第21話 映画の撮影
何だかよく分からない流れのまま、映画デビューすることになった。
何人かと合わせてみたところ監督らぜひやってくれとのことだ。土井副社長から話を聞くと、報酬は撮影期間中は五万円、札幌から東京までの旅費交通費は会社負担ということで、残り何百万円かが撮影完了後に振り込まれるという条件だ。
「何百万円? そんなに貰えるものなの?」
「元々の役者さんが高い人だし、ギャラの予算はあるからな。とはいえ、他の人との兼ね合いでそのまんまの金額とはならないけれど、新人にしたらかなり高めだぞ」
撮影は春頃まで掛かるというが、もちろん毎日朝から晩までやるわけでないし、私がまったく出ないシーンも多々ある。基本的には屋外シーンを季節に合わせて撮るだけなので、一か月に数日だけ東京に来れば良いらしい。
念のため親にもLINEして確認して、取り敢えずの決定となる。正式な契約書は後日だが、監督側もスケジュール的にひっくり返せないところまで来ているらしく、こちらが心配することはないと言われた。
「それでは、今後よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします」
土井副社長が監督に頭を下げるので、私も下げておく。横で仁王立ちしているのも感じが悪いだろう。
「お、伊藤さん決定な感じっすか?」
監督と握手をしていると、近くにいたスタッフや出演者が集まってくる。改めて挨拶していると、主演
「あれ? どちら様?」
「いやいやいや、ついさっきまで合わせてたじゃないっすか。伊藤さんだよ、新しい
「え? あれ女だったの⁉」
楠木は大袈裟に驚いて見せるが、本当に女には見えなかったのならばこの場では喜ぶべきなのだろう。
「ふっふっふ、私の演技が完璧ということだな」
「演技っていうか、声だろ声」
「それに、お前さんの剣技は演技とは言わない」
単に強いだけだと言われたら反論に困る。しかし、男も含めてあんな動きができる奴は他にいないと言われたら胸を張って高笑いするしかない。
「そういう所だよ!」
「演技じゃなくて素じゃねえのかコイツ?」
私が「ふははは」と笑っていたら一斉に突っ込まれてしまった。
「じゃあ、撮れるところ撮っていこうか。伊藤くんは原作漫画読んだことあるんだよね?」
「ああ。兄が全巻揃えていて、私も何度も読んでいます」
「これ台本だけど、漫画から若干変わっているところもあるから読んでおいてもらえるかな」
渡されたのは結構分厚い冊子だが、全部読む必要はないとのことだ。取り敢えずは私の役柄である
「おーい、伊藤さん。シーン九七先に撮ってしまいたいんだけど、いけますか?」
「待ってくれ。まだそこまで読んでいない。何のシーンですか?」
渡されて十分で必要なところ全てに目を通すことなどできない。私はまだ
「〝三剣〟の
「ああ、それですか。って、なんか知らないセリフがあるな……」
ページを捲ってシーン九七を開いてみると、漫画にはないセリフが結構ある。漫画と同じで良いならば大体覚えているのだが、これを今すぐにというのは無理がある。
「じゃあ、戦って
顔がしっかり映ってしまうシーンは二人が揃っていなければ撮影が難しいが、私がアップになるようにすれば済むようなシーンならばセリフを覚えた後でまた撮り直せば良いと言う。
「戦い方は漫画に合わせておけば良いですか?」
「念のために聞くんだけど、それでやってくれと言ったらできるのか?」
「私の分はできる」
じゃあそれで、と言われて
「イヤーーッ!」
「はっ!」
合図があると、裂帛の気合を込めて突きを繰り出してくる。それを右に避け、口金部分を左アッパーでぶん殴る。槍の穂の部分を避けて正確に狙うのは難しいが、柄の部分に当たったからとて大した問題でもない。
かすりもしなければ恥ずかしいが、見事に拳が命中して槍が跳ね上がり相手は体勢を一瞬だけ崩す。私が刀を抜くのはその僅かな間だ。
右足を大きく踏み込みつつ腰を落として抜き放つと、相手も後退しつつ槍を振り下ろす体勢に入っている。
それを刀で受け止めつつ右へとさらに飛び、接近するべく地を蹴る。
「おおおお!」
「セイーーッ!」
この一対一で最も難しいのはここだ。監督たちが「できるのか?」と聞いてくるのも無理もない。だが、これは私の得意技の一つである。
ガァン!
刀と槍がぶつかり合う派手な音と共に穂が吹っ飛んでいく。元々そんな演出じゃないはずだが、槍の強度が足りていなかったのだから仕方がない。
だが、それとは関係なく勝負はついている。
私の刀は軌道を変え、柄頭で槍の柄を強打するとともに切先は相手の首筋に当てているのだ。
「な……、化け物⁉」
顔を引き
『はっ、がっかりだぜ。腕自慢と聞いていたが、こんな程度かよ』
刀を納めつつ、台本にあったセリフを傲岸に言い放ってやる。
『稀代の剣士とは聞き及んでいたが、これほどとは。感服いたしました』
言いながら穂のなくなった槍を足下に置き
『あなたこそ、私の求めていた主。仕えるべき強者にございます』
『ああ? 何言ってんだ、てめえは弱いままでいるつもりか? 俺が欲しいのは強ぇ奴だけだ』
『この
台本ではその後もいくつかセリフが書かれていたはずだが、残念ながら細かいところまで覚えていない。仕方がないので漫画にある決め台詞を吐いて振り返る。
監督らが苦笑いしているのが目に入るが、とりあえず気にしない。そのまま立ち去れば良いはずだ。
「はいカットー」
「セリフ、思い切りすっ飛ばしたね」
「いや、一度読んだだけで覚えられる天才じゃないですよ」
笑いながら言われるが、無理なものは無理だ。ベテラン俳優ならば一発で覚えられるのかもしれないが、少なくとも今の私にはそれはできない。
それよりも気になることがある。
「その槍、壊しちゃったけど大丈夫ですか?」
「これくらいは想定内です。怪我がないなら全然問題ありません」
小道具担当は予備の槍は何本かあるというが、それはやり直せということだろうか?
「監督としては如何ですか?」
「想像以上のバケモノで驚いたわ」
「バケモノ呼ばわりはやめて頂きたい」
そんな冗談は置いておくとして、映像を確認して不自然に見えなければそのまま使おうということである。
そして、確認している間に私は必死に台本を覚える。
「うーん、あっちは本番もあんな感じなんでしょうかね? 私が口出ししちゃって大丈夫と思います?」
「確かにさっきの伊藤くんのと比べると、ショボく見えなくもないね」
土井副社長に聞いてみるが、良いよとは言われない。まあ、決定権があるのは監督とか映画側の偉い人なのだろう。
ぞろぞろと戻ってきた監督らに尋ねてみると、方向性によるという何とも難しい答えだった。
「二人とも動きが遅いんですよ。速度の
「後乗せの
「でも、ちょっと変えれば、雰囲気一変しますよ?」
そうまで言うなら、と少しだけ口出しさせてもらえることになった。
「
「
構えと刀や槍の振り方を教えてやると、二人とも動きが格段に良くなる。というか、派手な技の応酬がしやすくなる。
その分だけスピード感と緊張感が増し、映像の迫力が出る。
軽く練習してから再度リハーサルをして、その後本番の撮影だ。その間、私は奥で台本と睨めっこである。
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