第14話 千里と詩織
僕が休職するタイミングで千里とは会うことをやめていた。僕が千里を支えなければと足繁く通ううちに、千里は僕に依存するようになっていってしまった。このままずっと千里を支えていくつもりなのか? そんな先のことまで僕は全く考えていなかったのだ。そう思った時、千里の為だと思っていた僕の行動は、健二が死んだのは自分のせいだ、と思う自責の念から少しでも逃れたいと願う、僕の贖罪でしかないことに気づいたのだ。そう気づいた僕がこれから千里に会い続けてもそれはただの偽善であって、千里の為には何もならないんだということに、ようやく気づくことができた。
詩織が以前、僕に言った
「レンのしてることに何の意味があるの?」
は本当にその通りだった。詩織が正しかった。僕はなんて浅はかだったのだろう。僕の行動はただただ自分の罪から逃れるための自己本位な贖罪であり、千里への偽善でしかなかったのだ。
詩織が退職してから1週間ほど経った頃、会社では初めから詩織がいなかったかのように、いつもと変わらない様相を見せていた。それがなんだか僕の癪に触った。あんなに詩織をはじめとしてみんなで結託して僕から仕事を遠ざけていたというのに。まだ1週間しか経っていないのにもう詩織のことを忘れているのか。職場の人間関係なんて結局はそんなものだ…… 頭ではわかっている。しかし、なぜか心がそれを受け入れてくれないのだ。そして詩織を失った事で僕の心にまた黒い影が忍び寄っていた。
僕は詩織がいなくなった会社で誰にも邪魔されず、思う存分仕事ができるはずだった。それなのに日が経つにつれてどんどん仕事が辛くなってきていた。
病気になる前の7割程度の仕事量しかできていない、だから辛いだとか疲れたなどと言ってられない、僕はこの程度のやつじゃない!と常に自分を奮い立たせていたせいで、気持ちを緩める場所も時間も無くしていたのだ。
そうなってみて、やっと気付いた。
僕がキツいと感じる前に詩織が止めていてくれていたのだ。
上司や同僚は僕が言わない限り何も気づいてはくれない。気づかない僕に、詩織だけが気づいて最後まで僕を守ろうと、誰も理解しない中たった1人で戦っていたんだということを。
僕は思い出していた。
詩織が仕事終わりに詩織の運転で僕を海に連れ出したことがあった。僕はその時全然乗り気じゃなかった。浜辺を話しながら歩いたけど、寒くてすぐ車に戻った。他愛もない話をしていたら、急に何かが込み上げてきて涙が出てしまった。何だろう、情けないなと思った途端、もう止まらなくなってしまった。そんな僕をただ黙って詩織は抱きしめてくれた。この時も詩織は僕がキツい状態でいることを感じて連れ出してくれたのだろう。そうやって、辛くて悲しい時は必ず詩織が隣にいてくれた。泣き言を聞いてくれたのも詩織だけだった。詩織はそういう時、僕を丸ごと包んでくれる頼もしい存在だった。だから抱きしめられて不覚にもその身体の小ささに、女の子なんだなぁと改めて感じてしまった。本当なら僕が包んであげなきゃいけないのに。
そんな詩織に僕は……。自分勝手な都合で甘えたり、疎ましく感じたり、感情に任せて怒りをぶつけたり……。
それでも詩織が黙っていたのは、僕の病気を理解してくれていたからだ。今さら気づいても遅い。詩織はもういなくなってしまった…。
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