第4話 ぐち

「はあ、疲れた……」


 教室に戻った私は机に突っ伏す。ダメだ、授業を聞く気力が残っていない。


 色々とゴタゴタが終わって教室に戻って来たら。もう四時間目である。というか、もうちょっとで四時間目も終わってしまう。なんでこうトラブルばかりが続くのだろうか。もうちょっと平穏な毎日が欲しい。



 それはさておき。

 私が最初に校長先生の長話にツッコミを入れたのは説明を始めて二分も経たない頃だった。



「あの、思うとか思わないじゃなくて、起きた事実を説明していただけませんか?」


 あまりにも鬱陶しいことばかりを言うので、つい口に出てしまう。気が短いと言われるのは分かっている。だが、校長先生の話はイライラして仕方がない。


「大丈夫だと思った」「眠っているだけだと思った」


 とにかくそんなことを繰り返すのだ。

 そうじゃない! と怒鳴りたくもなるだろう。何を見て判断したのか。その説明を求めているのだ。

 生徒と物理的に揉めて気を失う結果になったという前提をふまえて、それで何をしたのか。外傷がないかを確認して、呼吸や心拍、血圧を測ってとかそういうことだ。

 それを問いただしたら、「君には関係が無い」とか言い出す始末。


「残念ながら関係があるんです」

「無関係ではないと思うが、君もどちらかと言うと加害者側じゃないか?」


 青木さんも私の立場を正確に分かっていないようだ。


「そうですよ。先生方が抜かりの無い対応をしていたならば、吉田先生の死亡の責任は私にあることになる可能性がとても高いわけです。そうなると、私が殺人罪や傷害致死、あるいは過失致死罪に問われるということですよね?」


 青木さんと小森さんは苦笑いをしながら「正当防衛は成り立つんじゃないか?」と言うが、それは彼らに決定権があるわけではない。実際に裁判をしたら過剰防衛となる可能性もある。


 根本的に、吉田先生の死亡原因は自然死と判断される可能性は無いはずだ。責任は私か学校側、あるいはその両方ということになる。


「何故学校側の責任なんだ! 吉田先生を殴ったのは君だろう!」


 副校長が大声を上げるが、本当に分かっていないのだろうか。責任転嫁したいだけなのだろうか。


「ええと、遺棄致死罪でしたっけ? 職場の管理者は労働者が職場で大怪我や病気をした時にはちゃんと対応しなきゃダメってやつ」

「よく知ってるね、君」

「刑法は以前に読みましたから。全部理解できたわけでも覚えているわけでもないですが。ネットで無料で読めますからね。便利な世の中になったって父が言ってました」

「刑法を、読むんだ? 中学生だろ君」


 中学生だったら法律を読まないとかあるんだろうか?

 ルールを守るにはルールを知らなければならない。知りもしないルールなんて守れるワケが無いんだから。


 そう言って釘を刺しておいたのに、やっぱり言うんだよ。


「管理者が対応しなければダメなんて知らない! 聞いたことが無い!」

「要するに、校長先生は法律なんて守る気が無いから、法律を読もうともしなかった、ということですか? ハッキリ言って悪意しかないですよね、それ」


 私が指摘すると校長先生は顔を真っ赤にして怒鳴り出した。

 そして、あまりにも興奮しすぎたのか、口から泡を吹き白目を剥いて倒れてしまった。


「えっと……」


 気まずい空気が流れる。


「何をしているんですか! 早く病院へ!」


 我に返った青木さんが慌てたように言う。

 だが、救急車を呼ぶ必要があるのか無いのか、ちょっと判断が付かない。


「副校長か誰か、校長先生の既往歴とかご存知無いですか?」


 立ち上がりながら訊く。


「既往歴?」

「もっと具体的に言うと、高血圧もってるか、脳梗塞をやったことがあるか」


 副校長をはじめ、先生方は揃って「知らない」と首を横に振る。

 仕方が無い。救急車を、……呼ぶ前に7119だ。

 ぽん、と手を打って、副校長に電話するよう指示を出す。っていうか、何で私が指示出してるの? 先生方は生徒に言われないと動けないの?


