第22話
映画の撮影に参加して三日目、ベテラン俳優の宮本
「オレに降りろってどういうことだよ?」
なんて鼻息荒く言うが、スケジュールが合わないとしてこれまで全く撮影に参加できていないと聞いている。
その結果として私が
そう思って近づかないようにいたのに、何を考えてか彼の方からやってきた。
宮本の後ろから来る監督らは、私が口を開く前から眉間に皺を寄せ酷い渋面である。話が上手くいっていないのは明らかだ。
「あんたがオレの代役か。帰れ、
「息巻くのは良いが、できるのか?」
私としては彼がしっかりと演じてくれるならば降りざるを得ないと思っている。元々の配役では彼がやることになっているのだ。そのあたりの大人の都合が分からないほど子供でもない。お金は残念だが仕方がないだろう。
問題は、この宮本が全く強そうに見えないことだ。殺陣はできるという話だが、脇役の人より下手なのではあるまいか。
懸念をストレートにぶつけたら、非常に不愉快そうに「オレを誰だと思っている?」とか言いだす。
「ならば、できるということろを見せれば良い。急いで撮影を済ませたいのはクライマックスの
言って練習用の木刀を投げ渡す。私はどのキャラの剣技もできるし、楠木さんに手本を見せてやるにも丁度良い。
「おい、無茶はしないでくれよ」
「心配せずとも、手加減くらいしますよ」
監督らは不安そうにするが、刀が当たらないように振れば良いだけだ。時間も何十分も掛かるわけでもない、最初の激突は僅か三合で終わり、そこからセリフの応酬に移る。その調整を先ほどから楠木さんとしていたところだ。
『
力一杯に右足を地面に叩きつけつつセリフを叫ぶ。宮本の方は戸惑ったようにキョロキョロとするが、監督に「今すぐにでもリハに入れないなら降りてくれとしか言えない」と言われてこちらに向き直る。
『どう許さねえってんだ? オレは別にお前に許してもらわなくても……』
本業の役者だけあって台詞は覚えているらしい。
このシーンでは少年漫画らしくなく、セリフが終わらないうちから攻撃を仕掛ける。繰り出す技はいきなりの奥義〝
『問答無用! うおおおおお!』
雄叫びを上げて突進しつつ、左下に構えた刀を後ろから上へと振り上げ、勢いを殺さないように袈裟懸けに斬りかかる。
宮本の受けの構えはこの時点で既にダメだ。一撃目は防げるが高速三連撃である竜爪斬を防ぎきれないのは目に見えている。咄嗟に突進を止め、返す刀は上に振り抜く。
あるべき三撃目は、しない。二撃目で木刀を吹っ飛ばされていれば、その時点でNGだ。開幕の一瞬でラスボスが負けてしまったのではクライマックスにならない。あっけなさすぎる幕切れである。
「ちょっと待ってくれ。ここでの竜爪斬は簡単に防がれるはずなんだが……、大丈夫なのか? そんな程度だと竜王爪斬だと直撃してしまうぞ?」
「お、お前は力加減も分からないのか⁉」
「竜爪斬に見えるギリギリ最小の力で打ってやっているだろう。あなたの受け方が下手くそなだけだ。きちんと裁いてくれ」
私だって戦いではなく見世物であると割り切っての加減くらいしているし、全身全霊の力を込めて斬りかかったりなどしていない。本気でやっていれば、一撃で相手の木刀を叩き落し、二撃目には命に関わる傷を与えているだろう。
「練習もしないで、そんなにいきなりできるわけねえだろう!」
「だからできるのかと聞いているのだが……? 監督、今から練習する時間ってどれほどあります?」
設定上、
監督に話を振ってやれば、苦々しい表情で明日には本番に入りたいと言う。もちろん、撮影するシーンは竜爪斬を放つ前後の十数秒だけではない。
セリフパートがいくつかあるし、倒れた
そして、再び立ち上がった
シーンの長さとしては十五分ほどのはずだが、先ほどの感じを見るに練習に一か月くらい掛かってしまいそうである。
「明日?」
「しかも、竜爪斬を使う方は私よりも下手だからな。失敗したら本当に洒落にならん怪我をするぞ」
「いや、それ本当に勘弁してほしいっす」
