第5話

「ただいま」

 夫の声にあわてて玄関へ向かう陽子。

「お帰りなさい。早かったわね」

「だって、母さんがあいつの言うこと間に受けてるんだろ。

 昼にメールもらってから、気が気じゃなかったよ」


「よお。お帰り」

 おかゆを熱そうにすすっている哲夫と、その態度にいらつく昇。

「こいつ……。調子に乗るなよ」

「何だ、その言い草は」

「俺は母さんと違うからな。

 正体を明かすまで、何度でも聞くぞ。

 目的を言え、目的を……」


 あきれたように箸を置く哲也。

「だから、目的なんかないんだって。

 こっちもどうしたらいいかわからず困ってるんだから。

 ……しかし、仮にだよ。

 俺が何か隠してたとして、そんな聞き方で正直に白状すると思うか?

 まったく、子供の頃のまんまだな。

 まじめで正義感は強いけれども……。

 すこぶる要領が悪い」


 昇が何か言いかけたところに、葵の声。

「ただいまあ。

 ……って、この人まだいたの」

「これまた、口のきき方を知らない孫だ。

 もし、俺が見かけ通りの年齢でも、お前より年上だぞ」

「はいはい」

「はいは一回」


 返事の代わりに中指を突き立てて、二階の自室に向かう葵。

「あのやろう」

 隣でお茶を飲んでいる和江。

「あの子、もうじき部活の試合だから神経質になってるのよ」

「ちょっと甘いんじゃないか?」

 険しい表情の和江に気圧される哲也。

「いや、俺には口を出す資格なんかない。

 わかってるよ、わかってるけど……」


 着替えてリビングに現れた昇。

「ちょっと家族会議しよう。

 陽子……。

 葵を呼んでくれ」

 しゅんとする哲也。

「何が家族会議だよ。人民裁判だろ。

 家族そろって俺をつるし上げようって魂胆だな」

「いや、そうじゃなくて……。

 みんなで事態を整理したいんだ」

 思わぬ昇の冷静さに口をつぐむ哲也。


 座らせた皆を見回して、話し始める昇。

「見かけ二十歳はたちの青年が、俺の父親だと名乗り出る。

 その発端からして、荒唐無稽だよ。

 でも、母さんが信じてしまうほどの説得力と、本人の戸惑い……。

 これは、とんでもない悪党か、悲惨すぎる善人のどちらかとしか思えない。

 ともあれ、警察や病院に任せるという選択肢を捨てるなら……。

 自分達で解明するしかないよな」


 皆の反応を確かめながら続ける昇。

「で、さっそくなんだけど。

 まず、この家にくる前の記憶から……」

 哲也に視線を送る昇。

「だから、それがわかんないんだって」

「直前でなくてもいいよ……、何か思い出せることはないかなあ」


 つけっぱなしのテレビから流れる、夜のニュース番組。

 目が釘付けになる哲也。

「……これだ、これ」

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