「揃いも揃って役に立たない大人たちだなあ」


 ついつい声に出して言ってしまう。

 先生に睨まれるが、バカにされたくないならちゃんとしてよ。


 その後、警察の二人にはお引き取りいただいて、校長先生は副校長のクルマで病院に搬送することになった。

 職員室にいた先生方に状況を説明して、市教委の方にも連絡。


 一段落して教室に戻る時には、もうクタクタだった。精神的にこれほど疲れたのは初めてだ。



「伊藤、寝てないでちゃんと聞け」


 英語の今井先生が不機嫌そうに言う。

 ちょっとは休ませてよ。先生方の代わりに働いてきたんだよ? 少しは労ってくれても良いんじゃない?

 そんな文句を言っても仕方がないので、顔を上げる。が、別に授業を聞くわけでもない。それでも今井先生的には満足なようだ。


 ぼーっと外を眺めていたらチャイムが鳴る。今日は全く勉強をしていないような気がするが、まあ、気にすることではないだろう。


 午後、給食を食べ終わったら、図書室へと向かう。うちの学校の図書室にはソファがあり、ゆったりと寛げるのだ。


 棚から適当に本を一冊手に取り、ソファに身体を投げだす。

 半分居眠りしながらページをめくっていたら、声をかけられた。


「あ、あの、伊藤さん……」


 私の前に立つ見知らぬ男子がなにやら話し始めたが、モゴモゴ言うだけで何を言っているのか分からない。


 まあ、何を言いたいのかは、なんとなく雰囲気で分かるが、自分で言葉にできないものを手助けしてやるつもりもない。喋れないなら手紙でも書けば良いではないか。


「あの、その、えっと……」


 いつまでやっているのだろうか。言葉が出てくるのを待っているのも面倒になってきた。欠伸を堪えつつ視線を本に戻す。私としては別に彼に用は無いのだ。彼にとって大切な用事があるならば、ハッキリと言えばいい。


 チャイムが鳴り、本から目を上げた時には彼は居なくなっていた。本当に何がしたかったんだろう。決心したことができない人や言うべきことを言えない人には、本当に用がない。

 大きく伸びをしてから本を棚に戻して教室に向かう。授業を聞く気にはならないけれど、そんなことを言っていても仕方がない。



「人殺し! 絶対許さない!」


 放課後、今度は女子に取り囲まれた。

 なんだか知らないが、すごい剣幕だ。


「まあ、私は人殺しだけど、それで、どうしたいの?」


 そう言って軽く睨んでみたら、泣きそうな顔で逃げていった。本当に何がしたいんだろう? みんなで罵れば私が泣きだすとでも思っているのだろうか。

 残念ながら、そんな幼稚なイジメは私には通用しない。


 はぁ。


 なんか今日は溜息ばかりだ。もうちょっと楽しく過ごしたい。学校内で剣の修練に励んているわけにもいかないし、何かないのだろうか。

 張り合いがないのが一番の問題だ。私とまともに張り合おうという人が一人もいない。

 話しかけてくる友だちが一人もいないのは別に寂しいとは思わない。おしゃべりとか、何を話せば良いのかサッパリ分からないし、無駄に時間を過ごすのは好きじゃない。

 お互いに張り合って、切磋琢磨できる相手がほしい。


 良い師匠と良い競争相手がいると、人は大きく成長するという。私にはどちらもいない。


 無い物ねだりをしても仕方がないが、溜息ばかり吐いているのも良い状況とは言えない。何をどう改善すれば良いのか、じっくりと考えてみる必要がありそうだ。

 私は問題を解決するのに筋力に頼りすぎだと言われる。そんなつもりは全然無いのだが。

 ちゃんと頭を使って最善策を考えることくらいできる。

 できるったらできるのだ!

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