第17話 警察とともに

 通報から二十分ほどで警察官が六人もやってきた。別にここにはチンピラどもはいないし二人も来れば十分と思うのだが、現場まで案内してくれというのが人数を用意した理由のようだった。


「半グレにさらわれたというのは……?」

「私だ。もう一人いるのだが彼女は私ほど図太くないんだ、休ませてやってくれ。」


 私は精神的にも肉体的にも全くダメージなど受けていないが、宮永さんはそれなりにショックを受けているはずだ。一応、仕返しはさせておいたため軽減はされているだろうが、それで完全に吹っ切れているとも思えない。思い出したくもないことをほじくり返されれば、気分のいいものでもないだろう。


「全員、無事に戻っているのですか?」

「そうですね」


 警察官たちは拍子抜けしたような顔で息を吐く。まだ捕まったままの子がいるという前提で動いていたのだろう。念のためを考えれば、当然と言えば当然だ。だが、被害者が無事に帰ってきているからといって警察の仕事は終わりではない。被害の状況についての説明を求められる。奴らにも仲間がいる可能性があるし、他の被害者も恐らくいるだろう。


 先ほど土井副社長らにも説明したが、同じことを面倒だと言っていては話が進まない。ランニング中にいきなり立ち塞がられ、クルマに押し込められたところから説明する。


「クルマに押し込まれたというのはどのあたりですか?」


 一通りの説明が終わってから、警察官は現場について尋ねてくる。過去だけではなく、今後のことを考えるのにも実際に狙われた場所というのも大事だろう。治安を考えれば、犯罪が起きた場所はそのままにせず犯罪が起きづらいよう防犯カメラや街路灯を設置したりすることも必要だ。


「そこの道路をええと。……紙とペンはありますか? 口で説明するより、図に書いた方が早い」


 紙を受け取ると、現在のホテル、立ち寄ったローソン、道沿いにあった公園と紙に描いていき、通り過ぎた交差路を加えていく。


「では、現場を確認してきます」


 そう言って二人の警察官がホテルから出て行ったが、それには私が同行する必要はないらしい。むしろ、拉致されていったマンションの場所を思い出してくれとうるさい。まあ、そちらを押さえるのも大切なのは言うまでもない。


「そちらは難しいな。帰りのタクシーでは外を見る余裕はあったが、道順を覚えようとしていたわけではないからな。ここで思い出そうとするよりも、実際に行った方が早いと思う」


 あの現場に一緒に行くとボロを出しそうで怖いが、この流れでは断るのも難しい。何人かは既に息絶えていると取り調べを免れないだろうが、複数の男が銃や刃物を持ち出している以上は手加減などしている余裕などなかったと言い張ればどうにかなるだろう。


「ええと、次の次の信号を右ですね。あれ、曲がれない?」

「一方通行だね。もう一本向こうから行くけど、分かるかな?」

「難しいな……」


 パトカーで走り出してみると、思った以上に難しい。一方通行という罠のため、タクシーの通ってきた道をそのまま引き返すこと自体ができないのだ。途中で少し迷いながらも、一時間ほどパトカーで走ってやっと目的地のマンションに着いた。


「これで間違いない。八階だ」


 特にオートロックマンションというわけでもなく、正面から普通に入ってエレベーターに乗れる。そして八〇一号室の前に着くと警察官はインターフォンを押す。


「すみませーん。夜分失礼します、警察ですがちょっとよろしいでしょうか」


 よく似た別のマンションと勘違いしている可能性も無きにしも非ずだ。間違えて別の部屋に踏み込むようなことがあれば、ニュースに載ってしまうだろう。しかし、何度か押してみても返事はない。試しにドアを引いてみると、鍵は掛かっていなかった。


「お邪魔します、警察でーす」


 言いながら警察官は玄関に入る。私も続いて入り、横を見ると金属バットとバールが立てられている。これは間違いなくチンピラグループの部屋だ。靴を脱いで奥の左の扉を開けると、警察官は「うわっ」と声を上げる。

 目を覚ました男が襲い掛かろうとしてきたのかと思ったが、そうでもないらしい。


「これが正当防衛? そうは見えんぞ」

「いや、正当防衛ですよ!」


 断定こそしないものの、私の正当性を否定する警察官の言葉には抗議の声を上げる。現場で警察官に「仕方がない」と思われない場合、正当防衛を認めさせるのには手間がかかってしまう。誤解があるならば、できるだけ早くに解かねばならない。


 マンションの状況についての説明はパトカーの中でしてある。隙を見て逃げたのではなく、その場にいた全員をぶちのめしてきたことは警察官の二人は知っている。そして、倒れた相手に対し敢えてとどめを刺すなどの必要以上の攻撃を加えてはいないことも言ってある。コウノとかいう大男だけは例外だが、そちらは別途説明すれば良い。


