第4話 訓練?開始3

 クルーザーを停泊させ、皆で駐車場に向かう途中で船長のピナ(ラテン語圏でヒレの事。英語だとフィンになる)と呼ばれる人が声をかけてきた。「あのヒトゴロシ面の説明、よくわかったな!おまえ英語出来ねんだろ」(…仲間うちにも怖い怖い言われ、ここまで言われるバディ君が気の毒になってきたぞ)「そりゃ確かにコワいし雰囲気尋常じゃないけど、親切だよ?私がどうこうじゃなくて、向こうが凄いんだ、こっちが解ってるかどうかすぐ察知して、表現変えたり身振り手振りを変えて丁寧に教えてくれる」と言うと、ピナがちらりと私を横目で見て、「そうか!」感心したように言った。

 後から思えば、この辺りから流れが変わってきたようだ。その後も相変わらずみそっかす扱いだったが。

駐車場に着くと、別行動だったリカが待っていた。船酔いすると言って車で来ていたのだった。(…真っ黒いイタリア車、ガラ悪い)「アンタこんなのに乗ってたの?」と、私が驚いて尋くと「あ、これ私の」と言ってラムがさっさと乗り込み「じゃ、私帰るけど皆んなは温泉で潮落として来てねー」と言い残し、爆音とともに去っていった。(後から知ったが、フェラーリ テスタロッサ。大変喧しい)

 「あの男、土曜の夜からは彼女と過ごす事にしてるんやて。…でな、彼女4人もおんねや…」(カネあって男前で背が高い、イギリスで教育を受けてイギリス人にしか見えない、それはモテるんでしょうよ)と思ったが、生まれながらの捻くれ者の私は(女から見てもいい遊び相手だろうな!)とも思った。

 「あれ?そういえば、ラニ(運転手)は?」不思議に思っていると、リカが「彼女のとこ行くのに運ちゃん使うかぁ?ジイさんならその方が偉そうに見えてええかも知れんけど」(そんなもんですか。でも絶対コワいからが理由だよな!若いおねーさんに会いに行くのに用心棒要らないわ)

 「それがな、あの男の偉いところは あんまり若いおねーちゃん相手にせえへんところや。25歳以下お断りなんやて。大人の女性を喜ばせてこそとか言うて。最近付き合いはじめたのんは33の銀座のママさんやて」他六本木のホステスさんやら玄人さんと付き合っているらしい。(女子大生相手にするよりカネかかるだろうなー)

 「若いおねーさんで思い出した、私のこと女だって判った人がいた。別に支障ないんじゃないの?」何台かのタクシーに分乗して、高台の方にあるという別荘へ向かう途中。リカと私の2人だけで 同じ車だった。

 「あー、昨夜は人数少なかったから1人1ベッドだったけどな、人数増えると雑魚寝になるで」S区の自宅は5LDKの4をゲスト用の部屋にしていて、部屋の広さによってベッドが1か2用意されていた。(マオとラニは、離れの使用人部屋)別荘も似たようなもので、ベッドは早いもの勝ちで、あぶれた人はリビングで雑魚寝、とのこと。(まあ、別にいいんじゃないの?まさか寄ってたかって手籠め、なんてならないだろうし)

 「私気にしないよ、着替えとかお風呂とか見られるんじゃなきゃ」「あほんだら、アンタが気にせんでも他が気にするっちゅうの!」(あ、すんませんね自分のことしか考えずに)そこで、はっとした。リカは、船酔いするんじゃない。水着になれないんだ…(このヒト、工事=性別適合手術 途中だった。おいなりさんは無いがおはしがまだあった!ごめん、気がまわらずに!)

 何の気なしに後ろを振り返ると、後続のタクシーが見えた。ラニと誰だったかが乗っていた車だ。(タクシーの運転手さん、コワいだろうなー)

「…なぁ?なぁなぁ!ラニのこと気になるんかぁ?もしかして惚れたんか!」リカが私の肩をつついて言った。「ちょいちょい目ぇで追ってるで、自分」「えッ!そんなに見てる?」

 確かに気にはなっていた。映画とか小説とかマンガとかアニメの中の人が、リアルにいるんだから。コワいもの見たさも、もちろんある。「でもさー、あの"尋常じゃない雰囲気"とコワい、表情、だよね?が無ければ?首から下は?」リカがしばらく目を閉じて、想像、いや妄想か?をしてから言った。「…男前やんなぁ」リカと私は趣味が合うので意気投合したのもある。細マッチョ(当時はまだない表現)の筋肉をこよなく愛していた。それに、きびきびした無駄のない力強い動き、しなやかで優雅とも言える所作が目を引いていた。「やっぱ空手とかやってんだよね?」「空手も柔道も黒帯やて。キックボクシングも強いって噂もあったなぁ」スクーバダイビングも"インストラクターのようなもの"だし。「それだけやないでぇ。ヘリも飛ばせるらしいしな、スカイダイビングも教えてた事あるんやて」(特殊部隊かよ⁈)「うーん…デルタフォースかシールズ?それともひょっとしたらスペツナズとか…」「そんな事だけは良う知ってるなぁこの女。呆れるわ、ほんま」(だから誘ったんでしょうが!違うか?おかげさんで楽しいけど)


 そうこうしているうちに、借りたという別荘に着いた。そうして、もっと楽しい事になってきた。温泉と宴会のみの参加者が既に到着して酒盛りが始まっていたのだが、そのメンバーも"やたら頑丈そうな人達"だった。「プロボクサー」「公務員、緊急ダイアルで呼び出される」(このくらいの自己紹介はしていた。なのでサンクの職場が想像出来、他も警察官かなとも推測出来たのだ)

