第41話 フレイヤとアイナ

「はい、注目なのです! それではフレイヤちんとうまくやっていく方法を教えるのです!」


 勢いよく拳を突き上げ、やる気満々で宣言するアイナさん。

 今回は指揮官直々の指導だ。と、いうよりそうしろという宰相閣下の命令だ。リーンやアンリエッタたちは見学している。


 ここは訓練場だ。

 高く分厚い塀でおおわれ、頑丈そうな屋根がついている。


 軍で使う魔法はいうまでもなく武器だ。

 そのなかには環境を改変してしまうような魔法もある。たとえば訓練でセシルが使っていたような土魔法は大地の改変だ。土魔法で作った壁や柱は時間が経てば崩れる。けれど万一ってこともある。

 環境系の魔法で範囲指定と持続時間を決め忘れると悲惨だ。まさに環境を壊すことになる。

 あんな切羽詰まった状況で、土魔法を使いこなしたセシルはやっぱり優秀だよ……。


「何、ボーッとしてるのです、ピーター。フレイヤちんを出すのです」


 樫の大木を燃やしつくしてからは、すっかりフレイヤは僕の体の中にひきこもってる。うんうんとりきんでみたり、精霊女王の名前を連呼しても出てきてはくれない。


「反応ないですよぅ。うんともすんとも言わない」

「しょうがない。なのです。荒療治だけどちょっとがまんするのです。いてつく北海の冷気よ。汝、ピーターを冷やせ!」


 アイナさんはため息をつくと、何やら呪文を詠唱しはじめた。すると冷気の渦が僕を取り巻き、一気に体温を奪われていった。


『クッション! さ、寒いわねえ』


 身体の中からズルリとフレイヤが這い出てきた。

 この感覚、どうも慣れない。ゾワゾワしてしまう。


「あはっ。出てきた出てきた」


 のんきそうにそんなことを言いながら、アイナさんがフレイヤの肩に触れた。


「ヤ!」


 ぷいっとそっぽを向き、肩に添えてあった手を払いのけた。


「まあ、そう言わずに。です」


 せっかくお出ましになったフレイヤを逃すまいと、しつこくスキンシップをしてこようとする度、炎の精霊は指揮官から逃げる。

 僕の背中に隠れ肩越しにアイナさんの様子を伺う彼女をみていると、なんだかフレイヤがかわいそうになっってくる。


「フレイヤ、せっかくアイナ指揮官が教えてくれるっていうのに、どうして逃げるの?」

「嫌のは嫌! なんであんな女のいうことを聞くの? あいつ見た目と中身違うわ」

「あの女って……アイナさんは僕の上司なんだよ」


 必死に僕にしがみついて震えているフレイヤの横顔をみていると、実はアイナさんが苦手なんじゃ、と思えてきた。あんなに偉そうだった彼女らしくもない。アイナさんが近寄ってくるにつれて、震えがひどくなってくる。

 さすがにかわいそうになってきた。背中越しに熱い炎精霊の体温を感じながら、説得してみることにした。


「フレイヤ、代わりに僕のいうことなら聞いてくれるかな?」

「何よ……」

「僕は君と一緒に戦いたいと思ってる。そのために息を合わせる練習をしたいんだ。いいかな?」


 今回の樫の木炎上事件で学んだことがある。

 誓約を結んでも、ちゃんと精霊と心が通じてなければ何の意味もないってことだ。

 魔法は自然界の力を借りてるだけだ。精霊もまた自然の一部で、人間はただ自然の力を増幅させたりする触媒にすぎない――最初に授業で教えてくれたことを今更ながら実感した。


 精霊はいうことを聞く家来じゃない。自分よりも遥かに年上で大いなる力をもつものだ。だからこそ大切にしなければならないし、尊敬もしなきゃならない。

 今までは風精霊のエアが身近にいた。彼女のとっつきやすさや気楽さから、精霊ってそういうものだと勘違いしてたのかもしれない。


「いいけど……。ただあの女の言うことには従えないわよ。信頼できないもん☆」


 どうしてアイナさんが信頼できないんだろう、と不思議に思った。女性同士、相性が合わないとか生理的に受け付けないとかだろう、きっと。


「じゃあ、僕と協力しよう。それならいいんだね」

「了解☆ いつも貴方の身体に入れてもらってるだもん、お礼よ」


 よかった。気難しい乱暴者かと思ってたけど、意外と話せるじゃないか。


「と、いうわけでアイナさん。僕に指示してください。僕がフレイヤに伝えます」

「ま、それならいいのです。ちゃんと伝えてください。なのです」


 こうしてようやく炎魔法の特訓がはじまった。

 ずっと風魔法というか流れをコントロールすることで何とかやってきた。


 炎魔法は使い勝手が違っていた。

 風魔法はおろか雷撃系とはまた違っていた。雷撃は体内に流れる電気を元にすればいい。風魔法はすでにある『流れ』を利用するだけだ。

 炎魔法はまず着火からはじまる。何もないところから種火を起こさなきゃならない。


「ほら、まずは点けてみるのです」


 アイナさんはいとも簡単に指先を立てて着火してみせる。対して僕はというと、指を立てるどころか、うんうん力を入れてもプスリとも火は出ない。


「ううん、そうじゃないのです。最初の着火こそフレイヤちんにお願いするです」


 こくりとうなずくと、振り向いてフレイヤにお願いしてみた。


「フレイヤ、お願いがあるんだけど、いいかな?」

「火をつけたいんでしょ。呪文はわかる?」

「ええっと、確か『パイロットファイヤー! わが指に宿れ!』だったかな」

「正式にはそうだけど実戦向きじゃないわね。パイロットはいらないわ。あと念じかたね」

「念じかた?」

「ええと、近場の熱気を指先に集める感じで☆」


 ううん、と周りの熱を意識して左人差し指をたてる。集中、集中。

 ほのかに小さな赤い炎が指先に灯った。


「あ!」 


 喜んだのは束の間、炎はあっという間にかき消えてしまった。


「残念だったのです! もっと集中を持続しないと」


 アイナさんの意見にフレイヤも首肯する。


 目を閉じて、周囲から発せられる熱を感じるようにした。フレイヤの放つ熱気、僕自身の熱気……なぜかアイナさんから熱気は感じられなかったが、木々や大地からの微弱な熱気を指先に集める。

 

 指先が熱い。今だ!

 そう感じた僕は思うがままに詠唱した。


「メラ! ファイヤーボルト!」


 詠唱が終わると同時にまっすぐ頭上へ向かって、火炎が放たれた。その火炎は訓練場の屋根を突き抜け、どこまでも上空へ伸びていった。


「あらら、やっぱりすごい魔力量だわ。あたいが見込んだ男だけあるわねん☆」

「すごい。なのです……」


 アイナさんもフレイヤも呆れたように天井を見上げた。

 ふと、思い出したようにアイナさんが僕に命じた。


「あ、忘れてたです。西方森林帯にモンスターが現れたのです。明朝早く出陣するので、準備しておいてくださいなのです」

「わかりました、指揮官」


 アイナ指揮官に向かって敬礼をし、僕は寮へと戻った。

 訓練場を離れるとき、フレイヤが敵意丸出しでアイナさんを睨みつけた。


 ほんと、フレイヤはアイナさんが嫌いなんだな、と内心、ため息をついた。

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