LIAR(まえ)

★主人公君がド変態だという理由により遂に第八話をまるごと書き直すことになってしまった星 太一氏。

 なんなら最初からそうしなければ良かったのだが、どうも不気味な奴が書きたかったんだ……。

 書けなかったんだ……。


 国中の詐欺事件の主犯格とされる怪人、LIARは明治街のとあるマンションに住んでいるとのことだが……。

 とんとんとん。

「すみませーん」

 ……、……。

 とんとんとんとん。

「誰かいませんかー?」

 ……、……。

「いないのかな」

 留守だろうか。

「ま、仕方ないですね。また明日出直すことにしますか」

 そう言って千恵が後ろを振り向くと――。


「どちら様ですか?」


「……!」

 ――いた。

 そいつだ。

 間違いない。

 紫のロングパーカー、その頭の部分には派手な怪獣の不気味な笑顔。

 白濁した気味の悪い瞳。

 何より顔面に貼り付いた身の毛のよだつような薄笑い。

 奴はいた。

 名前こそ「嘘」だが、彼自身は「嘘」ではなかった。

 実在したのだ。

「LIAR……」

 口を突いて小さな単語が漏れ出た。

「何用ですか」

 相手の口からも一つ、定型文が流れ出た。


 千恵の喉がコクンと波打った。

 心臓が心なしか早鐘を打ち始めているようだ。

「わ、私の名前は小畑千恵。明治街役場一階奥のスペースの『犯罪予備防止委員会・都市伝説グループ』に在籍している者です。この組織については追々話しますので、まずはお話だけ聞いて頂いても良ろしいでしょうか?」

「はぁ。それは別に良いですけど……長くなりますか?」

「え?」

 ちょっと、意外だった。

 てっきりこの後いわゆる「ゲス顔」なるものを顔いっぱいに湛えて自信満々な発言をするだろうと千恵は身構えていた訳だが、余りにも普通の返しが来たので拍子抜けしてしまったのだ。

 しかも彼の顔。よくよく見てみたら余り不気味ではない。瞳が白濁していることを除けば、普通の青年の顔がそこにある。「薄笑い」と「顔の角度」が彼の顔を不気味に見せていたのかもしれない。

「ねぇ、聞いてます?」

「おわぁっ、はい!」

「長くなります?」

「……話ですか?」

「ええ、そうです」

 なんだ、普通の青年じゃないか。

 ――待てよ。本当にこの人はLIARか?

 突然心配になってきた。

 もしかしたら似ている服を着ている別人かもしれない。自分が勘違いしているだけかもしれない。

 もしそうだとしたらとんだ赤っ恥である。

 ……いや、多分大丈夫。なんせ、「あの」委員長が信頼している情報屋の情報なのだから! うん、多分大丈夫! これで違っていたら彼に謝って委員長を殴り飛ばせば良いだけなのだ! よし、私大丈夫!

「おーい」

「おわわわ! はい!」

「寝不足ですか?」

「いえ、考え事です。で、何でしたっけ?」

「だから、長くなるんですよね?」

「あ、ええと、はい。……困りますか?」

「うーん……ちょっと困るかな。実を言うと、このマンション、あと二人住んでるんですよ」

「二人」

「ええ」

「住んでるんですか」

「住んでます」

「へぇ」

「問題でも?」

「いやぁ、住んでる人いるんだ……って思って。つい」

「……正直ですね」

「よく言われます」

「そうでしょうね。――で。話を戻しますが、もしここで立ち話ってなると三階に住んでいる神代こだまさんに迷惑になっちゃうんですよね。三階への階段、あっちなんですよ」

 そう言って彼は廊下の奥を指差した。

 暗くてよく見えないが、彼が言うのだからきっとそうなのだろう。

 とすると、廊下を占領して殺人やら詐欺やらの話をするのは確かに迷惑だ。ちょっとすみません、なんて言って間を通り抜けるには勇気のいる話題だ。

「それに、下に住んでる人が厄介で――」

「ま、待ってください。下に人住んでるんですか」

 もう一度言おう。下は駐車場だ。

「住んでますよ」

「え、どこに」

「いやだから下に」

「……下に」

「ええ」

「……」

 ▼千恵ハ考エルコトヲ止メタ!

