第3話 二人目の犠牲者

 吉田先生が死んだ。らしい。

 って、何で? 死ぬほどの怪我じゃあなかったでしょう?


 また、怪我人が死ぬまで放置したのだろうか。そうなのだとしたら、養護教諭なり校長なりが殺人罪で起訴されるのではないだろうか。


「伊藤、ホームルーム終わったらちょっと校長室に来てくれ」

「ええ〜? 嫌です」

「そんなことを言わないでくれよ。頼むよ」


 代理でホームルームに来た副担任の高原たかはら先生に頭を下げられて、私は渋々承諾した。

 まあ、嫌だとは言ったものの、私にも聞きたいこと言いたいことがある。先生方も事情がよく分かっていないのだろう。また、勝手な憶測で殺人犯に仕立てられても困る。



 高原先生に四の五の言っても仕方が無い。ホームルームが終わり次第、校長室へと向かう。

 ノックしてドアを開けると、そこには先客がいた。


「何か用事ですか? 大事な話の最中ですので、後にしていただけますか?」


 そう言ってきたのは、確か、副校長だ。名前は……、ええと、覚えていない。


「おそらく、その件で呼ばれたんだと思うんですが」

「ああ、三年五組の」

「はい、伊藤です」


 名乗ると席を勧められたので、大人しくソファーに座る。

 私は、この、いかにも応接用といった感じの座面の低いソファーが苦手だ。特に、スカートでの上品な座り方というのが分からない。


「貴女が吉田昌樹さんに危害を加えたという生徒ですか?」


 対面に座る四十代くらいの男性が、名乗りもせずに失礼な質問を投げてきた。


「危害を加えた、などという言い方をされるのは非常に不愉快なのですが。言葉に気を付けていただけませんか?」

「人が亡くなったというのにその言い方はなんですか!」


 副校長が怒り出した。またですか。この学校にはまともな教員がいないのだろうか。揃いも揃って非常識な人たちばかりだ。


「何をおっしゃっているのか分かりません。誰かが死んだら私のせいなんですか?」

「ああ、済まないな。そのときの状況を聞きたいんですよ。いまは、具体的に何が起きたのかを確認している段階なんでね。気を悪くしたら済まなかったね」


 斜向かいに座る白髪混じりの男性が遮るように言う。まあ、ここで私と副校長に言い争いを始められても困るだろう。反省。


「ところで、こちらの方々はどちら様で?」


 隣に座っている副校長に向かって尋ねる。


「ああ、申し遅れました。私は北海道警察の青木大輔、こちらは小森。よろしくお願いします」


 年配の方が答えて、警察手帳を提示すると、小森さんもそれに倣う。


「三年五組、伊藤芳香です」


 私も改めて名乗り、座ったまま一礼してから昨日の顛末について語り始める。


「時は二〇一七年五月十一日、九時十分ごろ。それは一時間目の国語の授業の最中でした……」


 吉田先生が授業に乱入してきたこと、朝のホームルームを途中でボイコットしたこと。それらを漏れなく丁寧に説明する。


「もういい、分かった分かった……」


 第二章 球技大会編に入ろうというところでストップがかかった。

 亡くなったメグミとかいう二年生のことは説明しなくても良いのだろうか。


「つまり、正当防衛ないし不幸な事故だと言いたいのだな?」

「無論、正当防衛です。彼が突然掴みかかってきたりしなければ、私も振り払おうとすることもなかったのですから」

「伊藤さんが殴りかかったのではありません。むしろ吉田先生が殴りかかろうとしたところに抵抗しようとしたように見えました」


 横から荒木先生も証言をしてくれている。良かった。この先生はまともなようだ。


「そして、そのあと。もう一つ大事なことがある。吉田昌樹さんが気を失ってからはどうしました?」

「保健室に運ぼうかと教室の外に出たところで、養護の先生に来ていただいた方が良いかと気づきまして、それで、佐々木くんに呼びに行ってもらいました。校長先生と山下先生がいらしたのは、ちょうどそのころです。その後は、授業に戻れと言われましたので、先生方にお任せして教室に戻りました。ですので、それ以降のことは分かりかねます」


