第17話

 同日夜、タブレットでローカルニュースをチェックしている昇。

「昨日今日の二日間で傷害事件6件、殺人未遂2件だって」

「何が言いたいんだ」

「この付近だけでだよ……。

 立て続けに8件……」

「生霊にやられてんのか」

「まさか。

 人間同士だけど……」


 ダイニングから激しい物音。

 顔を向ける哲也と昇。

「何だ」

 そこには、包丁を持って仁王立ちの葵。

 声を落として、静かに近寄る昇。

「おい、葵。……どうした。 

 何やってる……。

 とにかく包丁をそこに置きなさい」

 騒ぎに気づいて現れる陽子と和江。


 哲也をにらみつける葵。

「私がどれだけ苦労したか。

 ……あなたにはわからないでしょう。

 子供と住宅ローンを押し付けられた身で、入院、通院、後遺症。

 辛く長い一日を終えても、次の日を思うと胃が痛くて眠れない。

 毎日、毎日、その繰り返し……」

 後ずさる哲也。

「ん、お前、和江なのか。

 どうなってるんだ……」


 なだめる和江。

「葵ちゃん。やめて」

 呼びかけに、まったく反応を見せない葵。

「どうせ話したところで、あなたに理解なんかできないでしょ。

 そういう人だからね」

 包丁を哲也に向ける葵。

「こら、やめろ。

 危ないっての。

 塩だ、……塩」


 離れたところから、塩を投げつける陽子。

「葵、やめなさい。

 あなた、おばあちゃんの生霊なの?」

 包丁を握りしめたまま肩で息をする葵。

 遠巻きにして様子をうかがう家族。

 葵に一歩近づく和江。

「葵ちゃん……。

 私はもうそんなこと忘れちゃったのよ。

 私の恨みがそうさせてるならもういいの」

 どなる葵。

「口出しするな!」


 さらに歩を進める和江。

 今にも暴れだしそうな葵。

 それを押さえ込むために飛びついて、しっかりと抱きしめる和江。

 しがみつく和江を振りほどこうとしながら泣き叫ぶ葵。

「うわーーー!」

「ごめんなさい、葵ちゃん……。

 ごめんなさい、あなた……」

 動きが止まる。

 一瞬の静寂。


 葵の鞄で、ぼんやり光るテンテンボー。

 それを外して、葵のうなじにあてる哲也。

「おい、葵。これがお前だ。

 自分を取り戻せ」

 気を失って、和江とともに倒れこむ葵。


 二人を引き離して叫ぶ昇。

「刺さってる……。

 救急車を早く。

 陽子、……陽子。

 聞こえてるか」

「何なの、どうなってるの?」

「いいから、落ち着いて……。

 救急車呼べるか」

「うん、わかってる……」

 和江に顔を近づける哲也。

「和江、大丈夫か。すまん」

「あなたが謝ることないのよ……。

 自業自得なんだから……」


 玄関の外で救急車を見送る昇夫婦と哲也。

 そこに、ドアを開けて出てくる葵。

 震える声。

「おばあちゃんは?」

「今、病院に運ばれたから心配するな。

 お前は部屋で休んでなさい」

「どこの病院」

「この間と同じ藤原病院だ。お父さんとお母さんはこれから向かうから。

 お前はおじいちゃんと留守番しててくれ」

 昇を押しのけて自転車にまたがる葵。

「おい、葵。待ちなさい」

 叫ぶ昇を突き飛ばして走り出す哲也。

「待て。この野郎」


 夜道、葵の自転車に伴走する哲也。

「自分を責めるなよ」

「だって……」

「あれは事故だ。しかも、原因は俺だ」

「おじいちゃんも自分を責めないで」

 足をもつれさせる哲也。

「いいから止まれよ……。

 もう喋れない……」


 二人に近づき、停まるタクシー。

 窓から顔を出す陽子。

「二人とも乗って。

 すみません、運転手さん。トランクに自転車入ります?」

 迷惑そうなドライバー。

「その自転車ですか?」

 荒い息の哲也。

「鍵かけて置いとけ。俺が後で取りに来る」

 車の中から昇。

「なんなら鍵つけたまま置いとけ。新しいの買ってやる」

 あっけにとられる陽子。

「親子だわ……。

 とにかく二人とも早く乗って」

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