 どこか見覚えのある文章が千恵の頭でチカチカ光った。

「良いですか?」

「すみませんでした。続けてください」

「で、下に住んでる人が厄介で、彼は何かと色んな人の情報を掴んでは絡んでくるんですよね。偶に金も取ります」

「取るんですか」

「取ってきます」

「その時どうするんですか」

「え、ばらされたくないので払うこともあれば、逆手を取って逆に大金せしめたりします」

「何て言うか……面白そうですね」

「いつでも入居、お待ちしてますよ」

「えぇ、入りたーい」

 ――って、いかんいかん。話が逸れまくっている。

「すみません、話を逸らしました。で、どうしたいんですか?」

「あ、そうでした。ですので家に入ってお話……って事にしませんか。ほら、さっき言った諸々の事情があるので」

「ああ、そういう事ですか」

「すみません、回りくどくって。……良いですかね?」

「あ、そ、そうですね。そうしましょう」

「すみません、本当にすみません。今鍵開けますね」

 へこへこ頭を下げて鍵を開ける彼を見て、ちょっと好感が湧いてきた。

 もしかしたらそういう「カッチョイイ」名前に憧れていただけなのかもしれない。もしかしたら人々が勝手に語り合い、膨らんでいった噂話の被害者って事なのかもしれない。

 そうだ。あの情報も結局は都市伝説だ。委員長は真面目に信じていたが、全ての詐欺事件の主犯格だとか瞬間移動からの殺人なんてこの科学の時代にあり得るものではない。

「やぁ、開きました。お待たせしました、どうぞお入りください。――あ、分かってるとは思いますけど念の為、靴は脱いでください」

「すみません、失礼します」

 千恵は彼が開けてくれた部屋に入る。

 中は散らかっていた。

 資料が山積し、背の低いタンスの上にはコンピュータが一つ二つ三つ……五つも並んでいる。カーテンは閉め切っており、昼間なのに夜のようだ。

「狭いし、汚いですが……」

「いえいえ、大丈――」


 ――と言いかけたその時、背後の影が揺らいだ。

 両手が千恵のうなじに向かって伸びた。

「……!」

 千恵は間一髪、彼の訳の分からない攻撃を避け、その手を掴み、体ごと投げた。

 ドシャッ!!

 すぐに体全体を使って彼の体が動かないように押さえ込む。

 ギリギリと鈍い音がしたが致し方ない。

「何なんですか、一体……!」

 千恵は肩で息をしながら問いた。

 ――本当に驚いた。

「この場所まで突き止めたのだから知ってると思ったけど、そうでは無かったな」

 余裕の笑みだ。千恵を値踏みしている様にさえ見える。

 いきなり印象が変わった。

 闇に魅入られた狂気が作るおぞましい雰囲気が途端に千恵を襲う。

 ――そうだ。想定していたのはこういうものだ。あんな会話や態度なんかじゃない。

 矢張り彼がLIARだ。

「知りたいよ、君の事。ねぇ、千恵さん。君は余りに純真潔白で正直すぎる。そんな君にはどんな嘘が眠っているのかな。こんな子に眠る嘘とは一体何だろう? うふふ」

「質問に答えなさい!」

「そうカリカリするなよ。――じゃあ教えてあげようか。確かに僕がLIARだ。君達が考えた通り、僕は姿だよ」

「……!? どうしてそれを!?」

「さあ? 嘘かもしれない。僕は都市伝説だ、嘘吐きだ。現に今までの僕は嘘だった」

「……」

「僕はねぇ、嘘喰らいなんだよ。元々はそうだ。人々の噂が話をねじ曲げたけれど、僕は嘘を喰らう化け物なのさ」

「どういう事」

「僕は人々のうなじから嘘を抜き出す事が出来る。その嘘を喰らうのさ。吐きそうな程不味いけれど、面白い。人間の闇を知ることが出来る」

「どういう事!」

「痛い、痛い。落ち着けって。なぁに悪い事をする訳じゃ無いのさ。君達嘘塗れの人間の改心を手伝ってあげてるだけだよ。……それにしても君みたいな正直な子は本当に久し振りだ。興味がある。……どうだい、喰われてみないか」

 彼の白濁した瞳が、口元が、緩む。

 怯えた草食動物を吟味する肉食動物の表情だ。

「意味が分かりませんし、気持ち悪いです……! 警察に突き出しますよ!?」

「あんたが分かりやすく怯えるからだよ。楽しいんだよ、そういう子をいじめるのは」

「今すぐ止めなさい!」

「何を? お喋りを? これから何されるかも分からないのに?」

 冷や汗が額から流れ出た。

 不安で吐きそうだ。

 怖い。凄く怖い。

 助けて欲しい……!

「せ、先輩に連絡しますよ?」

なにで?」

「何って私の携帯に決まっているでしょ!?」

「携帯って、これ?」

 そう言いながらLIARはを彼女の前にちらつかせて見せた。

「……!? いつの間に! 返して!」

 何とか取り返そうとするが、押さえ込みながら彼の手に捕まった自分の携帯を取り返すのは意外と難しい。

「あはは! 楽しいな。そういう顔好きだよ、もっと見せて!」

「うー! キモい!!」

「ははははは、愉快愉快! そーれ!」

「あ!!」

 LIARは最終的に彼女の携帯を廊下に向かって投げてしまった。

 カツンと空しい音がして廊下に携帯が投げ出された。

「何してくれてんですか!」

「取りに行けば?」

「行けるわけないでしょ!」

「何で? ……怖いから?」

「うるさい!」

「さぁて、問題です! 僕は誰の何を投げたでしょうか!」

 ここまでくると流石に呆れてきた。

(決めた。関節を一つか二つ位外してしまおう。痛みで動けなくなってる所を先輩方に助けに来てもらおう)

「うるさいです、もう頭に来ました! あなたの関節二つ位外して、貴方が投げた携帯取りに行きます。文句は無いですね?」

 千恵は両手に力を込めた。


 ――と、その瞬間。

 おかしなことが起きた。

「え……」


「ざーんねーん。君の携帯、


 背後にいる……!!


「僕は、僕の嘘を投げたの。ちゃんと自分の懐見てからものは言った方が良いよ」


「な、何言って……ッ!」

 うなじが突如、冷たい手に掴まれた。 

 首に奴の全体重がかかる。

 四つんばいみたいな状態になってしまった。その上から逃げられないように更に押さえ込まれる。

 その時、自分の懐から滑り落ちたがカランと床に単調に転がった。

「ど、どうして……!」

「もう、逃がさないから」

 彼が千恵の耳元でそう囁いた瞬間、グチャッ! と気味の悪い音がうなじの辺りから聞こえてきた。

「イヤァアッ!」

 変な感覚、吐き気、嫌な臭い。

 頭をぐるぐる掻き回し、めちゃめちゃにする。


「君の事、教えて?」


 ――誰か、助けて!

(つづく)

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