第11話 嬉しいという感情
詩織は自分の意に反することを言うときは僕に敬語を使う。僕の仕事を根回ししてセーブしてきた詩織にとって、あのトラブルは不慮の出来事だったのだろう。
そしてあの時から僕は気持ちにブレーキをかけるのをやめた。
翌日はいつもより1時間早く出社した。
駐車場で詩織と顔を合わせた時、詩織は一瞬びっくりした表情をみせたが、僕は「おはよう」と声をかけ気づかないフリをしてやり過ごした。
その日は朝から休職前と変わらないペースで仕事をこなしていた。
多少の疲れは感じているが、疲れよりも充実感の方が上回っていた。
それが何より心地よかった。
僕の中には仕事にのめり込むことに不安を感じる部分も確かにあった。また自分が気づかないうちに精神的に参って鬱の症状が悪化するのではないかと。でも、もしやり過ぎたとしてもまた詩織がうるさく言ってブレーキをかけてくるに違いない。そう思った僕はどんどん仕事に没頭していった。
そんな僕の様子に周りの反応は敏感だった。
最初に反応したのは社長だ。
「どうだ、なんだか顔色が良いな!」と嬉しそうに声をかけてきた。
「はい。やっぱり仕事してると充実感があります」と僕は答えた。
「このまま順調に回復してきてくれると助かりますね」と上司も言ってくれた。
嬉しかった。仕事をセーブしていた僕は、周りの人々に気を遣わせていたし、僕も気が引けていた。仕事ぶりを上司に褒められ、嬉しいと感じるという、何気ないことさえ久しぶりだった。僕はその嬉しいという感情をかみしめながらPCに顔を戻した。
昼休みになると詩織は僕を呼び出した。
「レン、飛ばし過ぎ!このままじゃまた… 」
僕は詩織の言葉を遮り言った。
「心配してくれるのは嬉しい。でも今とても充実している。だからやれるところまでやってみたいんだ」
すると詩織は黙って部屋を出ていった。
午後の仕事も順調で、このまま病気も回復していくなと自信を持ってきた。
僕の気持ちは、この勢いで定時までフルで仕事復帰するぞという方向に向かっていた。
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