嘘吐きと正直者(まえ)

 ☆前回このシリーズに投稿した「LIAR」の続きでストックしていたのですがその話が爆散(笑)しちゃったので自動的にこれも没になりました。

 違いと言えばLIAR君が弱い面を見せているか見せていないか位ですね。


 ――背後にいる……!!

 そう気付いた時には遅かった。

 うなじが突如、冷たい手に掴まれた。 

 首に奴の全体重がかかる。

 四つんばいみたいな状態にさせられ、更にその上から逃げられないように押さえ込まれた。

「もう、逃がさないから」

 彼が千恵の耳元でそう囁いた瞬間、グチャッ! と気味の悪い音がうなじの辺りから聞こえてきた。

「イヤァアッ!」

 変な感覚、吐き気、嫌な臭い。

 頭をぐるぐる掻き回し、めちゃめちゃにする。

「君の事、教えて?」

 ――背中をつろりと氷が撫でた。


 うなじの「中」を奴が探っているのが嫌でも伝わった。

 吐き気と共に涙がこみ上げてくる。

(こんなの聞いてない! 誰か助けて、このまま死ぬのは嫌!)

 しかしまるで喉が潰れたみたいに声帯は全く機能しない。

 口から吐き出されるのは声にならない二酸化炭素ばかりである。

「カハッ……ケホッ……オエッ」

「はいはい待ってて、今楽にしてあげるから。大人しくしていて」

 千恵がもがけばもがく程、奴はその手をうなじに強く押し込み、全身の力を込めて弱々しいその体を押さえ込んだ。

 このような細身の男にこんな力があったとは……いや、弱体化させられているのかもしれない。

 どちらにしろ、自分が圧倒的不利な立場に立たされていることだけは確かだった。

(嫌だよ、こんなの……。何で、何で私、こんな目に遭うの?)

 涙が視界をぼやかした。同時に意識も霞の中に溶け込んでゆく。

 限界は近かった。

(駄目かな……このまま死ぬのかな)

 目がゆっくりと閉じていく。

 体が苦痛から千恵の意識を解放しようとしていた。

(ごめん、なさい……)

 涙が伝い、床に落ちてゆくのを感じながら、届きもしない謝罪を思い浮かべた――


 ――その時。

 声が聞こえた。


『おー……ん、君、つよ……だ。……僕、誇りな、だ』

「誇り……」

『……ちゃん。……名前の通りに。い、て。――生きて』

 その瞬間ハッとなった。

「……生きなきゃ」

 ――そう。生きねばならない。

 連絡手段が皆無に等しいこの状況下では、一人で何とかするしかない。

 生きる為には行動が必要である事を改めて実感した。助けを求めるだけでは生きていけない。


 千恵は目を無理矢理開けて目玉をきょろきょろ動かし、何が出来るか考えた。

 少し身をよじらせてみる。

 当然強い力でねじ伏せられた。もうほぼうつ伏せに近い状態だった。

 息がしづらい。

 視界に靄がかかる。

(どうすれば、良いの?)

 働かない頭をどうにか動かし、しきりに考える。

(何か、この状況を打破できる物は……)

