第12話

 哲也と陽子、並んでの帰路。

「あいついたんじゃ、ばれちまうな。

 俺の癖とか全部知ってるし。

 さっきの会話でも疑われてたくらいだぞ」

「お義父さんに隙が多いんです。

 でも、別に疑ってはないでしょう。

 まあ、なるようになりますよ」

「しかし、汚い店だったなあ。

 あれ、ちゃんと掃除してんのかね」

「お義父さんの頃は、もっときれいだったんでしょうね」

「うーん、そう言われると……。

 もしかすると、俺がこうしちゃったのかなあ」

 自分自身を責めそうな哲也を励ます陽子。

「まあ、繁盛してそうだし。

 別にいいじゃないですか」


 その日の夕方、曽倉家。

 制服を着た葵が帰宅。

「ただいま」

 ソファーに座ったまま、爪楊枝をくわえて振り返る哲也。

「ああ、おかえり。

 ん。その鞄につけてるキーホルダー何だ?

 今の流行なのか」

「テンテンボー」

「ふーん。『テンテンボー』ってのか。

 知らなかった……」


「自作だからね」

「自分でつけた名前かよ。

 よく見りゃ、ピンポン玉だな、それ」

「そうだよ。ピンポン玉にヒモつけただけ」

「それが何で、『テンテンボー』なんだ?」

「目が『点』で、口が『棒』になってんでしょ」

「ああ、両目が『テンテン』、口が『ボー』ね……。

 マジックで描いてんのか」

「私も忙しいんだから。

 これ以上は無視するよ」

「なんて孫だ」


 お茶を用意して、哲也の隣に座る陽子。

「あのキーホルダーの話しましょうか」

「うん?」

「葵が中学生の時、学校の敷地にお地蔵さんがあって……」

「あー、あそこ。

 どんないきさつなんだろうね。

 校庭にお地蔵さん……、あるよな」

 頷いて話を続ける陽子。

「いじめとか、成績の伸び悩みとか、あの子なりにずいぶん悩んでいた時期があったんですけど。その頃、癒してくれてたのがあのお地蔵さんだそうなんです」

「ふん。しおらしいところもあるんだな」


「でも、中学を卒業すると、そのお地蔵さんには会えないじゃないですか……。

 それで仕方なく、自分で作ったキーホルダーにお祈りするようになったんです」

「薄気味悪い女子高生だ」

「本人は真剣なんですから、そんな風に言わないでくださいよ」

「いや、ジョークだよ。ジョーク」

「それに、あのテンテンボー。

 一見無表情なんですけど、自分の気持ち次第で表情が変わるから、メンタルのコントロールにも役立つとか……。

 なんとなく説得力あると思いませんか」

「それは親の欲目だな」

 不機嫌そうに目をそらして立ち去る陽子。


 さわやかな日曜の朝。

 来々軒のガラスを拭いている哲也。

 その光景に驚きつつ、声をかける日田。

「おはようございます」

 雑巾を持ったまま会釈する哲也。

「あ、どうも。おはようございます」

 恐縮する日田。

「すみません。汚いですよね……。

 ここのところ、ちょっと手が回らなくて」

「いや、こちらこそ勝手にすみません。

 今日はお世話になりますから、せめて表だけでも、と思いまして……」

「ありがとうございます。

 でも、掃除道具やら水の場所やら、よくわかりましたね」

「いや、まあ。大体見当つきますよ」

 日田は疑いの目。

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