第16話 お宝ざます!

 持ち主が満足に口をきけないこともあり少し手間取ってしまったが、無事に金庫の扉は開いた。さすがに私でも、金庫をぶった切って開けることはできないため、鍵やダイヤル操作の方法は聞き出さなければならない。


「おお、思ったよりも貯め込んでいるじゃないか」


 苦労した甲斐があるというものだ。中には札束がいくつもある。数えてみないと正確なところは分からないが、見た感じでは一束で百万円くらいだろう。それが二十四ある。


「ほら、取り分だ。これだけあれば、どこか遠くに引っ越して生活を立て直すくらいできるだろう」


 そこらに落ちていたコンビニの袋に札束を入れていき、最後に二束を放り投げてやる。この下っ端は、チンピラをやるのに向いていない。怖い思いをしたくなければ真面目に生きていた方が良いだろう。


 それに、口止めの意味もある。ただ怖い目に遭うだけではなく、少しくらい旨味を持たせてやった方が黙っていようという気になるはずだ。



 その後はドライヤーで服を乾かし、三十分ほどして寝室に持って行くと既に宮永さんは目を覚ましていた。


「見た感じ、大きな怪我をしている様子ではないが身体は平気か? 服を取り返してきたぞ」


 ベッドの上で毛布にくるまり怯えている宮永さんにジャージと下着を投げ渡してやる。靴もゴミのところに転がっていたので、ベッドの脇に並べておいてある。


「……何があったの? よく覚えていないんだけど」

「ランニングしていたらチンピラに襲われて、クルマで拉致されてここに連れ込まれた。まあ、酷い目にあわされる前に私が叩き潰してやったから、安心して良い。あ、そうだ、ちょっと待っててくれ」


 確か玄関の方に野球バットらしきものが見えた気がする。行ってみると、二本のバットが傘と共に立てられていた。そのうちの一本を持っていき、服を着た宮永さんに差し出してやる。


「これで、コイツをぶん殴ってやると良い」

「何で⁉」


 泣きそうな顔で宮永さんは声を上げるが、泣きそうだからだ。今はまだ混乱の最中だろうが、怖い目にあってショックを受けているのは間違いない。


「可能ならば、恐怖は怒りに変えて発散してやったほうが良い」


 床に這いつくばる大男は既に虫の息だが、直接的に止めを刺してしまったら逆に罪悪感が出てしまうかもしれない。生命に関わる可能性の低い尻を狙うことを勧めておく。


「殴るって言ったって……」


 どうにも消極的だが、暴力に慣れていない子ならばこんなものなのだろうか。


「そうだな、よくもやってくれたな! とぶちかましてやれば良い」

「え……と、よくもやってくれたな」


 ばし。


「声が小さい!」

「ええ⁉  ゴホン。……では、よくもやってくれたな!」


 気合いを入れ直して宮永さんはバットを振り下ろす。アイドルを目指しているというし、宮永さんは発声練習も普段からしているのだろう。よく通る良い声だ。


 むしろ、「あおっ! あおっ!」と喜んでいるような声を上げる男の方が気持ち悪い。


「キモい声を出すな、変質者め」

「もう良いよ。ホテルに戻ってシャワー浴びたい」


 宮永さんも汚物を見るような視線を男に向け、バットを放り捨てる。もう二十二時半だし、戻った方がいいのは間違いない。もしかしたら、私たちが戻らないことに土井副社長らが心配している可能性もある。


「ちょっとまって、何してるの?」


 二振りの刀をそのまま持ち歩けば警察に通報されてしまう。二千万円が入った袋と一緒に毛布で包んでいたら宮永さんからツッコミが入った。


「貰えるものは貰っていこうと思ってね。宮永さんも欲しいものはないか?」

「ないよ!」


 チンピラの所有物になど興味はないと、宮永さんはさっさと玄関に向かう。私も刀とお金があればそれで良い。他の貴重品はホテルに置いてあるからチンピラに盗まれているものがあるとすれば、ポケットの中の小銭くらいだ。


