第12話 アイドルになろう!〜歌唱試験〜

 面接が終わると、午後からはダンスや歌の実技試験とのことだが、お昼ご飯までは練習しているようにと言われた。


 特に、歌唱の方は課題曲があるので、歌えるようにしっかりと練習しておくよう念を押された。

 一時間や二時間で覚えた物を見て分かるのか疑問があるが、その理由でダンスは固定の課題は無いらしい。


 歌の練習は個人用の部屋で行うようだ。

 いくつもの使用中の札が並ぶドアを過ぎて、未使用のドアを開ける。


「何か、用?」


 茶髪の女の子が振り向き、非難するような目で言う。


「いや、未使用のままだし。入って欲しくないなら使用中にしておいてよ」

「ノ、ノックくらいしなさいよ!」


 私が札を指しながら指摘すると、茶髪ちゃんは顔を真っ赤にして怒鳴る。その表情が無駄にカワイイ。さすがはアイドルを目指すだけのことはある。

 だが、使用中ならともかく、未使用の札のドアをノックするものなの?

 というか、音楽掛けて歌の練習をしていたらノックの音なんて聞こえないんじゃない? それでも聞こえる叩き方は私はできるけど、ドアが壊れかねない。


「失礼つかまつった」


 言い争うのも面倒だし時間の無駄なので、さっさと部屋を出てドアを閉める。


 隣の未使用の部屋は本当に空室のようで、ノックしてみても返事は無かった。

 開けて覗いても誰も居なかったので、札を使用中にして中に入る。


 練習用の小部屋は三畳あるかどうか、という広さ。小さいテーブルの上にCDプレーヤーがあり、向かい合うように椅子が二脚置かれている。


 早速課題曲のCDをセットして聞いてみる。

 音楽のことは良く分からないが、テンポとノリが良い明るい歌だ。

 一曲目が歌入り、二曲目が歌無しのカラオケ版になっている。これと楽譜だけで練習せよということらしい。


 歌はいくつかのパートがある。

 各パートを一生懸命に聞き分けなくても、楽譜があるのだからバカでも分かる。

 私はできるだけ低音のパートが良い。高い声も出せるのだが、よく似合わないと言われるし、私としても低い声の方が出しやすいのだ。



「ちょっと、うるさいんだけど!」


 歌の練習をしていたら、突然、苦情を怒鳴り込まれた。


「うるさいって言われても、歌の練習をしているだけですよ? 隣の音が多少聞こえるのは仕方が無いじゃない」

「オウオウ雄叫び上げるのが歌の練習? ふざけないで!」


 なんて失礼な子だろう。私はちゃんと歌っている。

 他人の練習が気になるのは、単に集中力が無いだけではないか。


「他人のことをゴチャゴチャ言っている暇があるなら、自分の練習に集中していた方が良いよ?」


 私としても、それ以上取り合う気にならない。

 まだ歌詞を全部は覚えていないのだ。面倒な人の相手をしている場合ではない。


 クレーマーを部屋から追い出して、歌の練習を再開する。



 十二時半になると、スタッフのひとが昼食の報せにやってきた。

 地下の食堂に用意していると言うことなので、ぞろぞろと階段を下りて行く群れについて行く。


 セルフサービスの食堂で出てきたのは焼魚定食だった。鯖の塩焼きが半身に、いんげんの煮物、ホウレンソウの御浸しに、豆腐の味噌汁という、年寄り臭いメニューだ。


 私は大変に不満である。

 そう、量が少ないのだ!