 その時、彼女は自分のジャケットの近くに落ちるきらきら輝くそれを見て息を呑んだ。

 そのきらきらに千恵はひとひらの希望を見出していた。


 突然LIARの腕が千恵の左手に掴まれた。

「引き抜こうってか? こんな状況で無理に決まってんだろ」

「……ッ、ごめん、なさい!」

「は? ごめんなさい……?」

 大きな声で謝ってから、続けざまにもう一方の手でLIARの腕を思い切り掴んだ。

「……!」

 と、途端に声にならない悲鳴を上げながらLIARが何かに反発したように飛び退く。たまらず、うなじから手を引き抜いた。

 千恵はその瞬間を見逃さず、大きく転がり立ち上がって裏ポケットに忍ばせていた拳銃を彼に向けた。

「動かないで!」

 腕を押さえて顔を歪めるLIARを千恵の銃口が捉えて離さない。

 形成逆転だ。


「ケケケ……画鋲に拳銃か。まさか可憐なお嬢さんがこんな物騒な物、二つも仕込んでるとはな」

「それはどうも」

 少し眉をひそめる彼の腕を一筋のくれないが這った。

 千恵が彼の腕に突き刺したのは画鋲だった。徹に言われ、剥がしたポスターを止めていた四つの内一つである。

 千恵は床に転がっている自分の携帯電話を拾い上げ、大輝の連絡先を画面に表示した。

「もう攻撃しないで下さいね。約束守らないと通報しちゃいますから」

「はいはい、もう何もしないから。好きにすれば?」

 LIARが投げやりに言う。そのままごろりと床に寝っ転がった。

「あーあー、そんな所で寝ないで下さい。これから話しなきゃいけないんですから。……ちょっと腕貸して下さい」

「ん」

「反対です、怪我してる方」

「怪我させた方でしょ」

 千恵は敢えてそれには応えず、彼の腕に刺さったままの金の画鋲を慎重に外した。その瞬間紅がドームの様にきゅうぅと膨らみ、すぐに腕を流れていく。それを千恵はティッシュでさっと拭き取った。

「手慣れてるんだね」

「職業が職業ですから」

「何やってるんだっけ」

「明治街役場内の犯罪予備防止委員会にて都市伝説の調査をしています」

「ふーん。そこにいるんだ」

「知ってるんですか?」

「まぁ、ね。あんたんとこの委員長とは知り合いだから。……僕はあいつ嫌いだ」

「その心中お察ししますよ」

 そう言いながら鞄から絆創膏を取り出し、腕にぽつんと開いた小さな穴にぺたりと貼った。

「よし、これでもう大丈夫です。先程は本当にすみませんでした」

「何であんたが謝んの。おかしい奴だな」

「怪我させちゃったので」

「……ふふ、やっと認めた」

 そう言って微笑むLIARの仕草は先程までの怪人が如くの悪とは違った。

 彼という人間が益々分からなくなった。

「それで……そろそろ本題に入っても良いですか?」

「何」

「二つの事でお話が。一つは『姿無き殺人』の事、もう一つは『国中の詐欺事件』についてです」

「嗚呼、まだ言ってるのか」

「犯罪予備防止委員会ではどちらも貴方が首謀者ではないかと推測しています」

「その根拠は」

「ありません。私はその立証の為にここに来たのです」

「まるでその犯人は僕に決まってるみたいな口ぶりだな」

「……その説は有力ですからね。実際、貴方が『姿無き殺人』の容疑者である事は先程分かりました。後は詐欺事件の裏を取れば――」

「は? 誰が何だって?」

「……」

 突然の混乱が千恵を襲う。

「殺人……しました、よね?」

「殺人? 僕が?? 真逆」

「いーやいやいやいや、だってさっきハッキリしっかり言ってたじゃないですか!」

「いつ?」

「いつってさっき」

「さっき?」

「さっきはさっきです!」

「それじゃあ証拠にならないよ。全く身に覚えの無いことで犯人にされても困るかな」

「でも、だって、だって……!」

 言いながら頭に浮かんだのはあのサイトに載っていた情報だ。


『言っていることの八割以上が嘘であると思われる』


「うー! この嘘吐きー!」

「LIARって名乗る正直者がこの世にあるか、ばーか」

「せめてならHONERであれば良かったものを!」

「残念。どうあがいても僕はLIARでーす。正直者には到底なれませーん」

 昔のアメリカのカートゥーン映画さながらの変顔と雑なダンスで思いっ切り馬鹿にしてくるLIAR。

 千恵が思わずカチンときたのは言うまでもない。

「じゃあ勝負して下さい!!」

「ほぉん? 勝負? 何するの」

「私は貴方の嘘を見破り、貴方が殺人と詐欺の主犯である事を突き止めます。貴方はそれを阻止してください!」

「……阻止しちゃって良いの?」

「期限は五日以内、逮捕までこぎつけたら私の勝ち、証拠が見つからなかったら貴方の勝ちです!」

「もし君が勝ったら?」

「勿論、貴方を警察に突き出します」

「僕が勝ったら?」

「その時は仕方ありません。正々堂々と負けを認めて、それからは犯罪予備防止委員会は一切貴方に関わりません」

「……勝手に決めちゃってるけど、本当にそれで良いの?」

「良いです。私には嘘発見器No.1234通称『ゆめちゃん』がいるので!」

「……そっか」

「どうです! やるんですかやらないんですか!」

「逆に聞くけど、それで君は勝てると思う?」

「モチロンです」

「ふうん。――じゃあやってみれば?」

「勝負に乗るって事で良いですか?」

「ああ、モチロン。その勝負、乗った」

「始まりは明日です。逃げないで下さいね?」

「逃げないよ」

「逃げないで下さいね!!」

「うるさい」

「絶対ですよ!!!」

「しつこい」


 これが彼らの出会い、全ての始まりだった。

(つづく)

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