第3話
翌朝、階段を下りてくる葵。
「おお、居間が閉まってるの初めて見た。
まだ不審者いるんだね」
唇に指を当てる仕草の陽子。
「さっさと支度して学校に行きなさい」
「早すぎだし」
「なら、二階にいればいいでしょ」
「あ、そうだ。
おばあちゃんのとこ行こう」
「朝からうるさくしないのよ」
「わかってるって」
自分と祖母の朝食をお盆に載せて、和江の部屋に入る葵。
「今日はここで食べてもいいかな」
「あら、どうしたの」
「居間を閉められてるから。
……行き場所がなくって」
「なるほどね」
朝食をとりながら祖母のテレビを独占する葵と、遠慮がちに声をかける和江。
「そういえば、前から気にしてた卓球の試合はどうなったの」
「ああ、あれ。
とりあえず出られることにはなったんだけど、その理由がさあ……」
「ん?」
「優香が下校途中、事故にあっちゃって。その穴埋めなの」
「それじゃ喜べないか」
「でしょ。
優香は小さい頃から卓球一筋で……。
私なんかとは全然レベルも違うし……。
相当悔しがってるんじゃないかな」
「早く良くなるといいわね」
「そうなんだけど、卓球はもう無理なんて話もあって……。
あ、こんな時間。
もう出かけないと」
「葵ちゃんも気をつけてね」
「はあい」
キッチンで朝食の後片付けをする陽子。
そこに、不自由な右足をかばいながら現れる和江。
「昇は仕事ですか」
「はい。いつも通りに出勤しました」
「昨日の人、まだいるんでしょ」
「ええ。昇さんもそれを気にしてたんですけど。招き入れた私が責任取るから、心配するなって……。
背中をパーンと叩いてやりましたよ」
「まあ、陽子さんらしい」
笑いながらテーブルに手をついて、ゆっくり腰を下ろす和江。
「お茶入れますね」
お湯を沸かす陽子の背後で、和江の穏やかな声。
「あら、あなた、いつからそこにいたの」
振り向いて、和江の目線をたどる陽子。
そこにはリビングから半身だけのぞかせている男の姿。
「いや、声かけづらくてさ。
ちょっと便所借りるよ」
濡れた手を拭く陽子。
「ついでに顔も洗ってきたら」
ふすまとカーテンが開けられて、リビングに差し込む光。
窓の外は、昨夜の雨が嘘の様な眩しさ。
洗面所からまたしても小さな悲鳴。
「そうだ、若返ったんだった」
ぶつぶつ呟きながら戻り、二人を前に立ちすくむ男。
迎える形の陽子。
「お茶どうぞ……。
まあ、そこに座りなさいよ。
食欲があるなら何か作るけど……」
首を横に振って席に着き、上目遣いで和江を見つめる若者。
「突然だけど……、これまで苦労かけて、本当にすまなかった」
「いえ、どこの誰とも知れないあなたに謝られても……」
「哲也だよ。
ちょっと若返ってるけど俺なんだよ。
あ、ちなみに、この状況は俺のせいじゃないから……」
なれなれしい男に毅然と振る舞う和江。
「私がそれほど耄碌してるように見えるかしら?いい若い者が道を誤っちゃダメよ」
「そりゃそうだ。
こんな話、通用するわけないよな……」
冷蔵庫を開く陽子。
「とにかく何か口にした方がいいわ。
目玉焼きにスープくらいなら食べられるんじゃない?
それで、多少は落ち着くでしょ……。
待ってる間、その新聞でも読んでれば?」
自分にかかわる記事でもありはしないかと、恐る恐る新聞に手を伸ばす青年。
「あ」
その声に反応する和江。
「今度は何なの?」
「老眼鏡がいらない……」
「え」
「遠くも近くもはっきり見えるんだ」
「だから?」
「……いや、なんでもない」
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