第18話

 更始研究所、猿田総務部長の部屋。

 病院の手術室前が映るモニター。

 それを見ながら猿田にすがる72歳の哲也。

「金も命もいらない。和江を救ってくれ」

「無理ですよ。趣旨が違いますからね。

 私には技術もありませんし。所長を説得してる間に答えは出ちゃいますよ。

 助かるならあそこで助かります。

 そうでなければ……」

「もういい。話にならん」


 一時間ほど後の藤原病院。

 突然現れた72歳の哲也に、愕然とする20歳の哲也。

 二人の対峙に困惑する昇。

「誰?」

 青ざめる若い哲也。

「元の俺だ……」

 昇に向かって弱々しく問いかける、古希を過ぎた哲也。

「……で、状況は、どうなんだ」


 パニック状態の昇。

「ええ?あんたが本物の父さんなのか。

 状況がどうって……。

 さらに混乱してるよ」

「そうか、すまん。

 まず、説明するべきだったな。

 ……猿田を殺そうとしたところまでは若い俺が話してるだろう」


 尋ねる年下の哲也。

「結局、殺してないのか」

「ああ。あの時、猿田から謝罪と、ある申し入れがあってね」

「俺の記憶にはないな……」

「本来、研究所を訪れるところも覚えてないはずなんだ……。

 まあ、その話は後にしよう」

「ああ。まかせるよ」


 元の哲也に注がれる家族全員の視線。

「俺は末期がんだと知らされてから、割り切れない気持ちで入院生活を送っていた。

 猿田に人生をめちゃくちゃにされた上、ひとり苦しみながら死んでいくなんてどう考えても納得がいかない。

 そんな時、偶然にも、奴がテレビに出てるのを見つけたんだ。心のもやもやは晴れて、体に力がみなぎるのを感じたよ。

 数少ない私物から包丁を手に取り、すぐに病院を出た。

 そして、研究所……。

 そこまでが俺たちの共有する記憶だ」

 うなずく哲也。


 続ける哲也。

「その後……。

 猿田は謝罪がてら、ある提案をしてきた。

 今、取り組んでいる研究に協力してくれるなら、報酬一億円に加えてがんの完全治療を保障するとね」

 口をはさむ昇。

「そんなうまい話あるわけがない。

 研究自体が高リスクか、約束を守るつもりがないか、どっちかに決まってるでしょ」

「最初は俺も信じちゃいなかったよ。

 見え透いた命乞いだと思ったからな。

 でも、内容を聞いて、その気になった」


「実験動物になることを買って出たわけ?」

「結果的にはそういうことになる」

「それで、約束は果たされたの?」

 苦虫を潰したような顔の哲也。

「お前はほんとにせっかちだな。ちょっと、黙って聞いてろよ」

「いなかった親父が突然二人。

 しかも、両方、口うるさいときた……」


 昇にかまうことなく、話を戻す哲也。

「研究について聞いたところ、クローンの製造実験だから俺自身の体には何の負担もないというんだ。

 記憶やキャラクターも完全に同じ、もう一人の俺を作る計画らしい。

 ただし、がんを完治させるのは実験完了後だから、そこまで生きていられるかどうかが唯一のリスクだということだった」


「なんとなく、わかってはきたが……。

 あらためて俺から質問させてくれ」

 再び、哲也同士の会話。

「どうぞ」

「不明な点は二つ。

 ひとつは、年齢の問題だ。

 クローンってことは、同じ遺伝子を持つ人間が生まれるんだよな。

 双子にあたる兄弟が赤ん坊から育つ。

 とすれば、その子が育つための時間が必要になるはず……。

 それともうひとつ。

 性格や記憶までコピーできるなんて話は聞いたことがないが……。

 その辺はどうなってるんだ」

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