に行こう」と言い出した。「サバイバルゲーム、大人の鬼ごっこだ!」(…これだけ飛び道具を使い慣れた人が多いなら楽しそう!)「やりたい!」その場にいた何人かが笑いを漏らした。「おい、何時間も山の中にいるんだぞ」「おまえの想像以上にハードな事やる」「(銃を)扱えるのか?」
(ふん、射撃なら子どもの頃から得意だけど?ゲーセンや遊園地だけだけどさ)何と言い返してやろうかと思っていると、今度はピナが口を開いた。
「2チームに分かれてやったらラニがいる方が勝利決定だ。こうしよう」2人で1チーム、時間内にどれだけの人数を仕留めるかという事になった。(はい、ラニと私がバディですね)「こいつ(ラニ)洒落になんねぇからなぁ」(はい、お荷物背負わされると)「それでも油断出来ないぞ、武器は2人でライフル1丁だ!」サンクが余計な事を言った。
だが、ここは黙っていた方が得策だ。こっそりラニに目配せすると、ラニが頷いた。リカが「アタシは不参加や。泥だらけになりたいか この女失格娘」「なんとでも言え。もう冬だし虫いないもん、平気だもん」(よし、リカも誰も気づいてない)
ラニが皆に付いて来るなと言い、私を呼んだ。サンクがライフルを放ってきて、私はなんとかキャッチする。「M16アサルトライフルだよね?」皆が目を丸くしている。「ゴルゴが使ってるヤツ。だから知ってたんだー」皆さんご納得の様子。「色気のないマンガばっかり読むんじゃ この女」何気ないリカの言葉だったが、私のセリフを強化した。(ありがとリカ)
「前の日になってから言うんだから!せめて1週間前にわかってれば少しは準備できたし練習だって!せっかくガレージに射撃の練習場所作ってあるのに」私がぼやきながらラニの後に付いていくと、彼が少し強い調子で「Domani、Concentrazione(明日、集中)!」と言った。この頃には、相変わらず怖いのは怖いが、私には紳士的に接していたので少し怯んだ。(先週は車から降りるときにドア開けてくれて手も貸してくれたよね?)涙が出てくる寸前でなんとか堪え、ラニの指示に従った。英語とイタリア語、片言の日本語に身振り手振りを駆使して作戦を立ててくれた。スクーバのサインも役に立った。(他の幾つかのサインも加え)
ただでさえお荷物の私なのに、装備も不利だった。(迷彩の戦闘服なんて準備する暇もないが、そもそも私のサイズは無い)だけど、この作戦ならばイケるかもしれない。何と言っても、他の連中は私の得意技を知らないのだ。
ブラックデニムを戦闘服、ハイカットのバスケットシューズをコンバットブーツがわりに関東某所の山のふもとに着いた。(以前からのメンバーは装備が整っていた。私とその後に入った人は間に合わせの服装)他の5チーム10名はそれぞれ別の方向から山頂を目指す。ゲームの時間は8時間。生き残り、なおかつ倒した敵の数が多い方が勝ちだ。
(さて、黒は意外と冬の山野では目立つね…あ、うん、なるほど!イケる!ラニはここを知っているんだ。不思議はないけどね…)
ラニが私に背中を見せて屈んだ。私はその背中の背嚢に乗る。(登山道などが整備されている訳ではなかったので、皆それなりの用意をしていたが、その荷物ほぼ全てを彼が担うことに。私はライフルと、最低限のものをウエストポーチひとつ。ポーチの中を見たサンクが「レーションじゃなくて園児のおやつだな!」と言ったのを覚えている)肩のストラップを掴み、背嚢を両膝で挟み込む。乗馬の要領だ(自転車に乗ったことはないが、馬に乗ったことはある…どこかのお嬢様ではなくタダの田舎者である)。彼は私を軽々と背にし、躊躇なく山林に入っていった。
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