第2話

 控えめに開くドア。

「今、聞いてたけど……。

 その人、あなたやお義母さんのこと知ってるみたいじゃない。

 ご近所にも迷惑だし、とりあえず上がってもらったら?」

「奥さんですか。昇の……」

「陽子です。

 どういう関係か知らないけど、体調も良くなさそうだし……。

 とにかくどうぞ。

 ほら、また雨足も強くなってきた……」


 靴を脱ぎ、タオルを受け取る青年。

「すみません。

 じゃ、ちょっと洗面所借ります」

 眉をひそめながら廊下を指差す昇。

「そこの突き当り、右」

「わかってるよ。

 もともと、ここに住んでたんだ……」


 陽子を責める口調の昇。

「ほら、やっぱり変だろ。

 あいつ薬かなんかやってるって、絶対」

「怪しいのは確かだけど、そんな悪い人には見えないわよ」

「お前は騙されやすいタイプだからな」

「つい好奇心に負けちゃうのよね……」


 洗面所で男の悲鳴。

 駆けつける昇と陽子。

 慎重に辺りの気配を探る昇。

「何事だ……」

 鏡を見つめて青ざめる男。

「俺、いくつに見える?」

「別にさっきと変わらないけど。

 二十歳はたち前後だろう……」


「俺はお前の父親だぞ」

 ふん、と鼻で笑う昇。

「あのね、おやじはもう70過ぎ。

 ……あれ、まだ60代だっけ」

「72」

「ああそう。

 まあ、そこはどうだっていいよ。

 とにかく、お前は父親の年齢じゃない」

「んー……」

 頭を抱える男。


「きっと、どこかで家のおやじに会って。

 身の上話でも聞かされたのかな。

 それが何かのきっかけで、自分の過去とごちゃ混ぜになった……。

 病気なり薬物なり……。

 何か身に覚えがあるんじゃないの」

「ふざけるな。

 俺は俺だ。ちくしょう。

 ここにいるだけでも気が重いのに。

 ……勘弁してほしいよ」


 憔悴しきりの男。

「そうだ、和江は?

 そりゃあ、あいつにこそ合わせる顔がないんだけど……。いるんだろ?

 ちょっと呼んでくれ」

「呼んでどうするの」

 憐みのまなざしで問いかける陽子。

「まずは、これまでのことを謝る……。

 その上で、俺のことを証明してもらう。

 それができるのは、和江しか……」


 ため息をつく昇。

「和江ってね……。

 母さんはもうずっと体調良くないんだ。

 変な話に巻き込むのはやめてくれよ。

 ……あ、それとも、それが狙いか」

「狙い?

 いったい何を狙うっていうんだ……」


 洗面所の入り口から顔をのぞかせる、高校生の葵とその祖母の和江。

 それに気づいて、怒鳴りつける昇。

「二人とも来るんじゃない。

 早く自分の部屋に戻りなさい」

 そして、妻に耳打ち。

「まあ、とにかく今晩は泊めてやろう。

 不憫だしな。

 用意した晩飯、食わせてやって。

 俺は自分で適当にすませるから……。

 それから、今日は念のため、葵の部屋で寝てくれないか。俺は母さんの部屋で寝るよ。

 で、奴は居間のソファーだ」

「そうね」

「じゃあ、俺、風呂入るわ……」

 脱いだ上着を陽子に押しつける昇。


 葵と和江を見送って、とぼとぼリビングに向かう男。

「食事はいらないよ……。

 一晩泊めてもらえるならそれで結構」

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