第15話

 不審者扱いされていた哲也も、居心地が良くなってきた曽倉家。

 全員そろった休日の夕べ。

 葵以外の家族がくつろいでいるリビングに届く、二階からの悲鳴。

「きゃー」

 階段を駆け上がる複数の足音。

「どうした」

「何事だ」

 青ざめて震えている葵。

「気配を感じて振り返ったら、窓の外に人影が……」

 窓をのぞく陽子。

「だって、ここベランダもないのに。

 どうやって……」


 一緒に外を見る昇。

「足場らしいところもないもんな」

「ストーカーかしら」

 戸惑い気味の葵。

「それが……」

 葵の勉強机に腰掛ける哲也。

「ん。誰か知ってる人間か」

「あれ、たぶん優香だと思う」

 哲也を押しのける陽子。

「だって優香ちゃん入院してるんでしょ」

「そうなんだけど」

「仮に優香ちゃんだとしても、その窓から覗くなんてできっこないわよ」

「気のせいかな……」

 階下でバタンと物音。



 病院で点滴中の和江に話しかける昇。

「階段は気をつけないと」

「ごめんなさい。

 でも、葵ちゃんが心配でね」

「わかるけどさ。

 また、最近調子悪いんじゃないの」

 ベッド脇の椅子で足を組んでいる哲也。

「俺がリズム乱しちゃったかな」

 笑いながらにらむ和江。

「そりゃそうよ」

「悪かったな」


「陽子さんと葵ちゃんは家にいるの」

 立ちっぱなしの昇。

「ああ。一緒に来たがってたけど、葵は明日も学校だし」

「あなただって仕事じゃないの。

 もう大丈夫よ。帰って休みなさい」

 哲也に目をやる昇。

「父さん……」

「大丈夫だよ。

 俺を信じられなくったって、本人がそう言ってるんだから。

 安心して帰りな」

「心配だよ……」

「帰れ」


 仮眠中の椅子で、ふと目覚める哲也。

 寝返りを打った和江から、ささやき声。

「何かあったのかしら」

「起きてたか。なんだか苦しそうな声が聞こえるよな」

「相当な人数じゃない?」

「うん。

 ろうなく、いや、ろうにゃくなんにょか……。

 いろんな声が混じってる」

「大きな事故なら、救急車なり、もっとにぎやかになるでしょうにね」

「ああ。外は静かなままだ」

「なのに、このうめき声の多さは異常よ」

「断末魔の大合唱か」

「そのセンス、どうにかならない?」


 朝、看護師の巡回。

「お加減はいかがですか」

「お陰様ですっかり良くなりました。

 本当にありがとうございました。

 それより、昨晩は大変でしたね」

「は」

「急な患者さんが多くいらして……」

「いいえ、そんなことは。

 当院の救急病棟はここだけですけど、昨晩は珍しく曽倉さんだけでしたし」

「馬鹿言うな。こっちは夜中ずっと、うめき声で眠れなかったんだから」

「不法侵入でもない限りあり得ません。

 ところで、あなたはどなたなんですか」

「どなたって、元旦那だよ」

「あ、いえ、身内の者ですからご心配なく」

「そうですか……。

 では、診察後の退院手続きもこの方が?」

「ああ、それは自分でやりますから。

 準備ができたら教えてください」


 病院から帰りのバスを降りる哲也と和江。

「居候の俺が言うことでもないけど、病人なんだからタクシー使った方がよかったんじゃないの」

「普段から皆には迷惑かけっぱなしでしょ。

 贅沢できないわ」

「だからって、ここから家まで歩くのは大変だろ……。

 よし、俺がおぶってやる」

「やめてよ、みっともない」

「平気だよ。おばあちゃん思いの孫ってことにしとけ」


「ちょっと待って。あれ、あそこ見て」

 哲也を押しのけて、道路の向こう側を指さす和江。

「どうした」

「あの男の人、変でしょ。

 ちょっと透けて見えるんだけど」

「そんなわけないだろ。

 じゃ、そばで見てくるか」

「私も一緒に行くわ」

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