第14話

「その前に……」

 含み笑いの陽子。

「この間も気になってたんですけど。

 あそこにあるヘルシーラーメンのシリーズって何ですか。

 カリフラワーラーメン、ズッキーニラーメン、エシャレットラーメン」

 日野が答える。

「大将考案のオリジナルメニューですよ。

 まあ、普通のラーメンに野菜のっけただけなんですけどね」


「わかんないかな」

 もどかしそうな哲也に、尋ねる和江。

「この野菜をチョイスした理由?」

「あんま、おいしそうじゃないけど」

 葵の野次は受け流され、続く和江の予想。

「客層を広げようと思ったんでしょ。

 ターゲットの拡大、とか……」

「お前らしくない、まっとうな回答だな」

「当たり?」

「違うよ。頭の文字をつなげてみろ」

「カ、ズ、エ……」


 当事者の和江よりも驚く日田。

「えー。そうだったんですか。

 それは俺も今まで知りませんでしたよ。

 そんな思いが込められてたんですね」

「テレビ取材とか来たら話そうと思ってたんだけど、全くそんな機会はなかったしな」

 笑い飛ばす葵。

「どう考えても流行りそうにないし。

 何かほかに思いつかなかったわけ?」

「貝ラーメン、ずわいがにラーメン、えびラーメンの海鮮シリーズ、とかも考えた」

「貝、ずわい、えび……。

 ああ、それも、カ、ズ、エ、だね。

 だったら、断然そっちの方がいいでしょ。

 そっち食べたい」


「この店にそんな豪華な食材、合うわけないだろ。仕入れる勇気もないわ」

 面白がる哲也。

「意外に堅いところもあるんだな」

「お前ら、わざわざお喋りするために来たのか。もう勝手に始めるぞ。

 おい、五郎。麺ゆでろ」

「はい」


 ラーメン、ギョーザ、チャーハンを食べ終えて、テーブルの上には空になった6人分の食器。

 昇の感想。

「おいしかったよ。プロの味だね」

「プロだからな」

 立ち上がる哲也。

「さあ、今晩はこれでお開きだ。

 五郎も帰っていいぞ。

 後は俺がやっとくから」


「そういうわけには……」

 片付けようとする日田から、器を取り上げる哲也。

「お前には迷惑かけたし。

 今日は俺にやらせてくれ。

 それから、もう、ここはお前の店だ。

 好きなようにしていいんだぞ……」

「もう戻ってこないんですか」

「どう考えても無理だろ。無理じゃなくても俺の中では、もう終わってる」

「そんな……。いや、わかりました。

 ありがとうございます。

 これからも、しっかりこの店守っていきますから。そこは任せてください」

 目を潤ませる日田。


 洗い物と掃除を済ませた哲也。

 照明を落とした暗いテーブル席にひとり。

 ぼんやり調理場を見つめていると、そこに浮かび上がる先代の姿。

 慌てて立ち上がる哲也。

「お、おやっさん」

 穏やかに微笑んで、ゆっくりうなずき、静かに消えていく先代。

「俺のこと心配してくれてたんですね」

 カウンターにビールとグラスを二つ運び、それぞれを満たして乾杯する哲也。

「和江に会って謝ることができました……。

 この店の後釜も決まりました……。

 もう、親父さんが心配することはなくなりましたから。

 どうか、安心してください……」

 一口飲んで一筋の涙。

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