第11話

 うつむく哲也を押しのけて、一歩前に出る陽子。

「実はご相談があってまいりました」

 不審げに二人を見つめる日田。

「相談?と、申しますと」

「こちら、以前、曽倉哲也がやってたお店だと伺いまして」

「はあ、今でも曽倉の店ですよ。あいにく今は体調を崩して入院してますけど……。

 失礼ですが、どういうご関係でしょう」

「泣けるなあ」

 再び哲也をにらんでから、笑顔で日田に向き直る陽子。


「私ども、曽倉の身内でございます」

「え、本当ですか。

 家族の話なんか聞いたことないけど……」

「正確には、元家族と言いますか……」

「元って、もしかして、曽倉さんがまだラーメン屋始める前の……」

「それはご存知でしたか。

 今回、曽倉は入院して気も弱っていたんでしょう。『当時の妻と息子に会いたい』と、連絡を取ってきました。

 私はその息子の嫁で、この子は孫にあたります。

 私どもも初めてお会いするという縁の薄さではありましたが、心安く話をして下さり、このお店のことも聞きました。

 たまたま、この子は料理に興味があるものでぜひ、そのお店を見たいと……」

「立ち話も何ですから、まあ、中に入ってください」


 二人をテーブル席に案内して、アルバイトに声をかける日田。

「後はお前ひとりで大丈夫だよな。

 ……間に合うか?」

「ご心配なく。余裕っすよ」

 お盆に麦茶の入ったグラスを載せてテーブルに戻ってくる日田。

「なかなか、頼もしい奴なんです」

 涙ぐむ哲也。

「安心した……。

 と、おじいちゃんなら言うでしょうね」


「だといいんですけど。

 ところで、その曽倉さん、容態はいかがなんですか。

 なかなか見舞いにも行けず、心配してたところなんです」

「それが、あの。ちょっと、今は大変な状況で……。急に悪化したらしくて、一時的な面会謝絶……、だったような……」

 しどろもどろの陽子に、すかさず助け舟を出す哲也。

「そうそう。だから、会えない間、本人の気にしてたお店を見てこようかって……」

 汗をぬぐいながら、麦茶に手を伸ばす陽子と哲也。


「そうでしたか。

 そんな深刻な状況だったとは……。

 何も知らず、俺はただ毎日、ラーメン作ってるだけでした……」

 うなだれる日田を見て、反射的に声をかけてしまう哲也。

「いや、それでいいんだよ……。

 と、おじいちゃんは言いそうですよね」

「ありがとうございます。

 さすが、お孫さんですね。

 まるで大将に言われてるような……。

 とにかく、状態がよくなってお話しなどする機会がありましたら、店は日田がしっかり守ってるとお伝えください」

「もちろんです。確かに承りました」


 あっと声を上げる日田。

「すみません。お伺いばかりで、肝心のご用件を承ってませんでしたね」

「いえ、用件というほどのことではないんですけど。

 まずは、こちらを拝見したかったのと、その、大変厚かましいお願いなんですが……」

「どうぞ。何でもおっしゃってください」

「この子が、本物の厨房で料理をしてみたいと申しておりまして、この機会に体験できないかというご相談なんです」


「ああ、そんなことですか。

 別に構いませんよ。

 ただ、さすがに営業中はちょっと。

 日曜なら一日使っていただいてもいいんですが、火の元の管理もありますから……。

 私が立ち会える時に予定を組んでいただけると助かります」

「大丈夫だよ……」

 哲也の言葉をさえぎる陽子。

「お気遣い痛み入ります。

 では、家族でも話し合って、またお願いに上がりますので。

 どうぞよろしくお願いいたします」

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