第11話 アイドルになろう!〜面接〜

 午前十時十分。

 被害届を出し、面接会場の最寄り駅に着いた時には、約束の時間は既に過ぎていた。

 もちろん、事前に遅れる旨の連絡はしてある。


 痴漢を警察に突き出しているから遅れる、と言うとやたらと心配され「そちらに行こうか」などと申し出られてしまったが、遠慮しておいた。

 私にだって分別というものはある。面接で合格もしていないのに、そんな迷惑などかけるわけにもいかないだろう。


 地図を確認しつつ地下鉄の出口を出ると、周囲は似たようなビルばかりだ。

 さて、目的地であるダイアナスタジオとやらはどこだろう。どのビルも分かりやすいところに看板等が出ていないのだが、何故なんだ?

 デザイン優先だとでも言うのだろうか? その割には無骨な印象の建物ばかりなのだけれども。


 郵送されてきた案内によると、ダイアナスタジオは地下鉄の出口からすぐ近く、見える位置にあるはずなのだ。

 きょろきょろと見回していると、「ビーディープロモーション」とかいうフレーズが耳に入ってきた。それは私の探しているやつだ。


 振り向いて見てみると、ちゃらっぽい男が芸能人だかモデルだか言って女性を勧誘しているようだ。


「すみません、ビーディープロモーションの方ですか? ダイアナスタジオってこの辺ですよね? よく分からないので案内していただいて大丈夫です?」


 丁寧に声を掛けたつもりだが、不機嫌な顔をされた。ちょっと横から声を掛けただけでそんな顔をしなくても良いだろう。


「すぐそこのビルだよ……」

「すぐそこってどれですか?」


 そこと言われても、分からないから聞いているのだ。すぐそこなら案内してくれてもいいではないか。用があると言う客に丁寧に応対した方が勧誘される人に対しての好感度も上がるだろうに、何故そんなにつっけんどんな態度を取るのだろうか。


「チッ…… 仕方ねえな。まあ良い、こっちだ」


 こうまで態度が酷いと、なんか胡散臭そうなのだがだが、とりあえずついて行く。と言うほどでもない距離、本当にすぐそこのビルの中に入りエレベーターに乗ると5Fのボタンを押す。

 何故か、声を掛けられていた女性も一緒に付いてきている。彼女も芸能人に興味があるのだろうか。


 エレベータを下りると、「ボディーブローモーション」と書かれたパネルが目に入った。奥の方には、男に腹を殴られて蹲っている女性の写真がある。

 あ、これ、ダメなやつだ……


 取り敢えずスカウトの男にボディブローを放って黙らせると、エレベーターに引き返す。

 私の打撃能力を侮ってはいけない。剣術には掌打も拳打もあるのだ。剣術とは、剣を主な武器として敵を殺傷する技術群のことだ。ただ刃で斬るだけではない。


「え? え? どうしたの?」


 一緒についてきた女性の方が状況を飲み込めていないようで、戸惑いながらきょろきょろしている。


「ここ、芸能事務所じゃないし。ビーディープロモーションに用があるなら別だよ……」


 そう言うと彼女も慌ててエレベーターに乗って来た。



 一旦ビルを出て、隣のビルに入ってみると、目的のビル名のプレートが見つかった。

 これ、外に出しておいてよ、と思うが何か問題でもあるのだろうか。


 たしか、案内には2Fに受付があると書かれていたはずだ。横手の階段から向かってみる。


「本日、九時半より面接の約束をしています、伊藤芳香と申します。大変遅くなりまして申し訳ありません」

「ああ、伊藤さん。お待ちしておりました。そして、そちらの方は……」

「えっと、面接に来た宮本香苗です」


 おや、この人も面接だったのか。ひょっとしてライバルというやつなのだろうか?

