第15話 葛藤

僕は詩織と話したい、会いたい、詩織が正しかった、謝りたい、詩織とやり直したい… と思った。でもそれはどれも瞬間的に思うに過ぎなかった。


僕は詩織と別れた今でも自分が考えている事は間違っていないと思っている。休職中、僕はみんなに迷惑をかけた。本当に申し訳ないくらいに迷惑をかけた。社内だけじゃない、得意先の人にだってそうだ。だから仕事を取り戻したいと思うのは当然じゃないか? 頑張ろうとする僕の何が悪いんだ?

それなのに詩織の言動も正しいと感じている。実際僕は気付かない内に無理をしていて、仕事を辛いと感じてきている。詩織の言う通りになってしまった。

詩織の言動が正しいのなら僕の考えは間違っていたのだろうか、詩織が正しいと思う自分が間違っているのだろうか……。

詩織のいない職場でそんなことを考えていると、僕の考えが間違っていると思う時間が増えていった。


ある日、同僚に

「高木さん、このデータ検証をお願いしたいんですけど明日までに終わらせることは可能でしょうか?」と言われた。その膨大なデータ量を見て僕はすぐに無理だと思った。でも、なんだよ!これくらいできると思って聞いたのに、と思われたくない僕は「任せろ、なんとかする」と答えていた。他にも作業中の案件があったが、それを中断してデータ検証に取り掛かったものの、やはり翌日までに完了できる代物ではなかった。僕はそのデータを自宅へ持ち帰り、朝方までかかって何とか仕上げることができた。


翌朝、同僚へ検証データを渡すと「もう終わったんすか?マジか!さすが高木さんですね!ありがとうございました。」と感謝された。

僕は嬉しかった。誰かの役に立てること、喜んでもらえること。頑張ってやり切った疲れは充実感として戻ってくる……。

そこへ部長から声を掛けられた。「高木君、頼んでいた資料はそろそろできるころか?」「はい!明日の朝には間違いなく」「バカ!それ今日の午後からの会議で使う資料だぞ!どうなっているんだ一体!」と怒鳴られた。資料の表紙には【9月6日(水)定例会議資料】と確かに書いてあった 。僕が書いて貼った付箋には【9/6()用会議資料】と…。「もう出来たところまででいい!後は自分でやる」と、部長は書きかけの資料をふんだくるように取って部屋を出て行ってしまった。


気分を切り替える為に自販機のある食堂へ向かって歩いていくと、僕にデータ検証を依頼した同僚が別の同僚と話しているのが聞こえてきた。

「いやぁ高木さんの処理能力半端ないな、俺なら3日はかかる検証を1日で終えてきたよ。急いでいる時は高木さんに頼んだ方が良いよ!速くて確実だからさ」

食堂でコーヒーを飲みながら「僕って本当にバカだな、自分の事しか見えてない…… 徹夜までしてやった仕事に余裕があって、後回しにした仕事でミスをするなんて最悪だ」と自分を責めた。


そういえば詩織に言われたな。

「どうしてレンが無理をしてみんなに楽をさせるの?」って。詩織がいなくなった今、見事に元どおりになった訳だ。それを望んでいた僕は今、自分を責めている……


僕がいなきゃいないでみんなで何とかやってたんだ。僕はみんなに楽をさせるために無理をして頑張っているのだろうか。


やっぱり僕が間違っていたんだ……


あぁ、詩織と話したい。会いたい。詩織が正しかった。謝りたい。詩織とやり直したい …。

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