 言い終わってから校長先生の方を見るが、特に変な反応はない。

 若干の嘘が混じっているが、バレることはない。

 実は吉田先生を廊下に運び出した後のことは考えていなかった、なんてワザワザ言う必要はない。保健室に運ぶつもりだったことにすれば良いのだ。そんなことは誰にも分からないのだから。


「なるほど。その後はどうされたのですか?」

「ああ、こほん。伊藤くんはもう教室に戻って良いですよ」


 突然、遮るように校長先生が退室を促してきた。だけど、このタイミングでそんな言い方をするというのは、私に都合の悪いことを言いますよと宣言しているのと同じではないだろうか。


「いえ、私もお聞きしておきたいです。先日の球技大会の件と言い、この学校の傷病者への対応は生徒の目から見ても大いに疑問がありますので」

「ほう。それはどういうことですか?」


 私の言葉に興味を持ったようで、青木さんが身を乗り出してきた。


「単純な話です。私には吉田先生は命を落とすような怪我をしているようには見えませんでした。それがどうして亡くなるような結果になったのか、その理由を知りたいですね」

「君には関係ないだろう!」


 私が言い終わらないうちから、副校長が被せてきた。


「もう授業時間だ。生徒は教室に戻りなさい」

「大丈夫です。私は理科は得意ですので、心配には及びません。そんなことよりも、怪我人への対応はどうすることになっているのか、是非ともご説明いただきたいのですが」

「君には関係のない話だ!」

「関係ないわけがないでしょう? 球技大会でも昨日の吉田先生でも、救急車を呼んでいないですよね。私が大怪我をしても保健室に放置するだけで、救急車も呼んでいただけないということですか? その心配が私には関係ないというのはどういう理屈ですか?」


 私の言葉に、警察の二人の表情が険しくなる。


「二人が亡くなったのは本当に事故なんでしょうか? 事件性は無いと言うなら、きちんとご説明いただきたいです。警察の方はそこを確認するのがお仕事なのでしょうから、これからご説明するのでしょう? 私が同席することで、何か不都合があるのですか?」


 本音を言うと、私が救急車で搬送されるような事態になる確率は無いに等しいと思っている。けれど、それは私が日頃から鍛錬しているからであって、生徒の中には生まれつき体の弱い子だっているだろう。自分は大丈夫だからといって見過ごすことではないと思う。

 だが、副校長の顔色は悪い。


「余計なことを言うんじゃない! 生徒は黙って言うこ」

「お断りします」


 副校長の言葉を遮り、キッパリと断言する。


「生徒は傀儡くぐつでも奴隷でもありません。するべき自己主張はいたします」


 副校長は顔を真っ赤にして口をパクパクさせている。その向こうでは校長先生が苦虫を噛み潰したようなしかめ面を晒している。


「伊藤さん、あなたの言っていることは間違っていないし、気持ちも分かります。でも、もう少し言い方に気をつけても良いんじゃないかしら?」


 荒木先生に注意されてしまった。気を付けていたつもりだったのだけど、そんなに酷かっただろうか。


「言い方、ですか? 不適切な言葉遣いはしていないつもりですが……」

「言葉というよりも態度の方かしらね」

「……善処します」


 私たちのやり取りに、青木さんが失笑を漏らしている。


「とにかく、生徒としましても、事実をつまびらかにしていただきたいと思います。この期に及んで、隠ぺいしようとか、生徒になすりつけようなどとはしないようお願いいたします」


 私が冷たいとかキツイとかいうことよりも、人の命に関わることの方が重大な問題のはずだ。

 変なことをしないように、ハッキリと明言して、釘を刺しておかねばならない。


「それで、彼女の言っていることはどういうことですか?」


 表情を一変させた小森さんが校長・教頭に向かって問いただす。

 重い空気の中、黙っていることもできずに、校長先生たちはしどろもどろに説明を始めた。

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