楠木さんはこれまで傍観する立場だったが、慌てて技への熟練が必要だと訴える。本当に大怪我をする事態になれば、彼の名も一緒にニュースに出るだろう。怪我をした宮本はもちろん、楠木さんも他の仕事にどんな影響を及ぼすかも分からない。
「秋にずれ込んだって構いやしないだろう。今どき、背景なんて合成でどうにかできるんだろ?」
「ん? そんなことをするなら逆に役者は誰でも良いんじゃないのか? 戦闘シーンなんて、全部、私の動きを加工すれば良いだけだ」
役者というのは後付けの効果や特撮のような処理は嫌うものと思っていたのだが、そうでもないのだろうか。私も原作のファンの一人であり、映画はカッコイイものにしてほしいと思う。良いものを作るという意気込みもプライドも無いならば、去ってほしいと思うのは傲慢ではないだろう。
「少なくとも、私は
「笑えるくらい凄え自信だな」
「あれだけ動ければ、そりゃあ自信もあるだろうさ」
監督向けに行ったのだが、なんかスタッフの人たち囁きあっているのが聞こえてくる。だが、不愉快にさせてしまったのではなく、笑えるのであれば気にしないでおけば良い。
「まじめな話、これから練習するとして実際のところ何日必要ですか? 合計九人を相手にすることになるのはご存じですよね」
「そりゃあ、一日二日じゃあ無理だよ。そんなの、そっちの子だって同じだろ?」
「私は一時間や二時間で充分だが?」
勘違いしてもらっては困るが、私自身には練習時間というものは不要だ。ただし、相手のレベルに合わせた調整は必要なので、一度打ち合ってみる時間があれば良い。一人十分かけたとしても九十分にしかならない。
それだけあれば、相手の必殺技を受け止められないなんて恥ずかしい事態になどなりはしない。
「まあ、今日は練習していれば良いんじゃないですか? 僕も少し練習したいですし」
「そうだな。手本を見せてやる。怪我をしたくなければ、しっかり覚えることだ」
楠木さんの練習を見ているのは数時間でしかないが、明らかに上達してきている。もともと筋力もあるし、運動神経も良いのだろう。技を放つ方、受ける方どちらも見せてやれば竜爪斬や竜王爪斬も上手くできるようになると思う。
「よし、来い。間合いと踏み切る場所を間違えないように」
「ではいきます!」
雄叫びを上げて突進してくるが、この時点では刀は下にぶら下げたままだ。
ガ! ゴ! ガァン!
三連撃がスムーズに放たれて木刀は火花を散らしそうな勢いで衝突する。が、最後の振り下ろしが少しブレてしまっている。これは
あっさりと刀を受け止め、直後に
『ははッ! もう終わりか?』
『ぐうッ!』
叫びつつ片足でこちらの腹を蹴り、離脱したら台詞パートに移る。ここは私もすでに覚えたので問題ない。
『はッ! 偉そうに説教したければ実力をつけるんだな!』
そのセリフの後、今度は
ガン! ガン! ガァン!
派手な音をたてるが、木刀を落としたりすることはない。実は、この竜爪斬は斜め後ろに退きながら受ければ簡単に対処できる。その間合いの取り方も教えた甲斐があり、楠木さんはしっかりと動いてくれている。
『はっはァ!』
『はああっ!』
互いに叫び、胴薙ぎをぶつけ合う。タイミングもばっちりで、ちょうど真ん中でぶつかった木刀がギリギリと軋んだ音をあげる。そのまま切っ先が互いの脇腹に接触する程度で押し合い、同時に飛び退って今度は上段からぶつけ合う。
ここまで綺麗にできるなら、きちんと衣装を着て本番用の刀を持って撮影しておけばよかった。そう思ったのは私だけではなかったようで、監督らからストップが掛かった。
「今の、どれくらいでできます?」
監督の問いは宮本に向けてのものだ。目の前で手本を見せたのだから、同程度の動きをすることは期待される。「三日でやってみせる」くらい言ってほしいのだが、現実としては即答できないらしい。
指導を依頼されたら受けてやるつもりでもいたのだが、それもないらしい。
「じゃあ、無理だろ」
ぼそりと言ったのが聞こえたようで激しく睨んでくるが、現実を見れないほど愚かでもないらしい。歯を食いしばったまま、宮本は背を向けた。
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