 宮本さんは十時半からの面接で、ちょうど良いくらいの時間に着いたようだ。さっきの変なのに引っかかっていたら間に合わなかっただろうけど。


「では、こちらへ」


 と案内され、すぐに私の面接は開始された。

 反応は、概ね良好、とは言い難い。


「なぜ、アイドルを目指すのか?」

「特技はあるか?」

「一番親しい友人はどのような人か?」

「恋人はいるのか?」


 まあ、だいたいは予想通りの質問なのだが、正直に答えると面接官の表情が段々と苦々しいものへと変わっていくのだ。

 私はそんな変なことを言っているのだろうか。不安だ。


「キミさ、正直に答えて欲しいんだけど、何でアイドルになろうと思ったの?」

「お金が欲しいからです」


 正直に答えたら、机をバン! と叩かれた。

 え? ダメ? 職に就くのって基本的にお金が欲しいからだと思うんだけど、違うのかな。


「ええと、もうちょっと回りくどく建前を言いますとですね、私が最も得意としていることは剣術なんです。が、普通に考えれば、それを職業にするのは絶望的だと思っています」


 言い訳、というわけではないが、端的過ぎても伝わらなかったりするので、説明して納得してもらえるならそれに越したことは無いのだ。


「まず第一に、剣術道場を開いても、門下生なんて集まらないことが簡単に予想されます。最低でも私自身の知名度が不可欠です」

「なるほど。それでアイドルで名前を売れば、道場に来る人もいるかもしれないと」

「ええ。そして、第二に、今の環境では上達の限界が見えてしまっていることがあります。環境はお金で買えます。が、そのお金がありません」


 私の言葉に面接官の三人はそろって「うーん」と唸り込む。


「必要なお金が稼げたら、『私に会いたかったら道場に来てね』ってアイドルは辞めちゃうってこと?」

「いえ、先ほども申し上げたように、知名度も欲しいところですので、すぐに辞めてしまうつもりはありません」

「アイドルだって知名度無かったら稼げないからね? それなりのお金が手に入るっていうことは、それなりに知名度があるって言うことだ」


 なるほど。言われてみれば確かにそうだ。アイドルとか芸能人とかあまり興味が無かったから深く考えていなかったが、考えなさ過ぎたか。

 彼らだって、お前たちは踏み台だ、と言われたら良い気はしないだろう。もうちょっと言葉を選ぶべきだったか。

 いつまでも言葉のコミュニケーションは苦手だと言っている場合でもない。反省が必要だろう。


「ところで、歌やダンスはできるの? ここまで一切アピール無い人も珍しいんだけど……」

「音痴ではないと思っています。ダンスは……」


 なかなか言い方が難しい。私が踊った経験と言えるの盆踊りだけだ。体育のダンスは、私はやっていない。

 だが、舞と名がつく中で一つだけ自信があるものがある。


「剣舞ならできます」

「ケンブ?」

「剣の舞、英語に直訳するとソードダンスですけど、ダメでしょうか?」


 なんか揃って渋い顔をされた。唸りながら互いに顔を見合わせる。

 まあ、アイドル目指していて剣舞ができる子は、そういるとは思えないし、予想外の答えだったのだろうが、そこまであからさまに嫌な顔をするほどのことなのだろうか。


「ま、まあ、後で見せて貰えば良いんじゃないかな?」


 気を取り直したように、金髪のオジサンが言う。

 面接の後は、午後から歌とダンスの実技試験がある予定だ。その時に披露してくれと言うことらしい。


「じゃあ、最後に一つ。伊藤さんは学校の勉強はできるの? アイドルと学業の両立はできると思っている?」

「成績は学内でトップですし、既に高校までの勉強はほぼ終わっているから問題ないと思います。正直、学校に行く時間がもったいないくらいです」

「学年トップなの!?」

「ええ。一年の時から試験ではずっと満点です」


 剣術をやっていると言うと、オツムが足りないとか脳ミソ筋肉みたいに思われたりするが、私は勉強は比較的得意な方だ。


 というか、剣術を極めるにはいろいろ学ばなければならないことも多い。学校の勉強くらいできなければ話にならないのだ。

 私には道を指し示してくれる師匠はいない。

 そのハンデを乗り越えるために、知識は不可欠だと思っている。

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