第13話 必要のない意地

詩織が退職願を出した翌日。

そのことを初めて知らされたのは社長からだった。

「お前、青山が辞表出したのを知っているか?」僕は突然の言葉に「いいえ、何も聞いてません」と答えることが精一杯だった。そして

「そんなこと僕にはどうでも良いことなので。」と意地になって答えた。


社長から聞いてわかったこと。

休職中、僕は会社の状況が把握出来なくて不安で仕方なかった。それは僕に休養に専念して欲しいと願う詩織と社長が結託して社長の指示の元、行われていたことだった。

僕の仕事を取り上げたのもそうだった。僕に無理をさせないようにと、詩織だけでなく社長の指示でもあったのだ。だから復職当時、職場のみんなの雰囲気がおかしかったのだ。考えてみれば詩織だけで根回ししきれるはずはないのだ。

僕は休んでいた間みんなに迷惑をかけていたからその分を早く取り戻したかった。僕が仕事に没頭し始めると社長や職場のみんなは喜んで受け入れてくれたが、詩織だけは僕の仕事をセーブしろと社長に直訴していた。社長は順調な僕を見て、いくら何でもそれは個人的な感情で動いていないかと詩織を諭してその要求を断った。すると詩織は辞表を出したということだった。


詩織は僕に何も説明してくれなかった。辞めるということさえも。大体何でそれで辞めるという行動に出るのかも理解できなかった。僕はただただ怒りが込み上げ「許せない」と無意識に口にしていた。怒りが収まらない僕は詩織から話して来るまで絶対に話しかけないと心に誓った。


翌日から僕と詩織の間で交わす言葉は「おはよう」「お疲れ様」という事務的な挨拶だけだった。そのまま2週間が経ち、話すことは業務上で必要な最低限のこと、それ以外では会話が一切ないまま詩織の退職日を迎えた。僕は意地を張り通したままだった。そんな僕だったが、詩織が最後の挨拶をする時くらい、少し会話のきっかけがあるだろう、その時には他愛のない会話をしようと密かに決めていた。


僕は少しドキドキしながら久しぶりに詩織とまともに話すその瞬間を待っていた。社長、役員、部長、課長と詩織は最後の挨拶を済ませていき、次は僕の番…… は飛ばされ他の同僚へ挨拶し、そのまま退職していった。


そして僕と詩織はそのまま別れた。僕の必要のない意地が詩織とやり直す機会をなくしたのだ。


僕と詩織との関係が終わったのはこの時だと僕は思った。でも詩織は「知らない、もう」と言った〝 あの時 〟に僕との関係は既に終わっていたのかも知れない。


僕はまた〝 あの時… 〟を後悔した。

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