「リカ、アンタにお礼言う!ここに誘ってくれて。また誘ってよー、次からはクロッキー帳持ってくる!」「目の保養や!」ベーチェルやピナみたいなゴリマッチョも一部いたが、細マッチョの祭典の様相を呈していた。私の趣味の一つは絵を描く事。絵を描く人は知っていると思う、女の裸より男の筋肉の方がちゃんと描こうとすると難しい。さらにみんな湯上りで、バスローブの上をはだけてる、ならマシな方。中には素ッ裸でうろうろしてるヤツも。さすがに私が引いていると(うぶだったね、私も。今ならこのくらいで動じないぞ)「こういうムサくるしい体育会系のノリは嫌いやねんけどなー」とリカ。「同感ですがな!」と私。

 結局、着替えも温泉もリカと2人だけで済んだ。(オカマの入浴シーン見たい物好きは居ないと思ってたし、タダ酒の方に忙しいよなー)

宴会に加わるとサンクが隣に座った。「やっぱりラニは君が女性だとわかったな?(別荘に)入る時ドアを開けて君を先に通してただろう」「フネに乗る時も手を貸してくれたよ?」「それは最初からそう思っていたか、君の体格を考えて、だ」(だいたいみんなにバラしてまわるとは考えられない。極端に寡黙な人のようで、必要な事以外話さないし)「…何が言いたいの?」「イヤごめん。その"滅多に必要な事以外話さない"ラニが、君の事をリセエンヌって言ってたから ちょっと興味が湧いて」私にではなく、ラニに湧いたようだと思ったが口にしなかった。

 「ところで、どうして僕が陸の上だってわかった?」「昨夜お財布出してた時あったよね。その時中がチラッと見えたんだー」「!油断のならないお嬢ちゃんだね!」「そりゃどうも"おじちゃん"」私とサンクが愉快そうに笑っているのを、リカが見ていた。「悪かった!だけど僕まだ30になったばかりだよ、おじちゃんは勘弁してくれ」「30のおじさん!」「お兄さん‼︎」リカの目が険しくなってきた。(リカ、アンタ サンクに気があるの?)席を立って私がピナの方に行くと、リカがサンクに擦り寄るのが目の端に見えた。

 「海の上の警察権がある方の人でしょ?」「よく知ってるな、若いのに警察権だなんて!」そうしていると他の人達も近寄ってきて声をかけてくれた。

 とても心地の良い場所だと思った。誰もお酌をしろとも言わないし思ってもいないようだった。(皆手酌で飲んでたし、この時点でほとんどの人は私をオカマと思っていたはずだしね)


 この頃の自分の職場では、まず考えられない事だった。また男同士の縦社会的なものもここにはないようで、皆リラックスして楽しんでいた。だからラムは、呼び名を付けて敬語禁止にしたのだろうか。でも私を呼んだのはなぜだろう。少し疑問が湧いてきたが、眠気に勝てなかった。ラニが部屋の隅で独りあまり飲まず、見るともなしに皆の様子を見ているのも気になったが、先に寝むと言ってベッドに1番乗りした。


 ベッドに入って、ラニの(コワい、凄い)噂話を

「ヘリの操縦、3時間で覚えたらしい」

「剣道まったく経験無いのに1回目でサンク(有段者)に勝った」

「アメリカ海兵隊にも知られた存在らしい」

などなど思い出し、ウトウトしていると、誰かが部屋に入ってきた(皆の話し声が大きく聞こえドアが開いたのがわかった)。リカだと思っていた。また話し声が小さくなると、毛布の足元がめくれ、(リカじゃない‼︎)腿を掴まれた。

 「誰⁈、離せ‼︎」手を払いのけ、慌てて飛び起きる。ドアに駆け寄ろうとしたが、腕を引かれ床に叩きつけられるように倒された。左肩に激痛、動こうとするが全く身体に力が入らない。気が遠くなる…。微かに「えっ⁈女?」と聞こえたと思った。


 左肩脱臼、ごく軽い脳震盪。サンクが下した診断。翌日の朝遅くまでの記憶があまりないので、後から聞いた話もおりまぜると、

「凄い音が聞こえて何人かが部屋に行った」

「"プロボクサー"と言った男が おまえを見て、女だって驚いていた」

「ラニが目も止まらぬ速さでそいつをぶっ飛ばした」

「リカが、アイツぼっこぼこにしたろ思うたのにアタシの出番なかったわ!と怒っていた」

 つまり、女装男好きな男に手籠めになるところだったが、本物の女という理由で免れた。ということ。普通に暴行傷害だが、鉄拳制裁すみだし(それもあの怖ろしいヒトゴロシ面にエラい目に遭わされたらしい)不問とした。それにしても、まさかドア1枚向こうに現職の警察権を持つ人たちがいるのに、こんな目にあうとは思わなかった。

 最初から女だって言ってた方がどれだけマシだったか。サンクも激しく同意していた。「海の上コンビが止めてなきゃ死人が出るところだった!仕事でも無いのに怪我人2人も診なきゃならなかったじゃないか。消防士が居たから助かったけど。おかげでうっかり秘密を漏らしてしまったじゃないか!」…彼は同性愛者だったのだ。彼の職場でバレたら身の破滅。(身も心も男性だけど恋愛対象は身も心も男性の人。それも自分と同じような細マッチョ。だからリカは失恋決定)私を介抱する時 安心させるために言ったらしい。もちろん私にだけだが。

 海の上コンビはこの1件の後、「痛めつけるのはいいが、ケガさせたりコロしたりしちゃいけません」とラニに言い含めたそう。(この連中って…)

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