「あなたもさっさとどこかに消えろ。間違っても私の後をつけてくるなよ?」

「は、はい」


 小さくなって後ろをついてきていた下っ端にも、早々に去るように命じる。


 建物を出ると、周囲は思ったよりも静かだった。とはいっても、目の前の通りを右に行けば、大きな通りに出るらしい。自動車の明かりが頻繁に行き交っているのが見える。


「あっちに行けばタクシーを拾えるかな? どっち側だと思う」

「そんなの分かんないよ……」


 帰り道が右なのか左なのかも分からない。仕方がないので右からくるタクシーを探していると、ほどなくして空車表示がやってきた。


 行き先を告げると嫌な顔もせずに走りだしたので、それなりに距離があると思っていたが二千五百円も取られてしまった。宮永さんがお金の心配をしていたが、二千万円もふんだくってきたので心配はいらない。


「ええと、こっちだよね」


 タクシーから降りた場所は地下鉄駅の最寄りの出口ではないが、ランニングで走っていた道沿いであることは間違いない。二人で確認しながら歩いていると「あった、あった」と見つけることができた。


「こんな時間までどこに行っていた? 軽くジョギングじゃなかったのか?」


 ホテルに入ると、フロントの隅から土井副社長がやってくる。その横には二人の男性、やはり心配されてしまっていたようだ。


「あー、説明、必要ですよね」

「当たり前だ」

「私が話しておくから、宮永さんは部屋に戻っていていいよ。あ、荷物お願いしていい?」


 土井副社長は少し不愉快そうな顔をするが、宮永さんに思い出させたり話をさせるのも良くないと思う。誰だって、酷い目にあったことを語りたくなどないものだ。


「端的に言えば、チンピラ数人に襲われましてね」

「はあ? 大丈夫なのか?」

「大抵の奴らなら私の方が強いですよ。問題は宮永さんが一緒にいたことです。相手は複数人でしたし、目の前の一人や二人を殴り倒すよりも一緒に連れていかれる方が良いと判断しました」


 さらわれる宮永さんを無視して、一人だけ助かろうとすれば造作もなくできたことだ。しかし、それでは急いで通報したところで宮永さんが酷い目に遭うのは避けられないだろう。


 最終的にマンションの一室に連れ込まれたが、そこにいた連中すべてを叩きのめして帰ってきたところだと簡単に説明すると土井副社長らは揃って頭を振る。


「警察に通報は?」

「連れ去られたマンションの場所も分からないのに通報しても仕方がなくありませんか? 私も宮永さんもこの辺の土地勘なんてないし、どこだったのか分からないですよ?」

「それで、どうやってここに戻ってきたんだ?」

「タクシーでそこの地下鉄駅までこれば、あとの道はわかります」

「くっそ、何でそこまで冷静なんだよ?」

「チンピラに絡まれるのは慣れてますから」

「慣れるなよ!」


 息荒く叫ぶが、心配してくれていたのだ、悪い人ではない。


「ご心配おかけしてしまい、申し訳ない。おそらく、同じ道を何度も通ったことも失敗の一つなのだろう。考えが浅かった、反省している」


 一人ではないのに、あまりにも無防備だった。いつものように、何かあっても返り討ちにしてやれば良い、という考えではいけなかったのだ。


「いや、だから何でそんな冷静なのよ?」

「あの、怖かったとかないんですか?」

「それはない。ただ、宮永さんに怖い思いをさせてしまったことは本当に申し訳ないと思っている」


 本当に心からの言葉なのに、何故か土井副社長たちは胡散臭そうに睨んでくる。


「他には何もないのか? そうだ、あの荷物は何だ? ジョギングに何を持っていったんだ?」


 土井副社長はなかなか鋭い。私が隠しておきたいところを的確に突いてくる。まあ、毛布の包みは見るからに怪しいのだけれども。


「チンピラの部屋にあった模造刀を頂いてきました……」

「はぁ⁉」

「何やってんの⁉」

「どんだけだよ!」


 渋々白状すると、三人で素っ頓狂な声を上げる。これが非常識な事だというのは私にも分かる。お金も頂いてきたことは言わない方がいいだろう。


 そして、大きな嘆息の後、土井副社長は警察に通報すると告げた。

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