第4話

 不審げな和江に、続ける男。

「お前はさあ、若い頃の俺を知ってるし、写真だってあるだろ。

 それでも信用できないもんかね」

「若返るにしてもほどがあるわよ。

 いくら似てたってそんな何十歳も……」

「わかったわかった、その通りだ。

 それでも、二人だけの思い出話とかあれば信じてもらえるかもな……」

 首を傾げる和江。


「たとえば、だよ。

 二人で行った映画の話。

 帰りのレストランで、お前に文句言われたことがある。

 デートに日本の喜劇を選ぶなんて、センスがなさすぎるって……」

「そんな記憶ないけど……」

「冷たいなあ。自分に不利な過去はなかったことにするつもりか」

「だって、私、邦画も喜劇も好きで、よく観に行ってたもの」


 顔色が変わる男。

「そうだ。それで、気が合うと思って付き合い始めたんだった。

 あれは前の女かあ……。

 うわー、どつぼにはまっちゃったな。

 さすがの俺も万事休す……」

「何ごちゃごちゃ言ってんの。

 独り言ですかー」

「すまん。

 もう、ここは潔くあきらめよう……。

 何から何まで本当に申し訳ない。

 悪かった。

 今、出て行くから許してくれ……」


 立ち上がろうとする男に、皿を持ったまま尋ねる陽子。

「ちょっとちょっと、出て行くのはいいけど帰るところあるんでしょうね。

 ちゃんと覚えてる?大丈夫?」

「ああ、そうか。がんで入院中の病院を脱走したんだった……」

 苦悩する男の前にスープを置く陽子。

「あなた、完全に変よ……。

 ひとまずこれ食べなさい。

 それから次の手を考えましょう」

 そう言われて、おとなしくスプーンを手にする若者。


 意気消沈する男に話しかける和江。

「じゃあ、今度は私から質問してみようかしら」

「ん?ああ……」

「初めて私の実家に来たときの手土産は何だったでしょう?」

「また、くだらないことを……」

「答えられる?」

「みかん……。それも紙袋に入ったみかん、とか言わせたいんだろ。

 お前は散々馬鹿にしたけど、お義父さんもお義母さんも喜んでくれたからな。

 文句言うくらいなら、お前が気を利かせて事前に用意しとけばよかったんだよ」


 和江の様子を窺う陽子。

 思わず噴出す和江。

「正解。

 あの時と同じセリフ……。

 見た目も若い頃のあの人そのものだし。

 ……本当に若返ったのかもね」

「ええ。そんなことあるんですか?」

「さあ。でも、そうみたいですよ」

 硬い表情が崩れる男。

「そうか、ありがとう。

 ほっとしたら眠くなってきた。

 夕べは眠れなかったから……。

 ちょっと横になってもいいかな」


 哲夫と認められた男に戸惑う陽子。

「別に……。こちらもそのほうが安心ですから、好きにしてください。

 でも、もうカーテンは閉めませんよ」

「ああ」

 あくびをしながら、再びソファーに向かう哲也。

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