七種兄妹と芳子

"死霊蔓延る学校の教室。いつの間にか君は、全身血まみれになっている"


先日、霊障を癒すため休息日を取った花守、梔芳子は霊魔の群れに悪態をついていた。


「やれやれ、休み明けの仕事はいつだって厳しいんだっからッッッ!」返り血を拭って剣先を定める。


いつも通りの軍服に梔色の外套を羽織った姿だが、さしもの彼女も今回の群れには余裕をなくし、血濡れた上に冷や汗をかいていた。


そんな時である。

その場に似合わぬ可愛らしい声が響いたのは。


「梔さま!大丈夫ですか?お怪我はございませんか…?まずは、こちらを使って、穢れを少しでも落としてくださいませ」と手ぬぐいを差し出してきたのは七種華衣。齢十四の若き花守である。


「ああ、七種の妹君いもうとぎみ…みっともないところを見せてしまったね…手ぬぐい、ありがとう。有り難く使わせてもらうよ」ザッと穢れを落とすと残りの霊魔を数えて顔を顰める。


「華衣殿、少し残りモノを狩るまでお待ち頂けますか?」



「お兄さまをご存知なのですね」

華衣の表情がパッと明るくなり、年相応の愛らしさが溢れた。


「霊魔との戦った証なのでみっともないなんて、思いません!手ぬぐいのことは、お気になさらずどうぞ」と笑うと「私も花守ですので、一緒に祓います」と短刀を構えた。


私はまた若い芽に助けられるのか。

と、苦笑しながら言葉を紡ぐ。


「ありがとう…では華衣殿は援護をお願い致します!」


「承知いたしました!」と不敵に笑うと「参りますっ!」と風のような速さで霊魔に斬りかかる。


さて私も。

と、手ぬぐいをポケットへ仕舞っていると、またもや声が聞こえてきた。



「お疲れ様でございます…ご多忙の様子、微力ながらお手伝いいたします…それと。どうぞ。血をお拭きください…」デ・ジャヴ。と思いながら振り返ると、手拭差し出し、刀を構えたのは七種華衣の兄、七種什造その人であった。


「七種殿!?なんという日か…ちょうど妹君に助力して頂いたところでした。七種殿がいらっしゃれば百人力…さ、ささっと片付けましょうか」


「華衣に?そうでしたか、あの子が立派に勤めを果たしているようで安心しました……と、失礼。」少し緩んだ表情を引き締め。

「えぇ。仕事など、早々に終わらせてゆっくりしましょう。梔様。」と什造は刀を構えた。



職人肌の花守の正確な太刀筋にあっぱれ、と思いながら、芳子も脇差を正眼に構えて走り出した。



あらかた霊魔を片付けると、二人は華衣を先に帰らせて後処理をしていた。


「ふぅ、さすが七種殿だ。見事な立ち回り、私も勉強になりました。ちなみにつかぬことをお聞きしますが、華衣殿はどんな物がお好きですかな?先程頂いた手ぬぐいを一枚ダメにしてしまいましてね…」


「何を仰いますか梔様。貴方様が居なければ、小生程度ではもっと苦戦していました。有難う御座います……華衣の好きなもの、ですか?それでしたら甘味が大の好物です。休息日は甘味処に通う程ですので。それと…赤い花の類も好んでいたと思います。」


「なるほど…甘味と赤い花の類…ですね。ありがとうございます。またお礼も兼ねてお邪魔するやもしれません」


「いえ、この程度……むしろ、あの子にお礼をと考えて頂いたのが……有難うございます。あの子は果報者のようで安心…あ。いえ。申し訳ありません、妹のこととなるとつい……では、小生はこれにて。失礼いたします。」と、頭下げてステステと歩いていった。


それが三日前の話である。

芳子は軍部に立ち寄った帰りに巷で評判のある店に寄っていた。目当ての物を見つけて外に出るとちょうど複数の花守が街を歩いているのが見えた。そしてその中に目当ての顔を見つけると、素知らぬふりで近づき声をかける。



「華衣殿、このような場で偶然ですね。ちょうどよかった。これを…」


と、先ほど店で買った物を差し出した。

それは紅で艶やかに色付けされた梅の花をあしらった飴細工であった。


「まぁ」と、感嘆の声を漏らす七種華衣は手を口元に当て、緩んでしまう顔を少しだけ隠した。


「この前の戦闘時、助けて頂いたお礼です」


そう微笑むと、そんな…お礼だなんて…とまごつく年若い花守を見て芳子はこう続けた。


「あの時貴女の手ぬぐいを汚してしまったでしょう?そのお詫びだと思って」


と言って無理に華衣にその美しい飴細工を持たせた。


綻ぶ顔を見て芳子の頰も緩む。


「梔様、小生には何もないのですか?…あ、いやこれは冗談です…ははは」


と、その兄、什造が声を掛けてきた。

男に興味がない芳子は内心しまった!と思いつつ、余裕の笑みを浮かべてこう返した。



「ふふ、七種殿への贈り物はもう受け取られたでしょう?」といたずらっぽく笑う芳子。


「はぁ…?」と不思議そうにする什造にそっと芳子が耳打ちした。


「…華衣殿の喜ぶ顔。これでは不満ですか?」



「まさか…何よりの褒美です」と什造年の離れた妹の嬉しそうな顔を今一度見つめる。


夕焼けが二人の笑顔を照らし、梅の花のように朱に染まっていた。


仲の良い兄妹を見て、美しいことよ、と芳子は心洗われるような気持ちであった。

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