第10話

 リビングには、既に夕食を済ませた哲也、和江、陽子の3人。

 ダイニングには、食事中の昇と葵。


 哲也に対して、申し訳なさそうな陽子。

「自分の店にみんなを招待してくれるっていうのは嬉しいんですけど……」

 ダイニングから参加する昇。

「まず、お店の人が父さんのことわからないでしょ。

 ……家族ですら信じられないってのに」

 ダイニングに向かって反論する哲也。

「そんなの説明すりゃいいだろ。

 俺の後継いでる奴は、唯一の弟子なんだから……。話せばわかるさ」


 両親に賛同する葵。

「絶対信じてもらえないって。トラブルになるからやめといたほうがいいよ」

 葵をフォローする昇。

「俺もそう思う」

「なんだなんだ、まったく。

 せっかく俺がみんなに喜んでもらおうと張り切ってるのに」


 一生懸命、場をとりなそうとする陽子。

「心配してるんですよ。

 ……じゃ、こんなのはどうかしら」

「ん」

「お義父さんの孫を装って、ラーメン作りの体験をお願いするんです。

 お休みの日にお店を使わせてもらえませんかって」

 そこへ缶ビールを持って現れる昇。

「強引すぎるよ。

 父さんのいない店に、いきなり知らない若者が現れて、『店主の孫なので、店貸してください』って言う?」


 むっとする陽子。

「お義父さんが入院して、今の人が引き継いでるんでしょ。だったら、入院先での話をすればいいじゃない。

 まず、心細くなったお義父さんが昔の家族に連絡をしたと。

 結果、息子が孫を連れてやってくる。

 その孫が料理好きで、おじいちゃんの店に興味を持つって設定」

「めんどくさい話だな……。でも、まあ、それならありえなくもないか。

 どう、父さん。やってみる?」

「それより、俺にもビール持って来いよ。

 気が利かない息子だな」

「はいはい……」

「はいは一回」



 古びた雑居ビルが並ぶ通り。

 ラーメン屋の前に立つ哲也と陽子。

 黒ずんでひび割れた電飾スタンド看板を、店内から引っ張り出している若者。

 そこに近づいて、声をかける陽子。

「あなた、ここのバイトの人?」

「ええ、そうですけど。

 俺、まだ新人なんで何聞かれてもわからないっすよ。店の人呼びましょうか」

 陽子の代わりに答える哲也。

「ああ、お願いします」


「来々軒って……。チェーン店なの」

「いかにもラーメン屋って名前だろ。

 先代の安易な命名だよ。本家とは全く関係ない」

 若者に呼ばれて、手をふきながら出てくるガラの悪そうな男。

「お待たせしました。

 日田と申しますが、何か御用でしょうか」

「おお、懐かしいなあ」

「は……」

「あ、そうね。

 すっかり夏らしくなったわね。

 夏ら、し、い、わあ」

 横目で哲也をにらむ陽子。

「すまん」

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