第16話

 自宅に戻った二人。

「何だったんだろう。あれ」

「幽霊かしら」

「いや、あの男、ガードレールに供えてる花を見ながら呟いてた。

『この子が飛び出してきたのに、なんで俺が罪を背負って生きなきゃならないんだ』ってね……。あいつは生きてるんだよ」

「ええ?

 でも、言われてみれば、葵ちゃんのところに来た優香ちゃんもそうなのかもしれないわね……」


 しばらく考えて応える哲也。

「なるほど。

 思いが飛ぶ、ということか」

「優香ちゃんに恨まれてるのかな」

「八つ当たりだよ。

 それより、ちょっと試してくる」

 立ち上がって台所に行く哲也。

「何を試すっていうの」

「塩だよ、塩。

 昔から清めるには塩を使うだろ。

 酒も使えそうだけど、それはちょっともったいないからな」

「それで、どうするつもり」

「いいから。ちょっと待ってろ」


 ややあって帰宅する哲也。

 テーブルの上に、ドンと数袋の塩。

 それを手にとる陽子。

「なんですか。これ」

「和江はどこだ。部屋か」

「ええ、横になってますよ」

「どうせ眠れやしないんだから。

 おい、和江。起きてるなら速やかに出てきなさい」

 壁に手を突きながら現れる和江。

「あなたねえ。犯人に呼びかけてるんじゃないんだから」

「怒るなよ。まあ、聞いてくれ」

「どうだったの」

「やっぱり、夕べ葵のところに来た奴は生霊だな」


 二人のやり取りにぽかんとする陽子。

「は?」

「悔しさが葵に届いたってことだよ」

「よくわからないんですけど」


 経緯を説明する和江。

「きょう、病院の帰りに似たような人を見たんです。その人は男性でしたけど。

 で、あなたは、またそこに行ってきたんでしょ」

「そうだ。塩持ってな。

 半分透き通ってうずくまってる奴の後ろから、そっと塩を振りかけると少しずつ薄くなるんだ。

 だから、『消えろ』って叫んで、持って行った塩全部ぶちまけたらすっかり消えてなくなったよ」

「見えなくなっただけじゃないの」

「見えなきゃいいだろ」

「そんなものかしら」

「そんなもんだ」


 玄関のドアが開く音。

「ただいま。

 あ、おばあちゃん。もう平気なの」

「私はいいから。

 それより、優香ちゃんのことでね」


 葵の部屋に集合する家族。

 疑心暗鬼の昇。

「本当なんだろうね」

 自信ありげな哲也。

「心配するな。実証済みだ」

 叫ぶ葵。

「あ、やっぱり優香……」

 窓に向けられる全員の視線。

 目を凝らす昇。

「どこに……」

 視力の悪い人のように目を細める陽子。

「いえ、うっすら見えるわ」


 驚く哲也。

「え、あれが見えないのか。

 和江は見えるだろ」

「……ええ。

 無表情のままじっと葵ちゃんを見てる」

「そうか。人によって見え方が違うんだな。

 まあいい。これで消してやる」

 塩をつかんで、窓に向かう哲也。


「うわ。こいつ、いつの間に。

 首絞めてきやがった。……うぐ」

 哲也に駆け寄る葵。

「優香、やめて」

 呆然とする昇。

「何だ……。何も見えないけど、皆で俺をからかってるんじゃないだろうな」


 無視する和江。

「葵ちゃん、これは優香ちゃんじゃなくて、彼女から離れた思いなの。

 説得は無理よ」

「うん」

 相撲取りのように思い切って塩をまく葵。

 消えていく優香。


「父さん」

 倒れて荒い息の哲也を、抱きかかえる昇。

「ああ……」

「これ、本当なの」

「お前、まだ信じてねえのか……。

 ああ、苦しい」

 そばにしゃがむ和江。

「実体があるのね」

「わからん。こっちの心や体が反応してるだけかもな」

「いったい何が起こってるのかしら」

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