 と思っていたのだが、ドアからリビングをのぞいて私も驚いてしまった。


「何だこれは? まってくれ、私じゃない! これは違う」


 経過した時間から考えて、一人は死亡してしまっている可能性が高いと思っていたが、どう見ても五人全員が死亡している。しかも、死体の状況は私の記憶とは全く違う。

 慌てて弁明していると土井副社長も「何があったんだ?」と覗こうとする。


「見ない方がいい」

「これを見て平気でいられる君は、やはり疑わざるをえないのだが」

「どういうことなのか、説明してくれるか?」


 前からも後ろからも声をかけられて面倒だが、まずは土井副社長だ。芸能事務所の副社長が殺人現場に慣れているということもないだろう。


「一言でいえば、凄惨な殺人現場だ。二、三日は眠れなくなると思う」


 ぶちのめした全員が刃物で何か所も刺されているようで、血まみれの状態でソファや床に転がっている。流れ出た血は床に広がり、青白い照明の下で黒々と染みを作っている。


 この状況は想定外すぎる。警察官が一人ひとり確認していくが、五人全員すでに脈もないという。急いで119番に掛けるが、助かる見込みは無いだろう。


「ここを出てから二時間も経っていない。その間に敵対者でも来たのか? いや、仲間の口封じ? そうだ、奥に寝室がある。そっちはどうなっている? もう一人、倒れているはずなのだが。ただし気をつけてくれ。これをやった犯人が未だ潜んでいる可能性もある」


 自分が焦っているのが自分でも分かる。これは非常にまずい状況だ。どう見ても殺人行為の結果であり、正当防衛が通るとは全く思えない。であるにもかかわらず、私ではないとする根拠を示すことができない。

 とりあえず弁解よりも確認だ。玄関ホールから廊下を奥に進んで寝室へ行く。証拠隠滅を疑われることを考えると警察官を先に行ってもらうが、本当に犯人が潜んでいた場合には私も対応できるよう身構えながら進む。


 誰も潜んでいなくとも、別の者が侵入した痕跡を探すのが第一だ。それを発見できれば、私の疑いなどすぐに晴れるはずだ。


 もしかしたら臆病な下っ端が戻ってきたことも思い浮かんだが、可能性としては低いだろう。そんな度胸があるならば、私がいるうちに何かしているはずだ。


「こいつはコウノカオルか! こっちも酷いな」

「あ、すまん。それは私だ……」


 寝室で倒れている大男を見て警察官が声を上げる。この男は前科があるのか、警察官は顔を見ればすぐに分かるらしい。

 床に倒れた大男は両手両足を潰され眼にも傷を負っている。そのすべては私がやったことで間違いない。それに関しては敢えて嘘を吐く必要はない。後で再度説明したときに食い違いが生じてしまう方が問題だ。


 しかし、より重要な問題がある。寝室内の状況も、私の記憶とは少々違うのだ。


「あれは何だ?」

「クローゼットか? 随分と荒らされているな。これは金庫か?」

「それは知らない。私じゃない。本当に知らない。クローゼットなんてわざわざ開けたりしない。私の指紋をとってくれてもいい。そこから出てくることはないはずだ」


 警察官に疑いの目を向けられるが、本当に知らないものは知らないとしか言いようがない。あまり引っ張り出したくはないのだが、寝室の金庫に関しては宮永さんも証言してくれるだろうと思う。


「この金庫には何が?」

「知らん。そこに金庫があるなど今知ったくらいだ。私が知っているのは、この部屋に宮永さんと一緒にここに拉致されてきたことだけだ。このベッドには私と宮永さんの痕跡が残っているはずだ。毛髪など落ちていないか?」


 それが出てこなければかなりまずい。どうしようかと焦っていたが、枕や毛布を調べると、女性のものと思しき髪が何本か見つかった。これで少しは私の話を信じてくれる気にもなるだろう。


 私が武術を嗜んでいることも、互いに素手で一対一ならばそこらのチンピラや破落戸ごろつきごときに負けたりはしないくらいに強いこともこの場で言ってしまう。下手に隠そうとするよりもそちらの方が印象が良いはずだ。


 そのうえで、私の弁解は一つしかない。


「私は、あんな殺し方はしない」


 相手が暴れている限り攻撃の手を緩めることはしないが、滅多刺しなどという素人臭いやり方はしない。何かあって拷問することはあっても、殺す目的ならば急所への一撃で確実な死を与える。


「君は変なところにプライドを持つんじゃない! 止めを刺すんじゃない! 拷問するな! 人を殺すな!」


 私の説明に対して警察官は握った拳をブンブン振って声を大きくするが、今は私を説教する時間ではないだろう。


「そんなことよりも、金庫から何を持って行ったかですよ。価値のあるもの、あるいは隠したいもの。麻薬? 銃? そうだ、拳銃はどうなっている?」


 寝室からリビングに戻って確認するも、床に転がっていたはずの拳銃は見つからない。部屋を荒らし、止めを刺してまわった者が持ち去ったに違いない。


「本当に拳銃なんて持っていたのか?」

「少なくとも、撃たれた痕跡ならそこにある」


 頑張って探さずとも、リビングの壁に四つの黒い跡があるのは見ればわかる。近寄ってみると、そのうちの二つには弾丸が壁に埋まっていた。


「間違いなく弾痕だな、署に連絡を」

「こっちは弾がないぞ? どこに行ったんだ」

「足下右の方に転がっているのがそうじゃないか?」


 言いながらも警察官たちは弾丸を回収して袋に入れる。リビングに戻り銃を取り出していた引き出しのあたりを調べると、未使用の銃弾が何発か出てきたが、銃そのものはやはり見つからない。


「銃の本体は見つからんが、ここで銃が使われたのは間違いがなさそうだな」

「そちらの灰皿も調べておいてほしい。私の知る煙草とは全く違う臭いがしたので気になっていたんだ」

「灰? 大麻だってのか? 臭いじゃ……、分からんな」


 リビングは酷い悪臭で満たされている。警察官は灰皿に鼻を近づけてみるが、五人が滅多刺しにされ血まみれの状態で死んでいる横で、何かを嗅ぎ分けるなんて到底できそうになかった。

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