 そして、煮物に椎茸が無い! ふざけるなと言いたい。声を大にして言いたい。

 御煮付けと言えば干椎茸が基本だろう。インゲンがダメとは言わないが、椎茸が無いのは許し難い。

 しかしながら、文句を言ったら椎茸が出てくるわけでもないだろう。不機嫌丸出しで空いている席を探す。


 奥の方に誰もいないテーブルがあったのでそこで食べ始めたら、何やら人がやって来た。


「ここ、良いかい?」


 にこやかにそう声を掛けてきたのは、先ほどの面接官のひとりだ。

 私が返事をする前から面接官のオジサンたちはどかどかと座っていく。


「随分不機嫌そうだね。誰も近づいてこないじゃないか」


 金髪のオジサンが私の不機嫌オーラを無視して話しかけてくる。


「お腹が減ると、機嫌が悪くなるのは人類共通です」


 とりあえず、お腹が減っていることにしておく。だが、金髪オジサンは納得がいかないようで、ジットリとした目で睨んでくる。

 睨み合いなら私は負けない。傲然と睨み返していると、横から笑い声が上がった。


「怖ッ! すげえ負けず嫌いだな」

「そりゃどうも」


 その後、何と言葉を返せば良いのかと思案していたら、金髪が目を逸らしながらポツリと呟いた。


「コイツ絶対、友達いねえだろ……」

「先ほどの面接でそう言ったはずですが、覚えていないのですか?」

「あれ、そうだっけ?」


 ツッコミを入れるも、金髪は悪びれずもせずに言う。こんなやる気があるのか疑わしい人に面接とかさせないでほしい。


「ごめんね。朝から十八人も面接してたら、どれがどの子か、もう覚えてられなくて……」

「エントリーシートにはちゃんと書いてるから大丈夫だよ」


 そんなんで大丈夫なのか、と不安になっていたらロン毛オジサンと丸っこいオバサンが補足してくれた。


「本当ですか? 実は合格する人は最初から決まってるけど、表向きは公募オーディションにしておこうとかそういうことなんじゃないですか?」


 私の不穏な言葉に、近くのテーブルの子が振り返ったりしている。

 まあ、自分が最初から決まっている、と分かっているわけではないならば、気になるのは当然だろう。

 基本的に私以外の子たちは、みんなアイドルになりたいはずなのだ。


「それは無い。大丈夫。ちゃんと見て採点する」


 必死に否定するが、その慌て方がなんか怪しいようにも思える。

 まあ良い。これで私の印象は強くなっただろう。インパクトは重要だ。


「君はそれ以上インパクト上げなくて良い。今警察にいるから面接遅れるとか言ってくるのって、ありえないから! マジ吃驚だから!」

「そうそう。いきなり痴漢捕まえたとかってインパクトでかすぎ」


 上手く話題を変えられたようだ。

 それから何故か痴漢の話題でお昼の時間は終わった。



 午後からの歌の試験は、楽譜は見ながらで良いとのことだ。

 頑張って歌詞を覚えたのに、拍子抜けである。

 楽譜を見ながら歌えるなら、そう大きな問題は無い。

 通された試験用の部屋は、練習用の部屋と広さは同じくらいだが、テーブルや椅子は無い。ドアから入って右手側の壁の一面がガラス張りになっており、向こう側にオジサンたちがいる。部屋の中央にマイクが置かれ、そのすぐ横にヘッドホンが掛けられている。


「準備は良いかい?」


 ヘッドホンを着けると、オジサンの声が聞こえた。


「オーケーです」


 答えると音楽が流れ始める。それに合わせて歌うだけなら大したことはない。歌詞付きの楽譜を見ながらでも良いのだから、簡単なものである。

 ガラスの向こうにオジサンたちがいるけれど、圧倒されるほどの数の観客の前で歌うわけではない。練習通りに歌うのになんの問題もない。



「はい、お疲れ様」


 歌い終わると、再びオジサンの声がヘッドホンから届けられた。なんか耳元で囁かれているような気がして、微妙に気色悪い。

 が、そんなことを言っていれば不合格間違いないだろう。

 笑顔でガラスの向こうのひとたちに一礼する。ここは大人になることが大切だ、とおもう。


「あ、そうだ。ちょっとシャウトしてみてくれる?」


 ヘッドホンを外そうと手をかけたところで、待ったがかかった。


「シャウト?」

「叫ぶこと。YEAH!! とかあるでしょ? あれ。力いっぱいやってみて」


 力いっぱい、となるとちょっと不安がある。私が言葉を鵜呑みにしたら、怒られるパターンだ。


「本当に、言葉通り、力いっぱい、やって良いんですか?」

「ええ、どうぞ。手加減しないでお願い」

「本当に良いんですね?」


 しつこいくらい念を押して確認すると許可がでたので、大きく息を吸い込み、裂帛の気合いを声に込める。



「あの、大丈夫ですか……?」


 呆然としたオジサンたちに声を掛けるが、反応がない。


「あの、もしもーし」


 やっぱり反応がない。と思っていたら、勢いよくドアが開けられた。


「アンタ、やりすぎ! マイク壊れちゃったじゃない!」


 女性の音響スタッフのひとが、鬼のような形相で私を責めるように言う。


「だって、手加減するなって、力いっぱいやれって言われたから……」

「だからって、限度というものがあるでしょう!?」


 ほら、怒られた。


「そんなの知らないですよ。力いっぱいやれ、なんて言われなければ手加減しますから」

「あんなバカみたいな声出すとは普通思わないでしょ!」


 バカみたいな声を出すから確認しているのに、なんと言う言い草だろう。

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