鴒黎と芳子

"死霊蔓延るホーム。…何か落ちている。〈霊水〉を手に入れた"


「ほぅ…これは珍しい。」霊水を懐に入れ、花守、梔芳子は刀を構える。


「何かお手伝いしましょうか?」

そんな声が掛かったのはその時だった。


「これはお嬢さ…んじゃないですね…失礼致しました…ありがとうございます。ではご助力願います」と、端正な顔の花守に戸惑いつつ、霊魔と対峙する。


「いえ、慣れてるので大丈夫です…申し遅れました。靭 鴒黎(じんれいり)と言います、芳子殿…いや芳一殿と呼んだ方がいいかな?」


霊魔を見据えて、問われる。


名を知られていることに若干の驚きを覚えつつ、「鴒黎殿…貴方が噂のよろず屋でしたか…人目がある時は芳一とお呼び頂けると幸いです」と、微笑んでから霊魔に向かう。


「噂、ですか…」と鴒黎は苦笑いすると「了解しました、芳一殿…では、祓ってしまいましょうか」と太刀を抜いて、一閃。

靭鴒黎の一太刀で右手側の霊魔が一掃される。


「お美事…」と呟くと自らも左手側の霊魔を一刀の元断ち斬る。


全ての霊魔を祓った後、意を決して芳子は鴒黎にこう問うた。


「ありがとうございました鴒黎殿、もしよろしければこの後お茶でもいかがですかな?よろず屋の貴方に少し相談したいことがありまして」


「ええ、構いませんよ…相談、ですか?」


「ええ、特殊な霊魔について…貴方ならご存知ですよね?」意味ありげに微笑んでから喫茶店へ足を向ける。


靭 鴒黎は花守としての職務を遂行しながら万屋、及び霊魔専門の諜報としても活躍している。芳子は以前より耳に挟んでいたが、いざという時に話を持ちかけるべきか否か…迷ってしまっていたのだ。そして今日絶好の機会を得た。



「その手のご相談でしたか…ええ、多少の情報は入ってますよ」鴒黎も意味ありげに微笑んで共に歩む。


二人が向かった先は小さな喫茶店で、八ツ野喫茶ほど繁盛している店ではなかったが、その店構えから美味しそうな予感のする店だった。


「ほう…あのミル、中々良い物を使っていますね」と、自らの店でも使っているらしい珈琲を挽く道具を見ながら鴒黎が呟いた。


「わかる方にはわかるのですねぇ」と、運ばれてきた珈琲に口をつける。


「鴒黎殿、お砂糖は?」


「いえ、結構ですよ」


二人で珈琲を飲みながら束の間の休息を得る。人心地ついてから芳子は切り出した。


「相談したいこと、というのは父のことです」


「私の父は十年前、剥離が進み霊魔に堕ちました」


それは…と鴒黎が口ごもると芳子はフッと笑い。


「お気になさらず…父とは良い関係ではありませんでしたから…私は霊魔となった父を討つべきなのに、こうして一人夕京に来てしまった」


匙で何も入っていない珈琲をぐるぐるとかき混ぜながら続ける。


「問題は父ではありません。霊魔となった父に当家の刀霊が付き従っている可能性がある…それが問題なのです」


「刀霊が…?」


鴒黎の頭の中で、自らの刀霊が浮かんでは消える。刀霊が霊魔の肩を持つなどあり得るのだろうか。


「ええ、刀種は太刀、沙羅双樹というのがその刀霊の名です…ダメな男ほど可愛いのか父を殊の外好いておりましてね…共に霊魔堕ちしたのかもしれませんが、そうなれば単独で行動するはず」


「そうではない、とお考えなのですね」


芳子はコクリと頷くと珈琲を口に含んでため息をつく。


「私も梔家の者。何となく霊気を感じるのですよ。まだ堕ちず彷徨っていると。そして私の地元からこちらに近づいている気配もね」


「だから貴公にお願いしたいのです。もし霊魔の側にいる刀霊の情報があれば」


「わかりました」と、鴒黎はきっぱりと返答した。


「何かあれば貴方にお伝え致します」と。


そして父を討つのと、父の仇を討つのとどちらが修羅の道なのだろう、と考えながら残った珈琲に口をつける。ぬるくなった珈琲は、濃く苦く、嫌に口の中に残った。

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禱れや謡え花守よ〜日常譚〜 亜雪 @ayuki_sora

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