第16話 偶然がもたらしたもの

詩織と話したい。会いたい。謝りたい。詩織とやり直したい… そう思いながら2年も経ってしまった。僕はずっとその間、何も出来ずただただウジウジと考えていただけだった。


今更謝っても遅すぎるんじゃないだろうか。もうウザいんじゃないか。そんなことしてまで追いかけたらしつこくてキモいんじゃないだろうか…。会いたい、謝りたいと思う気持ちに反してそれを否定する感情もとめどなく湧いてくるのだ。

僕が謝りたいなんて思ったら、詩織は僕のことを拒絶するに決まっている。だってずっとそうだったんだ。ずっと僕の思いは裏目に出ていた。休職中だって仕事の状況を知りたいと思ったら、詩織は情報をくれなかった。仕事を頑張ろうとしたら、詩織は制御した。最後に話そうと思ったら、詩織は僕を拒絶した。だから僕が謝ったら拒絶されるに決まっている。僕が会いたいと思うから、詩織は僕なんかに会いたくもないと思っている。僕が話したいと思うから詩織は話したくないと思っている。

僕は2年もの間こうして一歩も動けずにいた。


そんな僕にひょんなことから転機が訪れる。仕事が終わってメールを見ると学生からの友人、石原から連絡があった。

他愛もない内容の最後に〈たまには飲みに行こうぜ〉と書かれていた。僕は石原に電話をしようとスマホから電話帳を開き、石原という名前をタップしたとき、表示されている画面を見て目が飛び出るかと思うほど驚き焦った。そこには〝青山詩織〟と表示されていたのだ!


僕は慌てて電話を切った。まだ呼び出しに切り替わる前だった。(押し間違いだ!ふー、やべー、あー良かった!)と心底安堵した。

話をする準備もないまま詩織が電話に出たら、僕のことだからまた心にもないことを思わず口走ってしまうだろう。本当に良かった。


一息ついてから、もう一度石原に電話をした。今度はちゃんと石原に繋がり「高木ー!合コンしよーぜ!」と言われた。他には何の用件もない、単なる数合わせの誘いだった。たまには友達のこんな誘いが有難いこともあるが、僕は今そんな気になれなかった。石原には行けないと伝え、くだらない話を少しして電話を切った。


しばらくの時間の後、一通のショートメールが届いていた。

《 お電話頂いたようですが、何かありましたか?》僕はまた目を見開きドキッとした。詩織からだった。

〈 ごめん、間違ってかけた。〉僕はそれだけを返すと、すぐにLINEにメッセージが送られてきた。

《 そうだったの 》

《 ところで体調はどう?》


その反応に僕は嬉しくなって


〈 心配してくれてありがとう!もう薬も飲まないでやっていけてる。本当はずっと前から詩織に謝りたくて、でも連絡するのが怖くて… あの時は詩織の気持ちに気づけなくて、自分勝手で、詩織を傷つけてしまったことをずっと後悔してて… 一度謝りたかったんだ。本当にごめんなさい。〉と思っていることを素直に伝えることができた。


すると詩織から

《 レンの自分勝手は知ってるし。私だって誰だってみんな自分勝手なんじゃない?》

《 私もレンを傷つけた事が気になってた 》

《 でもね、謝るのってこういうのとは違うと思う 》


これはもしかして、、、


《 本当に謝りたいと思う時って、顔見て目を見てちゃんとするものじゃない?》

詩織からの願ってもない提案に僕は歓喜で飛びついた!

〈 確かにそうだね、僕は詩織にきちんと謝りたいと思ってる。目を見て、ちゃんと。〉


《 でもひとつだけ条件があるの 》

この詩織の言葉で急に不安になる。


〈 え?何?条件… 〉

《 その時はごはん奢ってね!》


詩織のその言葉だけで僕は胸に込み上げてくるものを感じた。

詩織に会えるのは物凄く嬉しい!だけど同時に、会ったときの詩織の反応や態度に不安も感じていたのだ。そこまで詩織はお見通しで、僕の気持ちを軽くするために敢えてそう言ってくれたのだろう。

詩織の変わらない気遣いに嬉しさと感謝と懐かしさでほんの少しだけ泣いてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る